7月24日
|
広島の古本屋から帰れば・・・
|
オールスターゲーム期間を利用し、
ちゃっかり金・土・日とお休みいただいて、
郷里・広島へご先祖様の墓参りを兼ねて帰ってきました。
季節外れの肌寒さの東京とは大違い。
相変わらず、我が郷里・広島の暑〜いこと・・・。
広島駅のプラットフォームに新幹線が滑り込み、
扉が開くと、同時にモア〜〜〜ッとした、
懐かしい、肌に絡まりつくような暑さが・・・。
墓参り、お寺さんに無沙汰を詫びにご挨拶。
さほどの移動距離ではないのに、
久々、滝のように汗をかいて、
しまいには、爽快感さえ憶えましたよ。
墓参りとお寺さんにご挨拶が主たる目的でしたから、
あとはホテルでだらだら、繁華街をぶらぶら・・・。
ずいぶん、人通りが少なくなったなあ〜と思いつつ、
浪人時代、雪駄や下駄で歩き回った本通り・金座街を徘徊。
青春の思い出があふれるように、湧き出てくるんですよ。
古文の翻訳本買い集めて、夏休みの宿題をクリアするのに、
よく訪れた古書「アカデミイ書店」。
柳家小さん全集・桂三木助全集・円生全集を買いあさった
わが青春の古本屋。
エッチな写真集(今ならなんてことない代物ですがね)を
まとめ買いした三国書店は、洋装店に代わっていたけれど、
アカデミイ書店は、40年前と全く変わらない佇まい。
ウナギの寝床のような通路を、古書のにおいにつつまれて至福の時。
素晴らしいあの頃、学生時代(ワタシャ、ペギー葉山かよ?)。
どうしても東京に行きたくて、中央大学法学部の試験問題集、
俗に「オレンジ本」過去問集を6年分、
ここで買い集めたのもいい思い出です。
カビ臭い空調のきいた店内から出ると何だろなぁ、
まぶたが、熱〜くなってしまいました。
東京・神田の古書街も大好きですが、
繁華街にぽつんと一軒だけ立っている古書店も
なかなかいいもんですよ。
久しぶりにリフレッシュして帰郷すれば、
いきなり、イチローがヤンキースへトレード。
記者会見の後、今日からマリナーズと対戦するために遠征してきた
ヤンキースのセーフコフィールド・3塁側のロッカーで
ブルーグレーのビジター用のユニフォームを着て、
即、8番・ライトでゲーム出場。
第一打席、昨日までチームメイトだった、
エースのケビン・ミルウッドから、センター前ヒット。
そして、セカンドに盗塁。
試合は「4対1」で、ヤンキースの勝ち。
先発・黒田博樹が7回1失点で、10勝目を挙げました。
メジャー12年目、38歳・イチロー念願の
ワールドシリーズ出場も果たせそうですよ。
奮闘すれども、チーム力の上がらなかった
マリナーズのユニフォームではないけれど、
イチロー選手の年齢から言って、
四の五の言ってる場合じゃないですからねえ。
がんばれ!イチロー!
がんばれ!松井!
そろそろ打ってくれ!
|
 |
7月12日
|
久々のナイターベンチリポーター
|
いやはや、何の前触れもなく、
ここへきて、急に真夏日が二日も続くとは・・・。
4月から7年ぶりにスポーツ中継の現場に復帰して、
放送本番に入らない、関東地方のデーゲームやナイトゲームの実況で、
これまで、球団関係者や首脳陣・プレイヤーの皆さんと、
旧交を温めて懐かしがっていましたが、
いよいよ、ショウアップナイター本番中継で、
ベンチレポーターを務めることになりました。
10日・火曜日、神宮球場「ヤクルト×DeNA」一塁側ヤクルト情報。
通例よりも早めにグラウンドに入り、
監督・コーチ陣に挨拶して、すっかり若返ったナインの中に混じって取材開始。
(7年前から現役は宮本・宮出・田中・畠山くらいなんだもの・・・)
心地よく汗をながしている選手の皆さんはいいのですが、
私は丸々7年間、ほとんど直射日光の当たらない所で、
のんびり過ごしてましたから、素直に汗が出てこない・・・。
ヒリヒリするような強い日差しが人工芝に反射して、
さらに増幅して頭は、ボゥーッとしてくる。
ふらつく体を立て直しながら歩く。
我が脳裏をまるで走馬灯のように、猛烈な暑さの思い出が巡りめぐる。
「そうだっ!この息苦しい暑さ!これがスポーツアナウンサーの現場だ!」
1995年、気温44度の炎天下、
パンチョ伊東さんと取材で歩き回った
テキサス州アーリントンでの、野茂のMLBオールスターゲーム実況。
あの頃は若かったなぁ・・・。
ちびちび水を摂りながら行動し、終わって冷たいビール飲んで寝れば、
翌日はちゃんと疲れが取れていたよなぁー。
どう懐かしがっても、かつての若さが戻ってくるわけじゃないけれど、
30年間、夏はこんな環境で過ごしていたのを思い出しました。
暑いけど、スポーツ現場は清々しい心持ちで、
「やっぱりいいものだなぁ」と実感しました。
ただ、一夜あけてスッキリ!といかないのは、
仕方のないことですね。
出来る範囲で、やれる範囲で一歩ずつ取り組んでみるか・・・。
妙に素直になっている自分に、
またまた「やっぱ、年とっちゃったなあ〜」と思う、
久々のベンチレポーター復帰でした。
|
 |
7月 4日
|
シアトル!
