飯田コージ
1981年12月5日、神奈川県出身。2004年ニッポン放送入社。年齢当てクイズでは必ずプラス20歳上で答えられる。不自然な笑顔が魅力のニッポン放送アナウンサー。
あなたとハッピー
ニッポン放送ケータイ
飯田コージの外はおまかせ!
 
香港競馬通信
3月16日
縁起というものを大事にする香港人にとって、午年のダービー馬というものは格別の存在のようです。
今年のダービーが注目されている一つの要因は、そんなところにあるのかもしれません。
さて、干支一回りして、12年前のダービー馬は誰だったのかと調べてみると、それは2002年のオリンピックエクスプレスです。
イヴァン・アラン厩舎、ラリー・ヤン氏の持ち馬、ウェイチョン・マーウィン騎手を背にこの年のダービーを制しました。
少し古い香港競馬ファンには、懐かしい名前が並んでいますね。
マーウィン騎手は尊敬をこめて、
「馬格はないけど、力は抜群。ぐうの音も出ない実力馬だったよ」と振り返ります。
マーウィン騎手は、この前の年の10月、沙田芝1000mのデビュー戦で8着に敗れた時に初めて手綱を取りました。
当時すでにロイヤルアスコット開催のブリタニアハンデ(芝1600m)で2着していて、ダービー候補と鳴り物入りで移籍してきたオリンピックエクスプレス。
そこから4戦してダービーへと駒を進めたわけですが、マーウィン騎手とのコンビはやや複雑な過程をたどります。
「実は、初戦の後騎乗停止を喰らってしまって…。2戦目以降はダグラス・ホワイトが乗ってたんだよ。で、“ま、それはそれ。そういうもんさ”とあきらめていたんだけど、幸運にも再び乗ることが出来て、歴史を一緒に刻むことが出来たんだ」
たしかに、デビュー2戦目はホワイト騎手に乗り替わっていたオリンピックエクスプレス。
第3戦では再びマーウィンを背に、2馬身4分の1差で2002年のクラシック第1弾、香港クラシックマイルを制しています。
改めて、アラン師の調子のコントロールの確かさ、ピークを目標のレースに合わせる技術を思い知るわけですが、ダービーでもその好調は衰えず、3馬身半差で鮮やかに栄冠をつかみました。
「輝かしいダービーだった」マーウィンは記憶をたどります。
「残念ながら、その後オリンピックエクスプレスは屈けん炎になってしまって実力を発揮することなく引退してしまったんだけど、それがなければクイーンエリザベス2世杯も勝てたと思う。2002年の香港マイルでジョン・サイズ厩舎のスター、エレクトロニックユニコーンを負かして復活するんだけど、ケガは最後まで完治しなかったね…」
オリンピックエクスプレスはさらに、2003年の香港ゴールドカップをエリック・サンマルタンとのコンビで制しますが、その後は5戦して勝ち星に恵まれずに引退。
イギリス、ウェストサセックスで悠々自適の引退生活を送りました。
ちなみに、オリンピックエクスプレスが2着に敗れたロイヤルアスコットのブリタニアハンデを勝った馬が、今回のダービーに参戦します。
それが、トニー・クルーズ厩舎のビューティフレイム。
香港人の気にする縁起はどこまで生きてくるのか?
ひそかな注目ポイントです。


 
前のページ 最新のページ 次のページ
 
 
  ニッポン放送トップページ夜の番組ページ
Copyright © 2012 Nippon Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved.