ゴッドアフタヌーン アッコのいいかげんに1000回

2023.08.26

8月26日 放送後記

今週のアッコさん。

 

『デビュー55周年スペシャルPart1』と題して、いろんな角度からアッコさんにスポットを当ててお送りしました。

 

アッコさんがデビューした1968年は、セリーヌ・ディオンさんが生まれた年でもありました。

セリーヌ・ディオンさんのライブを見たことがあるアッコさんは

「ひょえ~!!!」と大きな声で驚いていらっしゃいましたΣ(・□・;)

 

1972年にアッコさんが出会った森繁久彌さん。

ドラマで親子役で共演してから、重鎮・森繁さんはアッコさんのこと『アコ』と呼び、アコさんは森繁さんのことを『じい』と呼ぶようになったそうです。

ある日、森繫さんのお宅に行きお酒を飲んでいた時のこと。

森繫さんは高価なお酒を飲むと、手をパチンと叩いて「ダメ」と言われたそうですが、

奥様(杏子ママと呼んでいたそうです)が

「いいじゃないの、飲むためにあるんだから」と言ってくださったそうです。

まるでドラマのワンシーンですね(*’▽’)

 

また、アコさんの誕生日の4月10日に森繁さんのご自宅で誕生パーティーをする予定だったそうですが、

なんとアッコさんはその約束を忘れて、仕事終わりにマネージャーの小田さんと飲み行ってしまったそうです( ;∀;)

途中で思い出して、慌ててご自宅に行くと、テーブルにはお赤飯やお頭付きの鯛が用意されていたそうです。

 

当時はスマホがない時代の出来事ということで、

事務所に何回も森繁さんからのお電話があり事務所の皆さん、大慌てだったそうです!

結果的には、アッコさんのパーティーをしてくださり、そして帰りには森繁さんは庭に咲いている桜の枝を折って一本アッコさんにプレゼント。

 

「お前にはどんな花束よりも、これが一番似合う。

 桜はすぐに散ってしまうが、その美しさは誰の胸にも焼き付いて愛されている。

 芸能という仕事も、桜の花のようにはいかない。

 でも、チカラ一杯咲けば、必ずいつまでも人の心に残る」

素敵な言葉をもらったアッコさんも思わず泣いてしまったそうです。

 

奥様にも「普段こんなことしないのよ」と言われ、

桜の花にパイナップルの空缶に挿してタクシー乗って帰ったアッコさん。

しかし・・・タクシーに桜の花が収まらず、車内でも散るということで、桜の枝を窓から出したらほとんど花びらが散ってしまったそうです。

その後、ご自宅でも残った桜をなんとか飾ろうといろいろ試みたアッコさん。

花切りバサミも持ってなかったため包丁で枝を切り、一輪ずつ活けてみたりするなど努力したそうですが、

当時アッコさんの部屋はお風呂場がユニットバスで、飾ってしまったら「お風呂入られへん・・・」となってしまったとか( ;∀;)

美しいエピソードの後日談は、意外と大変だったようです!(^^)!

 

森繁さんは、マッチ箱から取り出したマッチを擦って、擦りカスで文字を書いてくださったこともあったそうです。

色紙に、

『高い高い 火の見櫓 私も高い』

 

アッコさんは「全くわからんかった」とおっしゃっていましたΣ(・□・;)

とてもオシャレな話ですね。

 

1973年には山岡久乃さんとの出会い。

忙しすぎたアッコさんが遅刻した際は叱ってくれ、

ドラマでのチームワークの大切さや先輩への気遣い、仕事への取り組み方などを細かく教えてくださったのが山岡さんだったそうです。

そんな山岡さんが亡くなられた時は、「人生で一番泣いたと思う」とアッコさん。

アッコさんのご両親が亡くなられた時は号泣とはまた違ったそうです。

 

当時の山岡さんは膝が悪く、膝にたまった水を抜くなど、状態は良くなかったそうですが、

それでもアッコさんが遅刻しないように、また一人でその栄養が偏らないようにと毎朝、その日のお昼のお弁当を作ってくれたんだそうです。

 

