2019年1月

  • 2019年01月29日

    施政方針演説のキモ

     今朝スタジオに届いた新聞各紙の一面は、昨日国会の衆参本会議で行われた総理の施政方針演説についてが大半を占めました。


     実に50分にもわたる演説は、原稿の文字数で見ると去年よりも1100字あまり増えて1万2800字だったそうです。それだけに、様々な要素が盛り込まれており、各紙どこをチョイスして一面の見出しに取るか、それぞれの色が出ていて興味深い一面読み比べでした。


     朝日新聞は今や政権批判の急先鋒ですから、やはり年始以来たびたび取り上げている厚労省の毎月勤労統計調査の不適切調査に絡めて一面トップの見出しを構成しています。先々週の拙稿でも触れたのでここでは詳しくは触れませんが、不適切調査で数値が嵩上げされていれば「アベノミクスは粉飾だ!」と批判できますが、実際は不適切調査をそのままにしていた2018年1月まではあるべき数値よりも低かったわけで(それゆえ失業給付等が少なくなってしまった)、その上2004年からこの手の不適切調査がまかり通っていたわけですから、いい加減再発防止策だとか組織改革だとか、前向きな議論に持っていけばいいのにと思うわけですが...。

     一方の読売は、悲願の消費増税(!?)に言及した部分を一面に引いています。


     さきほどの首相官邸のHPの原稿で、この消費増税に言及した部分を探してみると、延々読んで読んで、パラグラフ二「全世代型社会保障への転換」の最後の最後にようやく出てくる程度。これを施政方針演説全体を象徴するものとして切り出してくるのはちょっと無理筋のような気もしますが、最高幹部はじめ消費増税には並々ならぬ決意を持つ読売グループとしてはいい機会だから一面に掲げておく必要があったのでしょう。その意味では素直に演説のトップ項目を見出しに掲げたのは産経でした。

    『社会保障 全世代型へ 首相、10月に消費増税▽陛下とともに震災克服した強さ』

    記事そのものが見つけられなかったので、『29日の朝刊(都内最終版)』(1月29日 時事通信)を参照しています。パラグラフ(一)を踏襲して見出しにしつつ、▽以下の陛下の下りを合わせたところで産経らしさを演出しています。

     また、"らしさ"という意味では毎日の見出しも目を引きました。外交、特にロシアとの北方領土交渉をトップにもってきたのです。このところの紙面では、オピニオン面などで有識者や政治家、元外交官の話を掲載して多角的に掘り下げているなぁと思っていたのですが、その流れを受けてのことなのか。他紙が内政に重きを置く見出しの中、異彩を放っていました。


     大きなニュースで各紙が同じニュースを一面に掲げるときは表現もどうしても似通ってしまうことが多いのですが、今朝はクッキリと色が分かれ、それぞれの見出しのウラまで透けて見えるので非常に興味深かったですね。

     さて、私が個人的に興味を引いたのは、第3パラグラフ「成長戦略」の中の一項目です。この部分はおそらく"短冊方式"と呼ばれる、各省からウリになるような政策を出させて、それを短冊様に一つ一つ貼り付けて原稿を作っていく部分だろうと思われます。デフレ脱却からIoT、自動運転、オンライン診療、遠隔教育と、細かい政策項目の羅列が続いているからです。
    そして、その次に出てくるのがこちらの一節。

    <電波は国民共有の財産です。経済的価値を踏まえた割当制度への移行、周波数返上の仕組みの導入など、有効活用に向けた改革を行います。携帯電話の料金引下げに向け、公正な競争環境を整えます。>

     たった2文なのですが、電波に関して踏み込んだ表現が施政方針演説に盛り込まれたのは記憶にありません。我々放送に携わる人間にとっては非常にセンシティブな内容が含まれています。一見、携帯電話の料金の話をしているだけのように思えますが、これ、キモは「経済的価値を踏まえた割当制度への移行、周波数返上の仕組みの導入など」という部分。電波という有限の国民共有の財産をもっとも多く占有しているのは、実は放送局なのですね。放送を通じ国民の知る権利に資する、民主主義に資する仕事をしているという建前で、かなり優遇された料金で電波を借り受けています。総務省の電波割り当て制度のなせる業ですが、安倍政権はこれを改革しようと動いているのです。去年の6月15日には規制改革実施計画が閣議決定され、そこに電波制度改革も盛り込まれています。


