1242 ニッポン放送
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みのりの日記
栗村 智
栗村 智
 
diary
4月12日
GOD BLESS NIPPON
いよいよ、プロ野球がセ・パ両リーグともに開幕!
この度の大震災は、一ヶ月たった今も、
深い深い傷が残ったままだけに、
野球どころではないのかもしれません。
でも、予定より18日遅れでの開幕、
やっぱり、わくわくするものなのです。
このところ、ファン離れが激しいプロ野球界とはいえ、
ニッポンのプロ野球もアメリカと同じくらい、
ナショナルパスタイム的なものですからね。

2001年、9・11アメリカ同時多発テロの時、
深い哀しみの中で、一週間の服喪後、
球場いっぱいに響き渡る「GOD BLESS AMERICA}とともに、
中断されていたシーズンが再開されました。
我が国・日本では被爆5年後、焼け野原に発足した広島カープ。
何十年もの間、草も生えないといわれていた広島に、
わずか、被爆5年後にプロ野球チームが創設され、
当時スタンドに「勝て勝てカープ」が大音量で流れていました。

♪青い、グランド、緑の風に、開く花びら世紀のチーム、
僕の私の広島カープ、郷土の期待を背負って立った男ナインの心意気!
勝て勝てカープ、勝て勝てカープ、カープカープ、我らがカープ♪

当時の貧しさも苦しさも一切忘れてしまう、
ひと時だったと亡父が言っていました。
(私は昭和28年生まれですから少々記憶が残っているくらいです)

今回の大震災の復興に当たって、
何かいい歌は出来ないものですかねえ。

「GOD BLESS AMERICA, LAND THAT I LOVE.
STAND BESIDE HER AND GUIDE HER,
THRU THE NIGHT WITH A LIGHT FROM ABOVE,
FROM THE MOUNTAINS,
TO THE PRAIRIES, TO THE OCEANS,
WHITE WITH FOAM
GOD BLESS AMERICA,
MY HOME SWEET HOME〜〜〜」

セリーヌ・ディオンの歌声が一番ふさわしいと思いますが、
ニッポンにも元気が勇気が湧き出るような、
歌がありませんかねぇ???
甲子園では「六甲おろし」なんてありますが、
国民全員で歌えるような歌。
ふさわしいものがあればいいのですが…。
3月30日
ウグイスの鳴き声〜二代目小猫襲名
悲惨な東日本大震災。
いつになっても暖かくならない毎日…。
いやぁ、なんてぇこったと、空をうらんでいたのですが、
今朝は、近くの流山の故郷の杜にも、
「ぴっぴっぴっピピピピピー、ホーホケキョ」!
なんとウグイスが、さえずっているではありませんか!
辛い厳しい毎日を送っている最中、
春はしっかりとした足取りで関東地方にやってきました。
まもなく被災地にも春が…。

春告げ鳥の異名をとるウグイスの鳴き声といえば、
寄席ではおなじみ、四代目江戸家猫八師匠の、
十八番ていうか、お家芸でありますな。
自転車をこいで通り抜けるふるさと公園、
「まさか猫八師匠?」
いやいや、師匠ならもっとリズミカルに澄んだ音色のはず。
やっぱり、本物の新米ウグイスに違いありませんでした。
地震・津波・火事に、見舞われた被災地に、
いつ森の緑の青が…、鶯が戻ってきてくれるでしょうか?
日本の底力に期待しましょう。

新米のウグイスといえば、昨日3月29日、
四代目猫八師匠の長男、真一郎さんが、
東京・紀尾井ホールで、二代目江戸家小猫襲名披露を、
めでたく執り行いました。
曽祖父・初代猫八、祖父が三代目猫八、
父親が四代目猫八ですから、
4代続いての動物物まね芸人の誕生です。
なん〜と立教大学大学院で修士課程を修了した、
芸人さんの誕生ですよ。
麻布大学とか、農工大獣医学部出身なら、
まだ話はわかりますがねぇ。
まっ、お手並み拝見ですね。

