昨年は3人の身内が逝ってしまったので新年のご挨拶をしてもらっても「今年もどうぞよろしくお願いします……ごにょごにょ」とはっきりしない返事を返しています。
我が家では毎年お願いしているラジオリビングのお節料理も頼まず、正月のお飾りもすることなく新年を迎えました。
昨年の秋に喪中の葉書を出したので年賀状も数枚が届くのみ。
自分ではもうそろそろ年賀状じまいをしようかと思っているくせに、届いた年賀状はほぉほぉなどと言いつつ読むのは好きなので、少々張り合いのない元日となりました。
事件は年末30日に起こりました。家人が「ねぇ今年のお節はいつ来るの?」と尋ねるので「いや、今年はウチも妹の所もおばさんの所も頼んでないよ」と喪中なのだから当たり前でしょという感じで返しました。
すると「(家人の)母が『まぁそうなんだけどお節料理は一日にみんなで食べましょうよ』って言ってるからリビングのお節を頼んでおいてねって言ったわよね」とのたまうではないですか。
「えぇまったく覚えてない!ホントに!あぁ12月はめちゃめちゃ忙しかっからなぁ」「伝えたのは11月です」「あぁ!すいません!ごめんなさい!どうしよう!」と謝った際の家人の無表情から出たあきらめのため息の恐ろしさたるや。
家人はそのまま買い出しにでかけました……
結局元日は義理の母も中華のお節を頼んでいて、なおかつ家人の手料理も並びなかなかにぎやかな食卓となりました。
「ウチのお節はなくてもよかったよねぇ」などとは一切口にはせず、義母、義弟、我が家4人と楽しく早めの夕食となりました。
そしてやってきたのがあの揺れでした。そこから5日金曜日まで毎日が特別番組のように日々が過ぎ去っていきました。
いまはただ行方不明の方々の一刻も早い救助と、避難されている方々の環境が少しでも改善されることを願うのみであります。
番組でお知らせすることをすっかり失念したまま金曜日の放送が終わってしまいましたが、昨年読売新聞文化部記者の取材を受けた記事が、1月6日土曜日の読売新聞に掲載されるようです。よろしければご覧ください。
最近物忘れが……いや今は言うまい言うまい。

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