上柳昌彦 ラジオの人

2025.02.07

克也さんと悠里さんの共通点とは

ラジオの世界に憧れるきっかけになった番組やパーソナリティーの方々の話を話したり書いたりしたことは何度かありましたが、その中のお一人が今回の「ウルトラヒットの道標」のお客様、小林克也さんです。

克也さんと伊武雅刀さん、桑原茂一さんの「スネークマンショー」は学生時代から何度も聴き、音声だけで、いや音声だからこそこんなことが出来るのだと興奮し自分でも「ウナギマンショー」なんて番組を仲間と作って遊んでいました。本当に陳腐なものでしたがラジオ局に入ってこのようなことを仕事にしたいものだと儚い夢を見たものでした。

また克也さんを通じでウルフマンジャックというアメリカの大人気DJの存在を知り、そこから彼がまさに本人役で出演しているジョージ・ルーカス監督作品「アメリカングラフィティ」をチケット代300円の渋谷東急名画座で観たのです。

小高い丘の上にある小さなラジオ局で夜から明け方まで一人マイクに向かい続けるウルフマンの姿にいたく感動しそして憧れた落ちこぼれ気味の高校時代でありました。

今回、克也さんから「ウルフマンジャックは『ラジオを聴いている奴の頭の中に俺が劇場を作っているンだ。どんなバカをやっても、みんなが頭の中で想像してくれるンだよ』と言ってたよ」と聞いた時には「やっぱりそうですかぁ!そーなんですよそーなんですよ!」と克也さんに抱き着かんばかりに激しくうなずく私でありました。

今回克也さんからは曲紹介のヒントもたくさんいただきましたが、それはすでにさりげなくそこここに使わせてもらっています。

克也さん!本当にありがとうございました。

そして金曜日の生放送が終わった午前6時すぎ、なんだかスタジオの外が騒がしくなったなと思って外を見ると、なんとそこには一之輔さんのハッピーのゲスト、大沢悠里さんのお姿が!

7時半入りの予定が「目が覚めたんだ」とか「道が混む前に」とおっしゃりながらのご登場でハッピースタッフはてんてこ舞いです。

私は昨年夏の食事会以来で、お礼かたがた悠里さんの前にお邪魔して話し込むこと2時間近く、こんなことなら録音しておけばよかったというくらいの悠里さんのお話の数々。

6時40頃からは一之輔さんを交えてのトーク大会となりました。

番組開始の8時前には「もう話疲れちゃったよ。帰ろうかなとおっしゃる悠里さんをスタジオにお連れしてお役御免となりました。悠里さんからは帯の生放送を作る心構えと覚悟の数々を伺う貴重な時間を頂きました。

大沢悠里さんの存在を知った中学時代から、局のアナウンサーってこんなことをやってもいいのだということや、深夜放送とはまた違うラジオにおけるアナウンサーの在り方を数多く学び、声が高くなく話すスピードもさして速くない自分でもラジオに居場所があるのではと思わせてくれた恩人なのでありました。

小林克也さん、1941年3月27日生まれの83才。

大沢悠里さん、1941年2月11日生まれの83才。

お二人は同学年だったのです。

ちなみに徳光和夫先輩も1941年3月10日うまれの83才

でしたぁ。

私はまだまだラジオのヒヨッコでいられそうであります。