     総務省は去年8月、電波有効利用成長戦略懇談会の報告書を取りまとめました。


     ここで電波割り当てについて争点になったのが、施政方針演説にも書かれている「経済的価値を踏まえた割当制度」だったのです。総務省は出来る限り現行制度を維持したというインセンティブがありますから、この「経済的価値を踏まえた割当制度」について、

    <経済的価値に係る負担額の評価に当たっては、既存の審査項目とのバランスを考慮して、経済的価値に係る負担額の配点が過度に重くならないようにすることが必要。>(報告書概要10ページ)

    という記述が盛り込まれています。これに対し、改革を主導する規制改革推進会議はこの報告書案が示されたタイミングで意見を公表し、

    <周波数の割当手法の抜本的見直しや二次取引については、関係事業者の意向を聞くだけにとどまっており、周波数の有効利用の観点から、どのような制度設計が最適なのかについて十分な検討がなされたとは評価できない。諸外国の先行事例なども踏まえ、至急十分な検討を行うべきである。
    ・特に「経済的価値を踏まえた金額を競願手続にて申請し、これを含む複数の項目を総合的に評価し割当てを決定する方式」については、経済的価値を踏まえた価格競争の要素を含めたメカニズムを盛り込むことが制度設計の根幹である。「経済的価値を踏まえた金額」の評価について、評価全体における配点や順位付けなどその設計次第では、価格競争が実質的にはあまり意味を持たず、制度改正の趣旨を没却する制度になりかねない。価格競争の評価が主たる要素となることを明確にし、競争促進及び新規参入促進の観点から具体的な方針をさらに検討すべきである。>

    と、電波オークションを念頭に競争による切磋琢磨によって割り当てることを主張しています。総務省が指摘するようにあまり経済的価値の方に重きを置きすぎると大資本しか放送を担えないということになり、多様な意見の反映という民主主義の根幹を揺るがすことになりかねません。が、他方で現在の既得権益に安住した今のままの放送内容で果たしていいのか?という意見は説得力があります。今回の施政方針演説では、この問題の根幹の電波オークションをちらつかせながら、メディア業界に対して牽制球を放っているなぁと感じました。

     今まで、新聞の経済面や経済番組では、市場での競争が金科玉条のごとく語られてきました。
    「日本の経済慣行は既得権益でがんじがらめにされてきて、不当に競争が制限されてきた。市場の競争にゆだねることでイノベーションが生まれる!」
    「競争に敗れた企業がいまだに市場に残っているのが問題だ。ゾンビ企業は淘汰せよ」
    「同じように、大学を出たけれども正社員に就職出来なかったのは競争に敗れたのだから自己責任だ」
     1990年代の後半からしきりにテレビ、新聞で言われてきたこうした言説が、ついにブーメランのようにメディアに向かってきているのです。果たして、放送局にもある程度の競争原理が導入されるのでしょうか?規制改革を担当する内閣府の官僚が言っていました。
    「コンテンツで勝負する時代がようやく来たってことですよ。誰が電波を落札しても、そこに流すコンテンツがなければビジネスが成り立たないわけですから」
    コンテンツが市場で評価される時代...。今まで業界の中で閉ざされた競争をしてきたところから、一気に変わることになるかもしれません。それは、JRや郵政の民営化も彷彿とさせます。果たして、私は生き残れるのでしょうか...?
  • 2019年01月23日

    我が国の国際貢献のあり方を議論しよう

     今日の朝刊は、通算25回目となる安倍総理とプーチン大統領との日ロ首脳会談についてと、厚生労働省の毎月勤労統計調査の不適切調査問題で昨日行われた会見と幹部の処分のニュースが大半を占めていました。こう言う時ほど、普段は大きく取り上げられるはずのニュースが紙幅の関係で小さく扱われ、ひっそりと報じられることが多いので要注意なんです。今日も、おや?と思うニュースが目立たないように取り上げられていました。

    <内閣府は22日、エジプト東部のシナイ半島でイスラエル、エジプト両軍の活動を監視する「多国籍軍・監視団」(MFO)の司令部要員として陸上自衛隊員を派遣するための調査を始めると発表した。>

