飯田コージ
1981年12月5日、神奈川県出身。2004年ニッポン放送入社。年齢当てクイズでは必ずプラス20歳上で答えられる。不自然な笑顔が魅力のニッポン放送アナウンサー。
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さらば、ジャンボ
3月 1日
ついに、この日がやってきました。
予想よりも、だいぶ早く…。
日本航空、ジャンボ引退。
結局、ジャンボの尾翼に鶴丸のマークが甦ることはありませんでした。

ジャンボジェットこと、ボーイング747型機。
巨大で、かつスマートなそのフォルムは、
『ザ・ヒコーキ』。
子どもが飛行機を絵に書くと、
十中八九このジャンボを描いたものでした。
500人を越える人々をいっぺんに運べるジャンボは、
一席あたりのコストを劇的に下げ、
結果として航空機を使った旅行を身近なものにしました。
今日、日本中、世界中にパック旅行で安価に行けるようになったのも、
ジャンボなくしては実現しなかったわけです。
まさしく、鳥になりたいという人類の夢を実現した夢の乗り物、ジャンボジェット。

しかし、1970年のデビューから40年。
ジャンボは、日本のニーズとは徐々に合わなくなってきてしまいました。
500人を越える座席の飛行機を1時間に1便飛ばすより、
250人乗りの飛行機を1時間に2本飛ばせた方がいい。
4発エンジンで燃料を浪費するより、
強力な2発エンジンで燃費よく飛んだほうがいい。
コスト削減という世の中の流れが、
ジャンボを航空の表舞台から押し出しました。

個人的にも、ジャンボにはいっぱい思い出があります。
初めて行ったニューヨーク。
私を運んでくれたのは、ジャンボでした。
12時間を超えるフライト、決して広くはないエコノミーの座席。
それでも、世界の中心に行くというワクワク感は、
ジャンボに乗り込んだあの瞬間から始まったのをよく覚えています。
国内旅行でも、ジャンボを選んでよく乗りました。
大阪・伊丹へ、福岡へ、新千歳へ。
早めに座席指定をして、2階席に乗り込む優越感。
ジャンボのジャンボたる所以、
あの広いアッパーデッキへ階段を上っていく時、
一人天にも昇るような気持ちになっていたことをありありと思い出します。



日本のニーズに合わなくなっただけで、
まだまだ機体は若く、まだまだ世界中で活躍することでしょう。
ジャンボの第2の人生に、Good Luck!
 
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