昔、三代目がお元気な頃、
広島の原爆の被爆経験を織り込みながら、
高座を務められました。
原爆にもめげず連綿と流れる江戸家の芸。
きっと、荒んだ心を癒すほほえましい芸として、
これからも明るく陽気に受け継がれていくことでしょう。

「トッキョキョカキョク…」
これはホトトギス。
3月20日
噺家たちの腕の見せ所
マグニチュード9.0を記録した東日本大震災。
沢山の犠牲者の方、大切な人をなくされた方に、
心からお悔やみ申し上げます。
そして、避難生活を続けていらっしゃる
多くのみなさんにお見舞い申し上げます。

長年スポーツアナウンサーとして、
プロ野球を見続けてきただけに、
この非常時に延期を決めたパリーグとは別に、
3月25日開幕を発表したセリーグには、
本当にびっくりしてしまいました。
節電のために、いつもの照明の半分で、
有楽町の会社で泊まり業務をしています。
その中、報道部にセリーグも今シーズンの開幕を延期、
当初の25日から29日に延期するという発表がありました。
4月3日までは、東京電力・東北電力管内でナイターは行わず、
デーゲームとして実施するということです。

地震・火災・津波の三重苦に見舞われただけに、
その痛手は、計り知れません。
そういう最中に、人の目を楽しませるスポーツ・演芸の実施は、
慎重に運ばなければいけませんよね。
特にナイターは、派手な照明で沢山の電力を消費しますからね。

因みに、東京都内の寄席定席は、
新宿末広亭が予定通り、3月中席を行っています。
そして、浅草演芸ホール・池袋演芸場は、
三日間休場して、3月19日から再開。
地震と同時に閉場した上野鈴本演芸場は、
昨日昼席だけ復活、今日も昼席だけと、
電力の節約に一役買っています。

地震当日、夜席だけ閉場した末広亭は、翌日から平常営業。
夜の部のトリは、おなじみ柳家さん喬師匠、
高座でも慎重に言葉を選びながらの枕、出し物は、
18番の「井戸の茶碗」「幾代餅」「三枚起請」
「百川」をじっくりと…。
心がすさむ時、苦しい時、寄席演芸は、
特別に派手な照明を使うわけでもなく、
生活に密着した芸を見せてくれます。
今こそ、噺家さんたちの腕の見せ所かもしれませんね。
非常時の3月中席、末広亭のお客様は、
一階席がほぼ8割方、埋まっていました。
3月10日
米丸師匠
現在の落語家の生活をきちんと描いた、
映画「落語物語」が、いよいよ12日から、
東銀座・東劇ほかでロードショー公開されます。
お時間のある方は、どうぞ御覧ください。
お奨めです!!!

主演・柳家わさび君、映画の前宣伝で、
ラジオ・新聞で取り上げられたお陰でしょうねぇ。
落語の仕事も急激に増えてきて、
以前はかけりゃ、すぐ出てきた携帯が、
ここへ来て、始終留守電になっているという忙しさ…。
結構なことです。
映画で出しているいい味が、
高座にも出てくればしめたものですよ。
こちらも注目してやってください。

先日8日、3月上席・新宿末広亭昼席のトリが、
鶴光師匠とのことで、
浅草梅園のあんみつと白玉ぜんざいを、
差し入れに持って、末広亭の楽屋へ…。
ちょうど米丸師匠がお入りになってお着替えの最中…。
すると…「あなたを見て思い出しましたよ。
昭和30年に入ってすぐに、お宅のニッポン放送が、
専属契約してくれて、その契約料で、
今の女房と式が挙げられたんだよ〜。
円右・柳昇・三平・歌奴・小金馬さんたちと、
私で立ち上げた創作落語会も、
ニッポン放送が後援してくれて10年も続いたんだよ。
そういえば当時、日比谷の東宝演芸場と、
ビデオホールていう会場でやってました。
ビデオホールって、まだあるの?
今、落語ブームとおっしゃっていただけるけど、
あの昭和30年代は、いやぁ今にまして…というか、
とても言い表せないほど落語の人気がありましてねぇ…」
中入りの上がりの時間が迫っているにもかかわらず、
懐かしい当時の話をしてくださいました。