電話もよくしたそうで、セリフを覚えるためには「何回も繰り返すこと」と「カセットテープに録音することも練習になる」と教えていただいたそうです。

 

母の日には必ずアッコさんは山岡さんにお花を送っていたそうですが、

山岡さんは

「あんたどこへ私が引っ越しても追いかけてくるのね」

とおっしゃられたそうです。

(アッコさんのお母様、ご主人のお母様、森繁さんの奥様にも送られていたそうです)

 

そして時が流れ、今はアッコさんがお花をもらうようになり、

毎年の母の日には、アッコさんは「今まで渡してきた相手のことを思い出している」と話されていました。

そんな感動的な雰囲気の中、

「私、父の日ももらうからね」

と一言。さすがアッコさんです(*^^)v

 

 

日本レコード大賞で最優秀歌唱賞を受賞したアッコさんが沢田研二さんとステージへ行った話。

古賀政男さんからは、「ほらほら泣くんじゃないの」と言われたそうです。

 

アッコさんと沢田研二さんとの関係は、デビュー前からだったそうです!(^^)!

アッコさんがやんちゃしている頃からだそうで、

アッコさんは沢田研二さんのバンドのガードマン(ガードウーマン)をやってあげたんだそうですΣ(・□・;)

 

沢田さんはコンサートの際は、とても繊細で慎重な方だそうで、誰かが音を立てるのも気になるほどだったそうですが、

たまたま沢田さんのコンサートの近くで仕事があったアッコさんがコンサート会場に立ち寄り、

アッコさんが「ジュリー!」と声をかけると、

沢田さんはアッコさんに「なんや自分かいな」と言ってくれたそうで、

周りにいたマネージャーさん達はとても驚いていたそうですΣ(・□・;)

 

1973年、『金曜10時!うわさのチャンネル‼』爆発的な人気番組に出演されていたアッコさん。

なんと社長賞を2回受賞したそうですΣ(・□・;)

 

当時の金曜日は朝から稽古・リハーサルをして一度中抜け。

アッコさんは別現場でドラマなどの撮影。

再び夜7~8時頃にスタジオに戻ってまたリハーサル。

10時に生放送。

本番後、翌週の打ち合わせ。

帰りは深夜になっていたそうですが、毎週末は歌のお仕事のため始発で全国を飛び回っていたというアッコさんΣ(・□・;)

そんな超ハードスケジュールだったアッコさんですが、

本業の歌に支障が出てきてしまうことから、1978年に超人気番組を降板申し出たんだそうです。

 

あっという間の爆笑&暴露エピソードの2時間は、デビューから1978年までのPart1をお送りしました!(^^)!

エンディングで、アッコさんは「デビュー55周年スペシャルやんな?」

と垣花さんに確認した上で、

「こういうのって、番組が終わったらもっといい人になってない?」

と少し不服そうでした(笑)

垣花さんは「やっぱりアッコさんはオンリーワンな存在だと再確認しました」

とコメントされていましたね!(^^)!

 

この週末もどうぞ心穏やかにお過ごしください。

それではまた来週~

    パーソナリティ
    • 和田アキ子
      和田アキ子
      和田アキ子

      和田アキ子

      1968年に「星空の孤独」でデビュー。以来、”R&Bの女王”として「どしゃぶりの雨の中で」「笑って許して」「あの鐘を鳴らすのはあなた」「古い日記」「さあ冒険だ」「HEY!(with m-flow)」「YONA YONA DANCE」など、数々のヒットを飛ばす。その後も、抜きんでた存在感で芸能界の”ゴッド姉ちゃん”としてTV、ラジオ、CMと広いフィールドで活躍。

    アシスタント
    • 垣花正
      垣花正
      垣花正

      垣花正

      1972年1月1日、沖縄県宮古島生まれ。大きな体に大きな態度!?もとい!心やさしい日本男児。以前はヤングタイムの人気&問題児パーソナリティであったが、今や「垣花正 あなたとハッピー」のパーソナリティとして主婦のアイドルに!
      姓名判断&人たらし(?)を特技とする。