放送局・放送日時
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3月9日から18日まで韓国で開催された『平昌2018冬季パラリンピック』
49の国と地域から集結したアスリート達による熱い戦いが繰り広げられました。
アルペンスキー、クロスカントリースキー、バイアスロン、パラアイスホッケー、車いすカーリング、そして、今大会から正式競技となったスノーボードの6競技80種目が行われました。
日本からは選手38名、ガイド1名、スタッフ・関係者 総勢86名の選手団で臨みました。
日本は、金メダル3個、銀メダル4個、銅メダル3個の合計10個のメダルを獲得し、大会を終えました。
アルペンスキー・森井大輝(もりい・たいき)選手やクロスカントリースキーの新田佳浩(にった・よしひろ)選手といったベテラン勢の活躍の一方で、アルペンスキー女子の村岡桃佳(むらおか・ももか)選手やスノーボードの成田緑夢(なりた・ぐりむ)選手といったニューヒロイン、ニューヒーローが誕生した大会となりました。
開会式をはじめ、各試合会場には多くの日の丸が掲げられ、日本からもたくさんの方々が応援にかけつけました。
家族や会社の同僚などたくさんのサポートに支えられ、選手達は4年に1度の大舞台に立ち、挑み続けました。
自分の限界に挑戦し戦う選手達の姿は、本当に美しく、輝いていました。
鈴木亮平 Going Upでは、「挑戦」を続けるパラアスリートの姿をこれからも伝えていきます!
<日本選手団 メダリスト>
◎ 村岡桃佳(むらおか・ももか)選手 / アルペンスキー・座位
滑降;銀メダル、スーパー大回転;銅メダル、スーパー複合;銅メダル、
大回転;金メダル、回転;銀メダル
日本選手団の旗手を務めた村岡選手。
今回のパラリンピックは「私に始まり私に終わる」という名言通り、出場した全5種目でメダルを獲得するという快挙を成し遂げました!
◎森井大輝(もりい・たいき)選手 / アルペンスキー・座位
滑降;銀メダル
2年以上かけて、用具(チェアスキー)の改良を行い臨んだ森井選手。
海外の若手選手たちが急成長する中、ベテランとしての意地と貫禄を見せつけてくれました。
◎新田佳浩(にった・よしひろ)選手 / クロスカントリースキー・立位
男子 1.5kmスプリント クラシカル;銀メダル、 10kmクラシカル;金メダル
レース当日の朝に奥様と子供たちからの手紙を読んで試合に臨んだ新田選手。
レース後、応援にかけつけた子供たちを抱き上げた姿はとても印象的でした。
◎成田緑夢(なりた・ぐりむ)選手 / スノーボード
スノーボードクロス;銅メダル、バンクドスラローム;金メダル
常に「挑戦」という言葉を言い続け、最後まで貪欲に挑み続けた成田選手。
圧倒的な強さと、他の選手をリスペクトする姿勢、そして、今やトレードマークとなった『グリムスマイル』は多くの人々の心を鷲掴みにしました。
パラテコンドーの伊藤力(いとう・ちから)選手をお迎えしてお送りした第2回目。
今回は、パラテコンドーとの出会いやご自身の強み、そして今後の目標について伺いました。
小学校でサッカー、中学は剣道、高校ではテニスと、学生の頃からスポーツに励み、社会人になってもフットサルチームに所属していた伊藤選手。
2015年4月に職場での事故により右肘上部を切断することになります。
切断して3日後にはフットサルをやりたいと思ったといい、障害はあるけれど新たに始められるサッカーはないかと病院のベッドの上で調べていたところ、アンプティサッカー(*)の存在を知りました。
(*アンプティサッカー)
7人制サッカーとも呼ばれ、6人のフィールドプレーヤー(下肢切断者)とゴールキーパー(上肢切断者)で行われる競技。フィールドプレーヤーは基本的に義足をはずしてクラッチという松葉づえのようなもので体を支えながらプレーする
退院して2週間後にはアンプティサッカーを始めました伊藤選手は、ある日、練習をしている時に、お手伝いに来ていたボランティアスタッフからパラテコンドーをやってみないかと声をかけられます。