     実現すれば、安全保障関連法で可能となった「国際連携平和安全活動」の初の適用事例となるとのことです。では、今回話題になった「国際連携平和安全活動」とは何なのでしょうか?担当する内閣府の国際平和協力本部事務局のホームページを見てみると、

    <国際平和協力法は、我が国の国際平和協力として、1.「国連平和維持活動(国連PKO)への協力」、2.「国際連携平和安全活動への協力」、3.「人道的な国際救援活動への協力」及び4.「国際的な選挙監視活動への協力」の4つの柱を掲げるとともに、いわゆる 《 参加5原則 》 に従って活動を行うべきことを定めています。>

     従来立法措置で派遣が可能であった国連PKOに加えて、国際連携平和安全活動、つまり多国籍の有志連合による平和維持活動にも人を出すことが可能になったというのが、2015年に成立した平和安全法制で可能になりました。南スーダンPKOへの陸自実働部隊の派遣が日報問題その他で撤退となった後(司令部要員の派遣は継続中)、改正された平和安全法制の活用事例を政府サイドが探しているというのは各方面から聞こえてきていました。南スーダンの事例で衝突の危険のある所に新規で行かせるのは非常に厳しい世論情勢の中、何とか①リスクをそれほど負わずに②平和安全法制で出来るようになったことを見せ③国際的にも称賛されるような活動となると、かなりハードルが高い。というか、紛争地などのリスクがあるからこそ国際的な組織での平和維持活動が必要なのであって、上に挙げた3つの条件などないものねだりもいいところ。可能性としては、③の国際的な称賛の部分は多少目をつぶってでも、かつての紛争地で今は落着したものの組織だけはいまだに存在するというようなところに限られます。その意味で、シナイ半島の停戦監視はうってつけだったわけです。どういった活動なのかは、外務省の行政事業レビューシートに記述がありました。

    <多国籍軍・監視団(MFO)は,1979年の「エジプト・イスラエル平和条約」附属の「MFO設立議定書」(1981年)に基づき設置。両国国境地帯の平和維持を目的として,1982 年からシナイ半島に展開する多国籍軍・監視団であり,同半島における両国軍の展開・活動状況・停戦の監視が主要任務。1982 年の MFO 展開後,過去4度にわたって戦火を交えたエジプトとイスラエルの和平が35年以上にわたり維持されており,包括的な中東和平実現の基礎となっている。>

     このMFOの司令部に要員を派遣するという話は、去年の9月に各紙に報じられていました。その時に、このシナイ半島はリスクが高い、今回の派遣計画は無理やりが過ぎると批判が出ていました。

    <政府が陸上自衛隊員の派遣を検討するエジプト東部シナイ半島では、過激派組織「イスラム国」(IS)に忠誠を誓うグループがエジプト軍や治安部隊への攻撃を仕掛けている。軍は2月以降、掃討作戦を強化。ただ、現地の専門家は「(過激派の)根絶は困難だ」と指摘しており、治安状況の改善は道半ばだ。>

     たしかにシナイ半島の大半は、外務省の海外安全ホームページでもレベル3の渡航中止勧告が出ている地域です。


     テロの危険性についても上記朝日新聞をはじめとして再三再四報道されていますから、そうした報道を見ると当然、「南スーダンの二の舞にするのか!政権が功を焦るあまり、自衛隊員が命の危険にさらされるではないか!」という感情が沸き上がってきてしまいます。が、今回の派遣は司令部要員です。司令部要員ですから、たまには前線での監視活動を視察することはあるでしょうが基本的には司令部での勤務となります。では、その司令部がどこにあるのかというと、かつてはシナイ半島北部のエル・ゴラというところにありましたが、2015年5月にシナイ半島南部のシャルム・エル・シェイクに移転しています。このシャルム・エル・シェイクはシナイ半島の危険情報ではレベル3ではなく、シナイ半島でもここ周辺のみレベル1の「十分に注意してください」に留め置かれているんですね。もちろん、レベル1の地域であってもテロ事件が起こることもありますから、完全に安全だというつもりはありません。しかしながら、シナイ半島全体が紛争地帯であるかのような報道の仕方はミスリードではないでしょうか。
     ちなみに、南スーダンPKOの司令部要員が派遣されているのは首都ジュバですが、こちらの危険情報はレベル3。シナイ半島を批判するのであれば、こちらも取り上げなくては不公平なはずなのですが、あの日報問題が終わればこちらには何の関心も示さないのが我が国のメディアたち。南スーダン派遣の司令部要員の方々は現在、兵站幕僚と航空運用幕僚として日々勤務されています。我が国を代表して、その誠実な姿を見せることで国際平和協力に貢献しているわけです。