|
出社時、地下鉄日比谷線・日比谷駅のプラットホームにある
壁広告が目に入り、思わず足が止まってしまいました。
なんとも懐かしい、アメリカはワシントン州シアトルの風景・・・。
国内航空会社が7月25日から「成田ーシアトル直行便」就航を案内する
ポスターですからね。
1997年、ドジャース・野茂を追って、
インターリーグ初年、初めてシアトルに行ってから、
この町の虜になってしまいました。
「あー、そろそろ、シアトルも爽やかな短い夏を
迎えてるだろうなぁ・・・」
冬は雪は降らないものの、6月まで、
ほとんど雨降りの憂鬱な日々が続きます。
しかし7月を迎えると、一気に摂氏20度を超えて、
毎日抜けるような鮮やかな青空が続くんですよ。
10月過ぎまでは、エメラルドシティの異名通り、
鮮やかな森の緑と湖、海の青がマッチして、
素晴らしい季節となります。
2001年には、スプリングキャンプから、
丸々3か月アパートを借りて、マリナーズのイチロー選手を追って
シアトルを拠点に駆けずり回りました。
このときは、3月下旬から6月いっぱいの滞在で、
なかなか暖かくならないわ、雨が毎日降るわで、
うんざりしてしまっていたのですが、
6月中旬あたりから、エメラルドのシアトルに代わるんです。
一旦、帰国して、7月から9月いっぱい、
シーズン終了まで過ごしたときは、
ホント帰りたくなかったですね。
日本食が恋しくなったら、
町のインターナショナルディストリクトと湖の畔・ベルビューに、
「宇和島屋」というイートインもあるスーパーマーケットもありますし。
ココで日本食の食材は何でもそろうんですよ!
思わず、永住しちゃおうかと考えたくらいですからね。
直行便が就航すれば、もっと日本とシアトルの距離が
縮まるでしょうね。
マイ・フェイバリットシティ「シアトル」。
一度はいらしてはいかがでしょう。
合わせてそうそう、今日7月4日は「アメリカ独立記念日」。
我が師・パンチョ伊東さんのご命日です。
今年でお亡くなりになって、まるまる10年なんですね。
シアトルの風景で、しばらく思い出に耽っていました。
|
 |
6月20日
|
嵐の中の真打披露
|
このところの天候不順をぼやいていたら・・・
今度は季節外れの大嵐が首都圏に来襲。
いやぁ、昨日の夜の雨風は激しかった・・・。
予定されていたプロ野球ナイトゲームは早々に中止。
このあたりがスポーツアナのオイシイところ。
急に訪れたフリータイム・・・。
昔なら社内じゅう、駆けずり歩いて、
付き合ってくれる可愛らしい女の子を探して
眼をぎらつかせるところですが、
オジさんも、もう58歳、大人しいものですよ。
さぁって、どうしよう・・・。
予報では、午後9時前から暴風雨になるとのこと。
この悪天候に寄席はどうなってる?
池袋演芸場で、落語芸術協会真打昇進披露興行中。
夜の部は、今夜、鯉昇師匠のお弟子さん・瀧川鯉橋さんがトリを、
そして、同時昇進の鶴光師匠のお弟子さん・笑福亭里光さんも
口上直後の高座を務めるとのこと。
お客様の入りも心配になって、オットリガタナで池袋演芸場へ!