テコンドーの師範と知り合いだというそのスタッフによると、パラテコンドーが東京2020パラリンピックから正式競技になるけれど日本でやっている選手がいないという状況だったのです。
「その日その日を楽しく生きる」という伊藤選手は、早速、テコンドーを始めてみようと立ち上がります。
ただ、いざやろうと思っても、何から始めればよいのか、誰に連絡をとればいいのかわからず、SNSで“パラテコンドー”と調べると、2000年のシドニーオリンピック・テコンドー女子 -67 kg級 銅メダリストの岡本依子(おかもと・よりこ)さんの名前。
この人に連絡すればいいのかなという軽い気持ちでメッセージを送ると、すぐに「電話番号を教えて!」という返事が返ってきました。
そうして、パラテコンドーのパイオニアとして、伊藤選手の挑戦が始まりました。
テコンドーを初めて生観戦したのは、リオオリンピックの国内選考会。
「これ、できるのかな・・・」
それが、伊藤選手の第一印象でした。
競技を始めてわずか3か月後には、国際大会に出場することになりますが、そこでいきなり世界ランキング1位のモンゴル人選手と対戦します。
結果は、2ラウンドコールド負け。完敗。
しかし、オリンピックのアジア予選に出場する選手たちと一緒に練習をしていた伊藤選手は、この時、思います。
「4年後だったら、追いつけるんじゃないか」
その後、本格的にテコンドーに取り組むため、家族とともに北海道から東京に移住することを決意した伊藤選手。
ちょうど娘さんが産まれたばかりの頃で、奥様に申し訳ない気持ちで伝えました。
「テコンドーやりたいんだけど… 東京に行きたいんだけど…」
すると、「応援してるから一緒に行こう」という奥様の返事。
今では、やりたいことは全部やっていいよと、伊藤選手が合宿や国際大会で家を空けている間、子供の面倒を見て、家のことをしっかりやりながら、サポートをしてくれています。
娘さんは、現在2歳。
頼もしく心強い、そして、かわいい応援団が伊藤選手を支えます。
今年1月に開催された全日本テコンドー選手権で、伊藤選手は61kg未満級で見事優勝。
自分の強みについて、このように語ります。
「競技を少し早く始めていたというのが一番のメリットだったのかなというのはあるけど、『勝ちたい!』という気持ちが他の選手より強いと思っている。その気持ちの部分で勝てたのかなと思う」
現在では選手も増え、日本代表強化指定選手にはいろいろな年代の選手たちがいます。
2年前にパラテコンドーを始めた頃、伊藤選手は、自分一人でやっているような感じで、「一人で頑張んなくちゃいけないのかな…」と思うこともあったといいますが、「2年が経ち、全日本選手権まで開催されるようになって、良き仲間であり、良きライバルができてほんとによかったなと思ってる」と、パラテコンドー界の先駆者として駆け抜けてきた道のりを振り返ります。
“パラテコンドー界の新星”と言われている16歳の星野佑介(ほしの・ゆうすけ)選手の目標は「伊藤選手に勝つこと」
これについては「2021年になったら勝たせてあげようと思います。東京2020大会が終わってからです!」と王者としての貫録を漂わせていました。
東京2020パラリンピックで初めて正式競技として行われるパラテコンドー。
「初代チャンピオンに輝けるように、しっかりがんばっていきます!」
伊藤力選手の挑戦は続きます。
最後に、伊藤力選手が上をめざして進もうとする方に伝えたい“Going Up”な一言を伺いました。
腕を失ったり、いろいろと不幸なことがあったかもしれないけど、それがあったからこそ、今楽しめることも沢山あるので、その時どきを全力で楽しもう、という思いがこめられた言葉です。
伊藤力選手のリクエスト:現実という名の怪物と戦う者たち / 高橋優
落ち込んでいた時に友人に教えてもらった曲。自分の境遇に合っていて前向きな気持ちになれる曲。
次回のゲストは、パラカヌーの瀬立モニカ選手です。どうぞお楽しみに!