     問題はむしろ、上記内閣府の国際平和協力本部のホームページにも載っていますが、旧来のPKO5原則を引き継いだ<参加5原則>がいまだに我が国の活動を縛り続けているというところです。憲法9条との整合性に腐心して作られた参加5原則とは「①停戦の合意、②当該国・紛争当事者の同意、③中立的な立場、④①~③が満たされない場合の即時撤退、⑤武装は必要最小限」というもの。専門家の皆さんから再三指摘されていますが、この条件では完全に紛争にケリがついた後の場所にしか派遣が出来ず、今そこにある人道的危機に対してはなすすべなしというか派遣が不可能となります。が、国連PKOはじめ現在の国際紛争は誰が当事者なのかも判らない中で、ある程度国際的にオーソライズされた実力部隊が人道的見地から平和を作り出すべく必要最小限の介入する形が主流となっています。かつてルワンダなどで旧来の原則に縛られたがために紛争を止められず、幾多の悲劇を生んだ反省に立って今の形になっているわけですが、この<参加5原則>は相変わらず我が国を周回遅れの立場に留めるものです。そして、この原則にしばれれる限りにおいて、シナイ半島のMFOのような比較的平穏な地域への、実働部隊ではなく司令部要員の派遣が精いっぱいということになります。そして、そんな苦し紛れの派遣に対しても、ろくに調べもせずに「危険な地域への強引な派遣だ!」と批判するメディアの何と多いことか。その主張に沿えば、もはや国際貢献活動は事実上不可能となりますから、いっそのこと一切の国際貢献活動を停止して日本国内にとどまり、「ジャパンファースト!」と叫んでほとんどの国際的な関わりを拒否すべきと訴えているのかと思えばそんなことはありません。今回の派遣計画を批判するメディアの多くが「国際貢献が大事だ!」「孤立主義反対!」と訴えています。何というダブルスタンダードでしょう。

     もちろん、私だっていたずらに血を流すことを望むものではありません。しかしながら、憲法前文にも、<われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。>とある通り、我々日本人は世界の平和に貢献したいという思いを共有しているはずです。その崇高な使命を体現しているのが、PKOその他国際平和協力活動に従事する自衛隊はじめ派遣されている人々です。リスクはもちろんあるだろうが、それを乗り越えて国際社会で名誉ある地位を占めたいと思う。そのリスクを最小化するべく後押しすることこそ、"護憲"というものではないでしょうか。今回の派遣のニュースから、国際平和協力活動への参加5原則見直しへ議論が深まることを期待しています。

     あるPKO派遣隊の司令官を務めた自衛官が言っていました。
    「我々もプロですから、リスクは承知しています。それでも、日本の旗を背負って国際平和に貢献するのだ、名誉ある仕事を担っているのだと隊員たちに言ってきました。一連の批判は、何をいまさらという感じでやるせなかったです」
     現場の心意気に頼るような仕組みは決して長続きしません。憲法を尊重するなら、前文も含めて尊重すべきでしょう。それとも、9条だけ守れればそれでいいのでしょうか?
  • 2019年01月18日

    【厚労省不適切調査問題】政権批判で終わらせるな

     厚生労働省が毎月発表している雇用と給与、労働時間に関する基幹統計、毎月勤労統計調査で、不適切な調査が発覚しました。


     この調査では、事業所に対してアンケート調査が行われますが、従業員数500人以上の事業所に関しては全数調査をしなくてはならない決まりでした。ところが、2004年から、東京都の大規模事業者に関しては全数ではなく、おおむね3分の1の500事業所ほどを抽出調査していたことがわかりました。東京の企業は大企業が多く、給料も高い。そこを抽出調査で済ませていたことなどで、2017年までの「きまって支給する給与」などの金額が低めになっていたということです。
     そして、2018年に入ると東京都のデータを補正したため、今度はそれまでと比べて数値が不自然にブレてしまいました。この毎月勤労統計調査は、GDPの計算をするときなどにも使われる基幹統計であったため、総務省統計局がデータを参照します。そこで、総務省側からあまりにデータが不自然で不連続だと指摘があり、不正に抽出調査が行われていることが発覚したわけです。

