12月 7日
■神に近づいた鳥人〜セルゲイ・ブブカ■

陸上競技の世界記録の中で、それを破ることが最も困難なひとつが、
棒高跳のセルゲイ・ブブカの記録であろう。
世界記録を35回更新した彼が、最後に残した1994年の記録は6m14。
彼に最も近づいたのは99年のタラソフ(ロシア)と2001年のマルコフ(豪州)の6m05であり、
6mを跳んだボールター(跳躍者)ですら、過去14人しかいない。

ウクライナ出身、1963年12月4日生まれのセルゲイ・ブブカこそ、
20世紀最高のアスリートといってもいい。
5m90で金メダルを獲得したソウル以外の五輪では、ことごとく不運に見舞われた。
84年ロサンゼルスは、ソ連(当時)がボイコットし不参加。92年のバルセロナは決勝記録なし。
96年のアトランタは予選を棄権。2000年のシドニーも記録なしに終わった。
一方、世界選手権との相性は抜群で、83年のヘルシンキから97年のアテネまで6連覇した。

超人=鳥人ブブカに魅せられた二宮氏は一時期、ブブカを追いかけて世界へ飛んだ。
95年、世界陸上イェーテボリでのブブカの跳躍は忘れられないという。
「北欧スウェーデンの夏の空は本当に澄み渡ってきれいなんです。スウェーデンの国旗は
空の色を象徴しているんですが、本当にあの国旗のように真っ青な空に、舞い上がったブブカ
を見た瞬間、あの青にブブカが《溶けている》んです」
ブブカの跳躍は高いだけではない。もともと器械体操でも将来有望な選手だったという
ブブカの飛形は実に芸術的で美しい。
「あの美しさは、スポーツというより《絵画》でした。
 空の青にとけたブブカの絵画になんです」

棒高跳は天上の神にとっては不届きな地上の行為なのかもしれない。
重力という形而上の怪物に逆らって神へ近づこうとするあの行為は
神をも恐れぬ行為の誹りを受けかねないと二宮氏は言う。
「跳躍の前、サングラスをかけて瞑想しているブブカの姿があるんです。
 まるで神様と対話しているように。誰よりも天上に近づくことに神の許しを請うのでしょう」
そう考えると跳躍に失敗して堕ちていくボールターは、まるでピンの刺さった標本の蝶のように見える。
神に許されなかったものの哀れな姿だ。

二宮氏は、イェーテボリで見た美しい場面について、「Number」誌にこう書いた。
「ブブカが北欧のブルーの空に溶けた瞬間、バーは激しい音を立てて落下した。
 この日、神は名画の中に鳥人を閉じ込めてしまった」。


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セルゲイ・ブブカ

1963年12月4日生まれ。ウクライナ出身。
「鳥人」と呼ばれた男子棒高跳の世界記録保持者。

1983 ヘルシンキ世界陸上     棒高跳 金メダル
1987 ローマ世界陸上       棒高跳 金メダル
1988 ソウル五輪         棒高跳 金メダル
1991 東京・世界陸上       棒高跳 金メダル
1993 シュトゥットガルト世界陸上 棒高跳 金メダル
1995 イェーテボリ世界陸上    棒高跳 金メダル
1997 アテネ世界陸上       棒高跳 金メダル






 
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