
4月16日(月)~20日(金)は
「世界が驚いた!ニッポンのスゴイ奴列伝」
7時40分すぎの「やじうま好奇心」
ラインナップは!
☆世界の金メダリストから
「奴が世界一」と恐れられた男
マラソンの瀬古利彦さん
☆大相撲通算最多勝1047勝!
ギネスブックにも掲載!
元大関魁皇の浅香山親方
☆4000本のドラマを作ったスゴイ人!
こちらもギネスブックに掲載
プロデューサーの石井ふく子さん
☆今や世界中に歌を配信!
日本が生んだバーチャルアイドル
初音ミク(ごぞんじですか?)
5時20分ごろの
「ラジオ人間ドック」は
世界一元気な100歳
日野原重明先生が毎日登場!
「100歳の5つの金言」をお送りします。
さらに当選確率335倍!
「世界一貴重なプレゼント」
ニッポン放送パーソナリティと行く
東京スカイツリーバスツアー!
あさラジとハッピーで発表する
2つのキーワードを書いて
メールかハガキで応募できます。
(あて先は追ってお伝えします)
1942 年横須賀生まれ、65年ニッポン放送入社。スポーツ番組担当後、ヤングを中心に人気を得た夜のワイド番組「大入りダイヤルまだ宵の口」などを担当。85年〜2004年までニッポン放送の朝の看板番組「高嶋ひでたけのお早う!中年探偵団」のパーソナリティ。その間、90年からフリーとなり現在に至る。
山口県出身。特技はピアノとフルート演奏。絶対音感を持つニッポン放送アナウンサー。モットーは、「熱さ、明るさ、温かさ」!
経済誌の記者を経て、フリーのジャーナリストに。
週刊誌や新聞などで執筆活動を続けるかたわら、ラジオ、TVの報道番組で活躍中。政界、経済界での豊富な人脈を元に数々のスクープを連発する。
「森永卓郎 朝はニッポン一番ノリ!」「上柳昌彦のお早うGoodDay!」などニッポン放送の数多くの番組で、ニュース報道・解説を担当しており、数多くのリスナーから信頼を得ている。
現場の一線として永田町を長年に渡って取材。
分かりにくい政界の動きを、独特の語り口調で分かりやすく解説する。
早稲田大学大学院教授
大阪市の職員として活躍した実績を買われ、2012年1月、大阪市の特別顧問に就任。
今、最も言動が注目されている橋下徹市長の側近として、主に人事制度に関わっている。
1964年、愛知県生まれ。北京大学中文系に留学したのち、週刊誌記者などを経てフリー・ライターとなる。
抜群の取材力、豊富な人脈を活かした中国のインサイドレポートには定評がある。
京都大学大学院准教授。
TPP参加反対の急先鋒。経済分野では、独自の分析で注目を集めている。専攻は国際関係論、政治経済思想、都市社会工学。主な研究分野は経済ナショナリズム。
元外務省主任分析官・作家。同志社で神学を修めた後、外務省に入省(ノンキャリア)、ロシア専門家として外交に従事。インテリジェンスの世界で働く。スペシャリストとして諸外国の外交関係者からの評価が高かった。鈴木宗男元議員の側近とされ、「外務省のラスプーチン」と呼ばれた。現在は作家活動が中心で、外交への評論・批評には定評がある。
1955年生まれ。東京大学卒業後リクルート入社。新規事業担当部長などを歴任。
2003年から杉並区立和田中学校校長に、都内で義務教育初の民間人校長として話題に。
和田中をモデルとした「学校支援地域本部」の全国展開に文部科学省が50億円の予算をとったため、2008年からは校長を退職して全国行脚へ。橋下大阪府知事から教育分野の特別顧問を委託され、大阪の小中高の活性化と学力Upに力を貸す。
36年間、医師として地域医療に携わり、そのかたわら、チェルノブイリ救援活動、イラクへの医療支援にも取り組む。1991年より18年間、ベラルーシ共和国の放射能汚染地帯へ90回を超える医師団を派遣し、医薬品を支援。2009年ベストファーザーイエローリボン賞受賞。
ベストセラー「がんばらない」をはじめ、「空気は読まない」「よくばらない」など著書多数。
1952年東京・銀座に生まれ、以後下町で育つ。
音楽活動のほかに、ラジオ、テレビ、映画の出演や雑誌の執筆などで幅広く活躍。趣味が多く、カメラ、自転車、散歩、飲酒、落語、がらくた収集、などなど。
著書に「酒にまじわれば」(文春文庫)「絶滅食堂で逢いましょう」(徳間書店)「東京路地裏暮景色」(ちくま文庫)のほか、下町をとらえた写真集も発表している。
角川書店時代からカリスマ編集者として知られ、1993年に幻冬舎を設立。
『大河の一滴』『弟』『ダディ』など1年で1冊はミリオンセラーを生み出す。
「ヒンシュクは金を出してでも買え」「薄氷は自ら薄くして踏め」「スムーズに進んだ仕事は疑え」といった見城語録はあまりにも有名。
2011年10月4日に100歳にして現役の医師として活動中。
早くから予防医学の重要性を指摘し、成人病とよばれていた病気について「生活習慣病」という言葉を生み出すなど常に日本の医療の先端を走っている。
これまでの著書は200冊を超える。