     足掛け15年にもわたるデータの不正。一つ一つのデータの乖離は0.4%~0.7%の範囲で、金額的に言ってもさして大きいものではありません。しかしながら、15年に渡る長きに及んだこと、さらにこの統計が基幹統計で、GDP計算以外にも失業給付や公務員の賃金計算のベースにもなるということで、チリも積もれば何とやら、得べかりし金額との開きが大きくなってしまいました。雇用保険などの追加給付にかかる費用の総額はおよそ795億円。大半は労働保険の特別会計から出しますが、必要経費で一般会計からも追加で6.5億円が必要となり、政府は予算案の閣議決定をやり直しました。

    <政府は18日の閣議で、賃金や労働時間を示す毎月勤労統計で不適切な調査があった問題を受け、昨年12月21日に閣議決定した2019年度予算案の修正案を決定し直した。雇用保険などの追加給付に伴い一般会計からの国庫負担が増え、総額は当初案より約6億5000万円多い101兆4571億円になった。>

     この問題は、今月末から始まる通常国会でも与野党の大きな争点になりそうです。とはいえ、現在の野党第1党である立憲民主党や国民民主党など野党議員の大半は旧民主党の出身。彼ら彼女らが政権に就いていた時もこの不適切調査を見抜けなかったわけで、この問題を「政権の怠慢だ!」と批判すると、その批判がそのまま自分たちに返ってきてしまいます。そこで、問題そのものではなく、なぜ2018年になってデータが復元されたのか、そしてその事実をどうして公表しなかったのかという、現政権下で起きた問題に焦点を絞って批判を繰り広げています。

    <国民民主党をはじめ立憲、共産、自由、社民、社保、沖縄の野党5党2会派は17日、「勤労統計問題・野党合同ヒアリング」を国会内で開いた。毎月勤労統計調査で全数調査すべきところを一部抽出調査で行っていた問題に関して、国民民主党の山井和則国対委員長代行らが事前に通知していた質問に厚生労働省、総務省、財務省、内閣府の担当者が答えた。
    (中略)
    なぜ昨年1月から復元が開始されたのか。なぜその事実を公表しなかったのか。復元は賃金が高く出るとの認識はあったのかなどをただしたが、調査中を理由に明確な回答を示されなかった。それでもヒアリングを通じて、2004年から2017年の間、不正に賃金額が低くされていたものが、復元によって賃金額を実態に近づけただけだったにもかかわらず、政府は賃金が上がったと虚偽の主張をしていたことが明らかになった。>

     よく考えたものです。これならば、政権への批判が出来る上に自分たちへ火の粉が降ってくることはありません。彼ら彼女らの言を引けば、「改ざんによって」アベノミクスが成功していると「装ったのだ」となり、さらにこの不正調査は安倍官邸への「忖度」でデータを復元したのだという批判ができます。
    「モリ・カケに続いて、財務省、文科省に続いて厚労省でも忖度から行政が歪んでいるのだ!」
    国会でそう主張し、審議が止まるさまがまた繰り返されるのでしょう。

     ただし、それと引き換えに、この不適切調査がどうして起こったのか、15年の長きにわたって継続していたのか、どうしたら再発を防止できるのかという議論は置き去りのままになっています。
     放送でも再三指摘していますが、政府には全く別の調査で賃金に関するデータがあるはずです。私もサラリーマンの端くれですが、毎月の給与の明細を見ると税金が天引きされています。税額を決定するには給与所得のデータが不可欠。さらに、給与所得の計算には、裁量労働出ない限り労働時間が必要。毎月天引きされる税金を入り口に、税務当局には膨大な労働に関するデータが積みあがっているはずなのです。ちなみに、給与所得者の税金捕捉率はほぼ100%と言われています。ということは、1円単位の詳密な賃金のデータ、さらに一人一人の税金を把握しているわけですから、従業員数の正確なデータまで、税務当局には宝物のような良質なデータがあるはずなのです。

