飯田コージ
1981年12月5日、神奈川県出身。2004年ニッポン放送入社。年齢当てクイズでは必ずプラス20歳上で答えられる。不自然な笑顔が魅力のニッポン放送アナウンサー。
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113系と私
9月20日
私を鉄道好きにした原体験の一つに、
「こ線橋(線路に架かる歩道橋)から電車を見た」
という経験があります。
小学校に上がるまで、横浜市保土ヶ谷区に住んでいました。
子どもをどこかへ連れて行こうにもお金のなかった我が家では、
オヤジの通勤定期のいける範囲、
つまり交通費のかからない範囲で知恵をしぼりました。
で、ひねり出したのが、「こ線橋から電車を見る」という手。
相鉄線で西横浜か平沼橋まで来ると、
国鉄東海道線や横須賀線と併走します。
そのこ線橋から電車を見下ろせば、
3〜4分に一本のペースで、上り下り様々な電車がやってきては
足元を通過していきます。
当時2、3歳だった私は、飽きもせずじーっと電車を眺めていたんだそうです。

その時、私が最も見たであろう電車が、113系という電車です。
東海道線と横須賀線で、30年以上に渡って活躍してきたこの電車。
片側に扉が3つ。ドアの脇はベンチのようなシート、
間は片側2つづつの向かい合わせのボックス席。
立つ部分が少ないので、ぎゅうぎゅう詰めで通勤した、
通学したという思い出をお持ちの方もいるかもしれません。
東海道線は、オレンジと緑。
横須賀線は、クリームと青。
色は違っても同じ電車が走っていたので、よく見かけたはずです。
その、113系が、ついに首都圏から引退してしまいました。
9月1日をもって定期運用から引退となったんですが、
臨時列車としてこの3連休も走りました。
それも、古巣の横須賀線で。
小学校から横須賀へ引っ越した私にとっては、
成長を見守ってくれた電車で、思い入れもひとしお。
クリームと青の塗り分けの113系が、
見覚えのある風景の中を走っている写真を見て、
ちょっとウルっときてしまいました。
京急の1000形に続いてまた一つ、
子供の頃の思い出が消え、また一つ年をとった気がします。


 
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