そのまま高座も、
昭和30年代の志ん生・今輔師匠の思い出話を20分。
楽屋のネタ帳には「いにしえの師匠たち」と
書き入れてありました。
軽快な「金比羅ふね」の出囃子で
ひょうひょうと高座に登場…。
東西落語界最年長、来月4月6日に86歳におなりになるとは
思えない達者な高座でお客様も大喜び!
トリで高座に上がった鶴光師匠、高座に上がるなり、
楽屋と客席チラッと見ながら、
「ホンマに…高齢化社会でんな…」
客席は周りを見渡しながら、何ともいえない
苦みが加わった笑いに包まれていました。

昼夜入れ替えなしの末広亭。
年配のお客様中心ながら、ほぼ満員。
夜の部が、始まる前に食べようと
かばんの中に一つ忍ばせてあった、
差し入れに使った白玉ぜんざいを取り出して一口…。
いやぁ〜美味かったです。
寄席だけは相変わらずの好景気。
まずは、めでたしめでたし。
家に帰ってテレビのニュース番組を見るまではねぇ…。
3月 1日
聴こえな〜い!!
私は走らなかったけど、
いやぁ東京マラソン、感動的でしたねえ。
ニッポン放送チーム、全員無事でよかったよかった。

私はおととし同様、実況中継で27・2キロメートル、
浅草雷門・折り返し点に立って、中継を担当しました。
色とりどりのランニングシャツ、
ひときわ鮮やかな真っ白なナンバーカードが、
目に飛び込んで、ほんのちょっとの時間ですが、
沿道でも、血わき胸躍るすばらしい光景でしたよ。
ちょうど、先頭集団ひとかたまりから、
ほぐれて縦長になってきているところ。
アフリカ勢に必死で食らい付いているナンバーカード16の選手、
今にも意識をなくして、倒れてしまいそうに
首を上下左右に振って走る、市民ランナー・川内優輝選手…。
ノーマークの選手でしたから、驚きましたねぇ…。
1968年、メキシコオリンピックのマラソン銀メダリスト、
君原健二さんを彷彿とさせるようなランニングスタイル。
みごと第3位、日本人トップでゴールしました。
ガチンコだからこそ味わえるスポーツの醍醐味ですね。

当日、浅草中継点から電波を飛ばして、
中継センターとやり取りする段取り。
雷門付近は所々、電波状態が良くないところがあるとのこと。
少々不安を抱えながら、携帯ラジオのチューニング、
感度をチェックして、先頭集団接近。
スタジオ総合司会・師岡アナの呼びかけと同時に
実況を始めたのはいいけれど、
それまで感度良好なモニターラジオから
プッツッと音が途絶えて、そのままに…。
「あれ〜???」
心中動揺しながらも、とにかく先頭集団が見えてる間、
しっかり喋ろうとマイクに力が入りましたよ。
終わって、モニターに使っていた携帯ラジオを見れば、
省エネタイムスイッチで、入れてから一時間経過すると
自動的に切れてしまうというスグレものというか…ん〜もう!
オンエアーチェックで、ラジオをつけて、
ちょうど一時間たった時が本番。
先頭集団が浅草雷門地点、通過の時間だったわけですよ。

いやぁ、自分のしゃべっている声が乗った電波は、
マイクを通じて放送に届いていたのですが、私の耳は無音…。
おまけに、ランナーの目を和ませようというのか、
浅草三大舞のひとつ、金龍の舞が、
金と太鼓のにぎやかなお囃子が、
私の立っている中継ポイントのすぐ横で…。
終わっても、しばらくは鉦(よすけ)の、
キンキンチキチ、キンコンカンと脳髄にひびく甲高い音が…。
およそ2分間の中継で、何とか事なきを得ましたが、
私もかなり驚いた、いや、肝を冷やした東京マラソンでした。

それにしても近代電化機器って、便利は便利ですが、
大きなお世話的な機能も多いんですよね。
 
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