スポーツ伝説

2023.04.21

2023年4月17日~21日の放送内容

【プロ野球 1993年 野茂英雄投手】
 福岡ペイペイドームがオープンしたのは1993年。当時の名称は「福岡ドーム」で、最大の特徴は、日本初の開閉式屋根を採り入れたこと。この福岡ドーム初のプロ野球公式戦が、93年4月17日、福岡ダイエーホークス 対 近鉄バファローズの一戦です。ダイエーの先発は、エースの村田勝喜投手。2年連続で2桁勝利を挙げていた安定感抜群のピッチャーです。対する近鉄の先発は、前年まで3年連続パ・リーグ最多勝に輝いたエース・野茂投手。村田投手は近鉄打線を0点に抑えましたが、それ以上の出来だったのが野茂投手です。7回までダイエー打線をノーヒットに抑え、開場記念の試合でノーヒットノーランという快挙への期待が高まりました。
 代名詞のトルネード投法から繰り出す豪速球とフォークボールを武器に、7回までノーヒットピッチングを続けていた野茂投手ですが、実は万全の状態ではありませんでした。2回に大事な爪が割れるアクシデントに見舞われていたのです。その2回のマウンドではコントロールが定まらず、3つの四死球を与えて満塁のピンチ。それでも野茂投手はこの場面を切り抜けて落ち着きを取り戻し、ダイエー打線に得点を許しませんでした。一方ダイエーも、記念すべきオープニングゲームでノーヒットノーランという不名誉な記録は阻止しようと、8回、代打の小川史選手が意地のヒットを放ち、大記録を阻止します。それでも集中力を切らすことなく、後続を打ち取って0点に抑えた野茂投手の好投に応えようと、近鉄は9回。野茂投手と同期入団の石井浩郎選手が均衡を破るタイムリーヒット。これが決勝点となり、野茂投手は福岡ドームで完封勝利を記録した第1号投手となったのです。

   
【プロ野球 1999年 ダイエー初優勝】
 福岡ソフトバンクホークスの前身にあたる、南海・福岡ダイエー時代のホークスは、1978年から「20年連続Bクラス」という不名誉な記録を作りました。リーグ優勝に至っては、南海時代の73年以来長く遠ざかっていたホークス。そんなチームを常勝軍団へと変えていった指揮官が、95年から福岡ダイエーを率いた王貞治監督です。巨人での選手・監督時代、常勝を義務付けられた“世界の王”がホークスに勝利のメンタリティを植え付け、就任4年目の98年には21年ぶりのAクラス入りを果たします。そしてもう一人、当時の常勝軍団・西武ライオンズからやって来たのが、秋山幸二選手です。西武時代に何度も日本一を経験し、勝つためには何をすればいいのかを知っている秋山選手の存在は、若手たちにとってよき手本になりました。こうして変貌を遂げたダイエーホークスは99年、ペナントレースで首位に立ち、9月25日に優勝マジックを1として、ホーム・福岡ドームで本拠地移転後初優勝を懸けて日本ハムファイターズとの大一番に臨みます。
 実は秋山選手はこの試合のおよそ2週間前、顔面にデッドボールを受けてほお骨を骨折していました。そんな状況の秋山選手が、いきなり大仕事をします。1回ウラ、1番バッターとして打席に立つと、先頭打者ホームランを放ったのです。この先制アーチもあって序盤は2対0とリードしたダイエーでしたが、4回に日本ハムに一挙4点を許し、逆転。この状況からチームを救ったのは、王監督が育てあげてきた若鷹選手たちでした。まずは5回、正捕手・城島健司選手のタイムリーで1点を返すと、7回には主砲・小久保裕紀選手のソロホームランで4対4の同点に。迎えた8回裏、ランナーなしでバッターボックスに立った井口資仁選手が勝ち越しのソロホームランを放ちます。このリードを守り切ったダイエーは、福岡移転11年目にして悲願の初優勝を果たしました。

  
【プロ野球 2005年 柴原洋選手】
 福岡移転後のホークスで主力として活躍した柴原選手は、1996年のドラフト3位で福岡ダイエーホークスに入団。俊足巧打の外野手として頭角を表すと、2年目の98年にはレギュラーに定着し、打率3割1分4厘の成績でベストナインに輝きます。99年にはホークスの福岡移転後初優勝に貢献。リーグ連覇を果たした2000年や日本一に輝いた03年にも打率3割台をマークし、ホークスが強くなる過程で、その存在は欠かせないものがありました。また、本拠地の福岡ドーム(現・福岡ペイペイドーム)でも様々な活躍を見せ、ファンを沸かせ続けます。その一つが01年4月29日の大阪近鉄バファローズ戦です。柴原選手はこの日、1試合に4本の二塁打を記録。これはプロ野球史上8人目の、非常に珍しい快挙でした。
 04年からは背番号1をつけ、まさに球団の顔として活躍を続けた柴原選手。15年のプロ生活で放ったホームラン54本は決して多いとはいえませんが、その中には福岡ドームで放った劇的なホームランがいくつもあります。中でも特筆すべきは、05年3月26日の開幕戦、北海道日本ハム戦で放った決勝ホームランです。この試合はダイエーからソフトバンクへと球団名が変わった記念すべき最初の試合であり、柴原選手が放ったアーチは、福岡ソフトバンクホークスの第1号ホームランでもありました。08年3月20日の東北楽天との開幕戦でも、柴原選手は劇的な逆転サヨナラスリーランを放っています。開幕戦での逆転サヨナラホームランは、史上2人目の快挙でした。引退を迎えた11年、ホークスひと筋の現役生活15年で最も思い出深いシーンを振り返り、福岡ドームで放ったプロ初安打と答えた柴原選手。地元ファンに愛され、福岡ドームでひときわ輝いたプロ野球人生でした。

