観音温泉 るんるんタイム

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2021.11.18

【第53回】観音温泉と下田「御菓子司 ロロ黒船」との深い縁!

伊豆・奥下田「観音温泉」の魅力をお伝えする「観音温泉るんるんタイム」。観音温泉・鈴木和江会長に、上柳昌彦アナウンサーがたっぷりとお話を伺っています。鈴木会長と上柳アナは、下田・南伊豆にある観音温泉ゆかりのお店を訪問中。今回は伊豆急下田駅から徒歩5分ほどの所にある「御菓子司 ロロ黒船」にお邪魔しました。

観音温泉・鈴木会長とロロ黒船・山田さん、上柳アナ

―「開国だんご」「新栗のおこわ」をはじめ、美味しそうなお菓子がいっぱいの「ロロ黒船」ですが、鈴木会長と、こちらのお店はどんな関わりがあるんですか?

鈴木:お客さまのお部屋の和菓子は、こちらの「ロロ黒船」のお菓子をご用意しています。ご主人の山田収(やまだ・おさむ)さんは、元々、県道15号から観音温泉へ入る登り口で駄菓子屋さんをやっていらした方なんです。観音温泉の草創期は、まだ電話がありませんでした。電話があると、山田さんが有線放送で「観音さん電話~!」と知らせて下さって、「はーい!」と山を下りて、山田さんのお宅に伺っていたんです。

山田:(その頃の観音温泉は)電話もテレビも、な~んにもありませんでしたからね。電話でお見えになると、そのままずっと話し込んだりしていました。懐かしいですね。下田の各地区には、当時、農協が整備した有線放送があったんですよ。

観音温泉の客室に用意された「ロロ黒船」のお菓子

―いまは「ロロ黒船」というお店をやっていらっしゃいますが、「ロロ」とは、どんな意味ですか?

山田:ここにお店を出したのは、昭和44(1969)年ですので、もう50年以上前のことです。下田ですので、「黒船」という名前を付けたかったんです。ただ、黒船という言葉を使った似たような名前のお店が、何軒かありました。そこで食べ物は「口」でいただくことにちなんで、口という文字の形を、カタカナ読みして「ロロ」としたんです。

「ロロ黒船」店内

―当時の観音温泉は、「産土亭(うぶすなてい)」くらいしかなくて、夜は真っ暗だったんでしょうね。当時、山田さんはどんな感じで、観音温泉をご覧になっていたんですか?

山田:ちょうど私が菓子屋の修業で沼津、その後、東京へ行っていた頃のことでした。帰省した折に、「3㎞くらい奥に温泉が湧いたらしいぞ」という話を聞いて、見に行くと櫓が1本建っていました。まだ「産土亭」も無かったんです。正直言って、真っ暗で怖いなんでものじゃない。しかも、入口に本物の「クマ」が居たんです。

鈴木:クマは元々、父が東京・練馬区の大泉に住んでいたときに2頭飼っていました。でも、東京に条例が出来て飼育できなくなってしまいました。そこで2頭一緒に、観音温泉へ連れてきていたんです。当時は電気がありませんから、電気は全部自家発電でまかなっていました。父は戦争の弾をくぐって生き抜いてきた人ですから、(何もないことが)原点を(であると)知っていたんだと思います。それまでタクシー業界でお客さまに乗ってもらってナンボという世界でしたから、これからはお客様にお返する番だ・・・というのが口グセでした。父は褒めることをあまりしない人でしたが、(ロロ黒船のお菓子に使われる)「あのあんこは一番美味しい!」とよく言っていましたよ。

(観音温泉・鈴木会長×上柳アナの「ロロ黒船」レポート、つづく)

御菓子司 ロロ黒船 (lolo-kurofune.com)

ロロ黒船・山田収さん

伊豆・奥下田の地に湧き出す超軟水・ph9.5の天然温泉「観音温泉」。お聴きのアナタからは、引き続き、鈴木会長への“人生相談”も、「上柳昌彦 あさぼらけ」の番組メール(ue@1242. com)で受け付けています。ユニークな発想力で、様々な苦難を乗り越えている鈴木会長。癒しのお声で語る、その“哲学”に、アナタも“生きるヒント”を感じてみませんか?

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    • 上柳 昌彦
      上柳 昌彦
      上柳 昌彦

      上柳 昌彦

      ■生年月日:1957年8月1日
      ■星座:しし座
      ■血液型:B型
      ■出身地:生まれは大阪、以降父の仕事の関係で各地を転々。
      ■最終学歴:立教大学 法学部
      ■趣味:
      ジョギング、ジム、トレッキングの後の一杯。
      鶴瓶さんの番組におじゃましてさりげなく出演すること。
      「ブラタモリ」を観ながら「そうなんだ」「そうなんですよ」と相槌を打つこと。
      商品開発担当者の方に開発秘話を伺うこと。

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