     この膨大なデータを、今までであれば処理し分析するだけのスペックのある機器がなかったわけですが、このAIの時代、こうしたデータ処理はまさに得意分野。省庁の壁を越えてデータのやり取りが出来れば、恣意的にデータをいじることが不可能になり、より正確な数値を手に入れることができる。より正確な景気判断が可能になり、より適切な政策決定が可能になるでしょう。私のような素人でも考え付くのですから、優秀な官僚の皆さんが考え付かないはずはありません。そこで、ある財務省の幹部と話す機会があったのでこのアイディアをぶつけてみました。すると、
    「いや、省庁の壁じゃなくて法律の壁で難しいんです」
    という答えが返ってきました。

     所得に関する情報というのは、個人情報の最たるもの。マイナンバーと紐づけて税務当局はこの情報を把握しているものの、この情報は利用目的の範囲が法律で厳しく限定されています。


     この4ページに利用目的の範囲という項目があり、<特定個人情報は、利用目的の範囲が、税・社会保障・災害対策に限定されており、本人の同意があったとしても、特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて、特定個人情報を取り扱ってはならない>との記述があります。統計調査は税・社会保障・災害対策の中には含まれませんから、現在は法律によって許されないということなのです。たしかに、このマイナンバー制度を審議した時にも、情報漏洩の恐れだとかプライバシーの侵害の恐れなどが再三再四指摘され、すったもんだの末、データの利用には厳しい制限がかけられました。それだけに、データの収集までは出来ても活用は難しい現在の制度になってしまったのですね。

     ただ、では全く打つ手がなくなったかというとそんなことはありません。法律によって縛られているものは、法律を変えることによって緩めることができます。前述の財務省幹部も、
    「法律を変えてくれればいいんです。法律を変えれば出来ますよ」
    と話してくれました。

     つまり、ボールは政治家の側にあります。主権の束を背負った政治家が変えるぞとなれば、官僚はそれに従います。逆に言うと、政治家が主導権をもって変えようとしない限り、現状が続いていくことになるわけです。
     来週の閉会中審査、そして再来週から始まる通常国会、政権批判に終始するのか、それとも前向きなデータ活用に我が国も進んでいくのか。ぜひ、お題目でない「熟議の国会」を実現してもらいたいものです。
  • 2019年01月09日

    定年延長の負の側面を照らせ

     今朝の日経一面、公務員制度改革と社会保障制度改革の一環として、公務員の定年引上げについて法案を出す方向というニュースが出ました。

    <国家公務員の定年を60歳から65歳に延長するための関連法案の概要が判明した。60歳以上の給与水準を60歳前の7割程度とする。60歳未満の公務員の賃金カーブも抑制する方針を盛り込む。希望すれば65歳まで働ける再任用制度は原則廃止する。総人件費を抑えながら人手不足を和らげる。政府は民間企業の定年延長の促進や給与水準の底上げにつなげる考えだ。>


     日経電子版が有料会員でないとリードまでしか読めないので、要旨を記しているFISCOの記事も併せて引いておきます。
     要旨は、定年を5年延長するにあたり、まずは段階的に定年を伸ばしていき、最終的に10年後の2029年度に引き上げが完了するようにする。基本的に、定年延長した部分の給料は60歳までのポストで得ていた給料の7割程度に抑える。ただし、60歳を境にして給料を抑制するのは一時的な措置として、将来的には賃金カーブを65歳で最高になるように昇給ペースをなだらかにするということです。
     年金の支給開始が65歳以降となり、さらに引き上げられる改革案も取りざたされている中、日々の給料に切れ目が出来ないようにするのが趣旨。そして、実際には今民間企業で行われている雇用延長に近い内容になっています。ただし、立場が雇用延長のように契約社員ではなく正規雇用というのがポイント。今までも定年後の再任用の制度はありましたが役職が大幅に下がる(主任や係長級が多い)上に短時間勤務労働者がかなり多かったので、雇用延長後もフルタイムで働くことが多い民間企業の現状に働き方は合わせ、将来的に民間も含めて定年そのものを延長したいという将来の政策に繋げるブリッジ的な制度という捉え方もできます。

