ニッポン放送・胡口和雄アナ「当時から野球を勉強することは言われていたね」。52年前の実況デビューに「苦労したのを覚えているね」

ニッポン放送ショウアップナイターで実況を務める胡口和雄アナウンサー
◆ いつでもみんなのプロ野球!実況アナルームのテーマは“初実況”
「(1973年は)前期で優勝したチームと後期で優勝したチームのプレーオフをやるシステムにパ・リーグが変わって、俺が喋った時は画期的な1年目だったんだよね」。
ニッポン放送ショウアップナイターで実況を務める胡口和雄アナウンサーの実況デビューは、「ニッポン放送でしゃべるチャンスはなくて、チャンスをもらったのが、九州朝日放送というKBC、いわゆるNRN系列だったんだよね」と、1973年の日拓ホームフライヤーズvs太平洋クラブライオンズの一戦だ。
「初めて関根(潤三)さんとニッポン放送のマイクの前に立って九州に送ったのがデビューなわけ。その時はデーゲームだったかな。ナイターではなかった。おそらく後期だから、7、8、9月。何せ50年以上も前の話だから、時期は覚えていないんだけど、そのゲームを喋ったのがデビュー戦だったのは今でも覚えている」と当時を思い出すように話す。
「そのゲームを中継して、苦労したのを覚えているね。解説者に何を質問したらいいかわからない。(デビュー前は)球場に行って1人で喋って、本社に途中経過変わりに送っている。そういう練習しかしてこなかったので、解説者に何を聞いていいのかわからなくて、関根さんに、とにかくしつこくわけのわからないことを聞いてたと思うんだよね」。
「とにかく自分で覚えているのは、“そう言った意味では関根さん”というフレーズだけは覚えている。逆に質問するような感じで、“そう言った意味では”が多すぎたな。今ならNGワードにしたら何回くらい出てくるのかなというくらい言葉に詰まって、必ず頭では“そういった意味ではこういうことでしょうか”、とにかくすぐに言葉が出てこないからセット言葉みたいな感じで“そういう意味では”という言葉が出て、次の言葉を探していたような。何を聞いていいかわからなかった状況だったと思いますね」。
「後で先輩たちに聴いてもらったら、“ほとんど関根さんが喋ってるじゃないか!”と言われて、“打った、走った、投げた”とか基本的なことしか言っていなかったんだと思うんだよね。それでも、“関根さんをこれだけ喋らせたのは大したもんだ!”と言われて、呆れられたり、褒められたり、“へんてこりんだったけど、最初にしてはこんなもんではいいんじゃないか、また次頑張れよ!”と言われているのは覚えているね」。
初実況から52年――。経験を積んだ今、初実況した当時の自分に伝えたいことはどんな言葉だろうかーー。
「当時から野球を勉強することを言われていた。その意味がわからなかったんだけど、先輩たちから言われたのは、1試合でも多く見た方が自分で検証できる。なぜこういうことが起きたのか、なぜそういう作戦になったのか、そういうのをダンダン自分の肌で感じるようになったね。野球を知らないと質問ができない。なぜここでバントなのか、なぜここでエンドランなのか、ここがエース対決で1点が大事なので早い回でもバントで1点でも取りに行こうかなという方法とか、いろいろ作戦はある。当時野球を勉強するために何をしたかというと、野球を知るためには “ドジャースの戦法”という本を読めとよく言われたね」。
「野球を1試合でも多く観て、野球は法律と一緒だと思うんだよ。答えがないんだよ。何が正解というのはないから、例を積み重ねて答えを出していく。いろんな事例をいろんな目で焼き付けて、こういうケースはこういうことがあったなと。そういう意味では野球を勉強することが、野球を上達するためには1番だと思う。生半可では質問もできないし、今もまだ野球をどうやって見るかを主眼に置いているね」。
「解説者のやり取りは呼吸もあるし、深澤さんと関根さんのコンビは野球を知り合った2人だから、お互いを高め合って、深澤さんも勉強してやっていたし、なかなかその域には行けないけど、できる限り、そういう境地には達したいなと思って。自分が身をもって体験しないとわからないことで、当時そのことをやれと言われても無理な話で。やっぱり自分がデビューした時に困ったなという時に、なぜ困ったんだろうとそこで振り返れば、自ずとこれから自分のやることは答えとして出てくるんだろうなというのは今は思っているね」。
野球を勉強し経験を積んだ今なお、さらなるレベルアップを目指し、自分自身と向き合っている。
(ニッポン放送ショウアップナイター)
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