今回のゲストは、パラテコンドーの伊藤力(いとう・ちから)選手です。
伊藤選手は、日本パラテコンドー界のパイオニアとして活躍しており、今年1月に開催された「全日本テコンドー選手権大会」では61キロ未満級で優勝しています。
テコンドーは韓国の国技で、多彩で華麗な足技が魅力のスポーツですが、実は、鈴木亮平さんが「一番やりたい格闘技」というのが、このテコンドー。
昔、ジャッキーチェーンの映画で敵役だったのがテコンドーの使い手で、高速で蹴りを連続して出すのをみて、かっこいいな~と思ったそうです。
さて、東京2020パラリンピックから正式競技となるパラテコンドー。
その歴史はまだ浅く、2005年 WTF 世界テコンドー連盟にパラテコンドー委員会が設置され、2005年に上肢障害者を対象としたパラテコンドー(キョルギ)が誕生しました。
韓国の国技ではありますが、ヨーロッパでも人気があり競技人口も多いそうです。
パラテコンドーには、主に上肢障害を持つ選手が行う『キョルギ(組手)』と、知的障害のある選手を対象とした『プムセ (型) 』の2種目がありますが、東京2020大会では、キョルギのみが行われます。(※伊藤選手の種目は『キョルギ』)
伊藤選手がパラテコンドーを始めたのは2年前のこと。
当時、アンプティサッカーをやっていましたが、「パラテコンドーをやってみないか?」という話を受け、自ら協会に問い合わせたのがきっかけでした。
「ただ、なんとなく面白そうだなと思って」
もし自分に合わなければやめて、またサッカーに戻ればいいかな。とりあえずやってみよう。最初はそんな気持ちでした。
その時にはすでに、パラテコンドーが東京2020大会で正式競技になることが決まっていましたが、日本でパラテコンドーをやっている人は全くいなかったといいます。
「今まで普通に生きてきた中で、そういった、世界に挑むチャンスがもらえるんだったら、目指してみようかな」
そうして、伊藤選手の挑戦は始まりました。
直径8mの八角形のマット(12㎡)の上で、フェンシングのように電子センサーのついた防具をつけて試合を行うパラテコンドー。
電子ソックスを履いて、ボディプロテクターに足がしっかり当たると、得点が入るシステムになっています。
2分×3ラウンドで試合が行われ、最終的にポイントを多くとった方の勝利です。
一般のテコンドーと、ルール上で大きく異なるのは、頭部への攻撃が禁止されているということ。
ボディー(上段)への蹴りのみが有効で、ローキックは即刻、警告となります。
伊藤選手が得意なのは、自分から仕掛けるというよりは、カウンターで得点を取っていくという形。
相手の蹴りをかわして、まわし蹴りというのが、得意のパターンです。
ただ、意外にも体や股関節が硬いという伊藤選手。
なんと、一番最初にテコンドーをやった時には、体が硬すぎて、上段を蹴る時に後ろに倒れてしまったこともあったそうです。
現在は、ジムでの筋トレに加え、可動域を広げられるようなトレーニングも行っており、時間があると、もも裏や、ふくらはぎを伸ばしていると話してくれました。
“脚”を使うという点では、サッカーの経験が活かせるのでは?と思いがちですが、伊藤選手が言われるのは「サッカーの蹴りは絶対にするな」ということ。
サッカーのように蹴ると、これから蹴ろうとしていることが相手に知られてしまうというのがその理由で、テコンドーでは「いかに相手に分かりづらい蹴りで攻めていくかというのが大事」なんだそうです。
スパーリング用のミットを持って、伊藤選手の“蹴り”を受けた鈴木亮平さん。
「けっこう衝撃が…」と伊藤選手のパワーを見せつけられました。
そして “足の甲で蹴るのがコツ” とアドバイスをもらい、亮平さんもいざ挑戦。
楽しい!ストレス解消になる!と、テコンドーの魅力に引き込まれていました。
伊藤力選手のリクエスト曲: fantasista / Dragon Ash
サッカーをやっていた時によく流れていた曲で、今でも試合前によく聞いているそうです。
次回も、パラテコンドーの伊藤力選手をゲストにお迎えしてお送りします。お楽しみに!