 

【プロ野球 2011年 日本シリーズ】
 3月に東日本大震災が発生し、開幕が延期になった2011年のプロ野球。福岡ソフトバンクホークスと中日ドラゴンズの日本シリーズもその分日程が遅くなり、11月12日、ソフトバンクの本拠地・福岡で開幕しました。中日の落合博満監督はこの年、球団初のリーグ連覇に導きながら、シーズン中に勇退を発表。この日本シリーズが監督として最後の戦いでした。そんな監督を日本一になって送り出そうと、中日ナインは奮起します。第1戦は、1対1で迎えた延長10回、中日の小池正晃選手が決勝ホームランを放って中日が先勝。第2戦も、中日が2対1で延長戦を制し2連勝。ソフトバンクはホームでいきなり連敗するという意外な展開になりました。ところが舞台が変わったナゴヤドームでは、中日がまさかの3連敗。ソフトバンクが日本一に王手をかけて福岡へ戻ります。すると第6戦は中日が勝利し、日本一に逆王手。なんと、6戦連続でホームチームが敗れるという”外弁慶シリーズ”となりました。
 勝った方が日本一となる第7戦。これがラストゲームとなる落合監督は、先発の山井大介投手が1点を先制されると、3回途中で早々と交代。一方、ソフトバンク・秋山幸二監督がマウンドを託した杉内俊哉投手は、7回を3安打無失点に抑えます。試合は、ソフトバンクが2対0とリードしたまま7回に突入。ここで落合監督は、普段なら勝ちゲームに使うセットアッパーの浅尾拓也投手を投入。内川聖一選手にタイムリーを許し、1点を失ってしまいます。それでも落合監督は8回、ゲームの最後を締めくくる守護神・岩瀬仁紀投手をマウンドに送り、この回をきっちり無失点に抑えて、最終回、味方の反撃にすべてを託します。しかし、最後はソフトバンクの守護神・攝津正投手が中日打線を抑え、ソフトバンクが03年以来、8年ぶりの日本一に輝きました。
  

【プロ野球 2012年 小久保裕紀選手・西勇輝投手】
 1993年のドラフトで、青山学院大学から福岡ダイエーホークスを逆指名して入団した小久保選手。主砲としてチームを引っ張り、99年にはホークスの福岡移転後初のリーグ優勝と、日本一にも貢献。”ミスターホークス”と呼ばれました。その後、無償トレードで04年から巨人で3年からプレーしましたが、06年オフにFA権を行使し、球団名がソフトバンクに変わったホークスに復帰。10年には7年ぶりのリーグ優勝に貢献し、11年には史上最年長の40歳1カ月で日本シリーズMVPにも輝きました。そして、プロ19年目の12年5月、小久保選手は通算1999本目のヒットを放ち、通算2000安打に王手を掛けます。しかし、あと1本のところで腰椎椎間板ヘルニアを発症して登録を抹消。およそ1ヵ月も戦列を離れることになりました。6月24日、地元・福岡で行われた北海道日本ハム戦で、ようやく1軍に復帰した小久保選手。4回にセンター前ヒットを放ち、ついに通算2000安打を達成したのです。
 2000安打を達成した12年、現役引退を決意した小久保選手。10月8日、ホームで行われたオリックス戦が引退試合となりました。しかしこの記念すべき試合で、予想外のことが起こります。対戦相手の先発・西勇輝投手がホークス打線を相手に好投を続け、ノーヒットノーランを達成したのです。西投手が、小久保選手に花を持たせようとせず全力で投げたのは、試合前日、小久保選手が「真剣勝負がしたい」と言ったからでした。苦笑いしつつも、大記録を達成した20歳年下の西投手への賛辞も忘れなかった小久保選手。現役最後の打席は、8球粘った末にショートゴロ。うち5球がストレート勝負で、小久保選手も西投手も最後まで真剣に戦った証しでした。

来週のスポーツ伝説もお楽しみに!!

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    パーソナリティ
    • 滝本沙奈
      滝本沙奈
      滝本沙奈

      滝本沙奈

      生年月日:1984年6月6日
      出身地:東京
      学歴:青山学院大学文学部英米文学科卒
      趣味:マリンスポーツ(ダイビング、サーフィン、釣り)
      資格:PADIオープンウォーターダイバー、おさかなマイスターアドバイザー

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