本降りになる前に、地下2階の客席へ入れば、
心配されたお客さんの数は、嵐の予報もものかわ、
100人収容の小ぢんまりした客席の
ちょうど半分の50人の入り。
地下2階にあるということも手伝って、
悪天候のこともすっかり忘れて、ゆったりと楽しめました。
吉好 「英会話親子」
羽光 「鼓ヶ滝」
ぴろき
鯉朝 「ママはホテトル嬢」
柳好 「壺算」
Wモアモア
鯉昇 「鰻屋」
小遊三 「船徳」
お仲入り
真打昇進披露口上(柳好・鯉昇・鯉橋・里光・鶴光・小遊三)
里光 「軽業」
鶴光 「試し酒」
北見マキ
トリ 鯉橋「佃祭」
外は刻々と暴風雨圏が接近して、
気が気じゃないところですが、とても軽いノリ。
流れで心地よく、今夜のトリ、
待望の真打に昇進した瀧川鯉橋の登場。
師匠譲りの美声。
師匠は持ち合わせていない、いなせな風貌。
これからが楽しみな噺家さん。
師匠鯉昇十八番の「佃祭」を見事にやってのけました。
登場人物が多岐にわたり、とても難しい大ネタですが、
真打の看板に恥じない、とても良い出来でした。
落語芸術協会には少ない古典落語の担い手の
さらなる成長が楽しみになりました。
外に出れば傘もさせない暴風雨。
電車に乗れば徐行に徐行が続き、へとへとになって帰宅。
でも、無理して行ってよかった嵐の晩でした。
|
 |
6月13日
|
名古屋で唯一の寄席・大須演芸場「古今亭志ん朝伝説の独演会」
|
半鐘はだめだよう、オジャンになるから・・・
ズラーリ並んでおります、よろしいのをお見立てください・・・
あっしも幽霊だ、足はだしません・・・
ああたがた、先に帰れるもんなら、
帰ってごらんなさい、大門でとめられます・・・
いやー磨くのはよそう、また小判がでるといけない・・・
おう、やっこ!なかまで、馬に行け!・・・・
小粋な老松の出囃子、心地の良い語り口、
大好きな志ん朝師匠の落語を聞きながら、眠りにつく毎日。
毎晩とっかえひっかえ、これまで発売された志ん朝師匠のCDを、
飽きもせず、かけ続けてきましたが、
さすがに、このところ違う空気、雰囲気で演じた音源がないか
物足りなさを感じ始めていた矢先、
いつもの書店の広告が、目に入り、びっくり!
「今ここに復活・古今亭志ん朝CDブック・大須演芸場」
6月発売予定。
名古屋市内、大須の観音様のそばに、
1965年にできた名古屋唯一の寄席・大須演芸場。
これまで、ナイター中継の出張で幾度となく訪れた名古屋市内で、
もっともひなびた、人通りの少ない、むかしの繁華街。
そうですねえ、雰囲気は、浅草に似ているけれど
また、ちょっと違う、それはそれは、うらぶれた街並みの中に、
ぽつんと立っている演芸場。
何度かナゴヤ球場に出かける前に立ち寄ったことがありますが、
まず、お客さんはつ離れしない(10人も入らない)状況で、
どこでも見たことない、名古屋プロパーの演芸・・・。
音曲を唄いながら漫談、コマ回し、紙きり、
それはもう、あきれるような高座。
何とも切ない気分に浸らせられてしまう、ものすごい空間。
何度となくつぶれる、閉館のうわさが、乱れ飛ぶ中、
いままで寄席の灯をともしている演芸場。
その演芸場を何とかしようと、足立支配人が頼み込んで、
大看板志ん朝師匠に、一年に一回独演会を開いてもらっていた、
あの伝説の大須演芸場、古今亭志ん朝独演会。
1990年から1999年まで開かれたその高座の様子が、
CD30枚、全59席が全集になって、世に出されるのですよ。
当時、噂にはなっていても、いざ、チケットを取ろうと思うと、
即日完売という人気で、どうしても観られなかった、
あの大須の独演会がよみがえるのですから、
こんな、嬉しいことはありません。
これまで志ん朝師匠の高座のCDは、
千石の三百人劇場の独演会、東横名人会などですが、
地方の独演会での、肩ひじ張らないのびのびとした
高座の様子が聞けるなんて・・・。
足立支配人が記録用に、師匠に断って録音していた、
カセットテープを再現したものだそうです。
15日発売、間もなく手元に届くのですが、
いやぁ、楽しみですね。
全集抱えて旅に出たいくらいですよ。
師匠が52歳から亡くなる2年前、61歳の時の高座を
じっくりと楽しみたいと思います。
あなたも急いで、本屋さんへ!
|
 |