     突然これが出てきて、それも正規雇用の定年延長となればやっぱり官の優遇か!という批判も出てきそうですが、実は手続きとしては2011年に人事院が定年延長についての意見の申出を行って以来、着々と進んできたものなのです。


     さらに、2017年には公務員の定年の引上げに関する検討会が内閣官房の中に設置。官房副長官補を中心に各省幹部の間で議論が積み重ねられ、翌2018年には定年を65歳にする件について、<人事院における検討を踏まえた上で、具体的な制度設計を行い、結論を得ていく必要がある。>という論点整理が行われました。


     これが関係閣僚会議に報告・了承され、人事院でさらに検討。2度目の意見の申出があり、今回に至ったようです。


     上記日経の記事内容もほぼこの意見の申出に沿った形になっているので、一連の話はすでにレールに乗っている話。このまま今通常国会に法案が提出され、形になっていくのでしょう。
     それはそれとして、年金支給開始年齢引き上げとの兼ね合いで賃金の空白が出来てしまう方がマズいわけですから必要であるとは思うのですが、一つ危惧するのが定年が伸びるということは正規職員の入れ替えがその分伸びるということがあまり議論されていないことです。今は何となく人手不足ばかりが言い募られているので忘れられているようですが、そもそも労働法制の縛りが非常に厳しい我が国において、定年のタイミングが唯一労使の軋轢なく雇用整理が可能なタイミング。もはや終身雇用制の時代ではないと20年以上前から言われていましたが、現実にはまだまだこの終身雇用制が形を変えながら厳然として残っています。昔のように絶対に解雇されないというところまでは守られていませんが、一旦正規職員として採用されれば定年まで正規職員の立場は維持されます。もちろん、その上で意に沿わない仕事が回ってきたり子会社に出向、転籍があったりということはあります。それに直面した方々は非常に辛い思いをしているのも承知しています。しかしながら、正規職員という立場と福利厚生もある程度は維持されているわけです。
     他方、社会に出たタイミングで正規職員の椅子からあぶれた人たちはそのままずっと非正規に甘んじてしまうのも今の雇用制度の負の側面として存在します。特に、社会に出るタイミングで不景気が到来してしまうと、そもそも若年層に用意される雇用の椅子の数が極端に絞られてしまいますから、非正規雇用に甘んじる数は世代ごとにバラつきが出てしまうんですね。ロストジェネレーションと呼ばれる、現在30代後半~40代後半の世代は、まさにデフレ真っただ中に社会に放り出された世代。当時は「自己責任」というワードが幅を利かせ、正社員になれない、あるいはなっても辞めてしまうのは本人の努力が足りないせいだという風潮が強く、政策的な手当てがほとんどされないまま放置されました。
     高度成長期のように景気循環で不況に陥ってもその後好景気が到来すれば、雇用の椅子が新たに創出されてそこに収まったり、定年による入れ替えで中途採用されたりと再チャレンジが可能でしたが、この30年デフレでは椅子の数が増えず、熾烈な椅子取りゲームを続けざるをえなかったわけですね。椅子の数が増えないとなれば、そこにすでに座っている人が圧倒的に有利になります。スキルを蓄積することが可能ですから、その面でも有利な上、労働法制が座っている人を守りますから。そうした中で唯一シャッフルが可能だったのが定年でした。定年延長の必要性は重々承知の上でやはり危惧するのは、こうしたシャッフル、再チャレンジの枠がこの定年延長で狭められはしないかと言う点です。

     本来は、限定的な正社員の制度やワークシェアリング、さらに適度な雇用流動化でこうした再チャレンジの後押しをするというのが働き方改革の趣旨の一つでもありました。働き方改革を担当していた内閣府の官僚に取材をすると、再チャレンジや雇用流動化のための施策としてリカレント教育(社会人が大学で学びなおすなどの再教育制度)や同一労働同一賃金を熱く語っていました。しかし、残念ながらそういった議論は盛り上がらず、働き方改革といえばとにかく残業を減らすことだけにフォーカスされ、最近ではもう働き方改革は残業の抑制以外議論のされません。この定年延長の議論で、その負の側面にまで光が当たり、政策的な手当てがなされるといいのですが...。

     ロストジェネレーションと呼ばれる世代も今40代から50代に向かおうとしています。残された時間は、思ったよりも短いかもしれません。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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