出水駅「黒豚角煮弁当」(1,080円)~駅弁屋さんの厨房ですよ!(vol.4松栄軒編④)【ライター望月の駅弁膝栗毛】

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肥薩おれんじ鉄道・HSOR100形気動車

肥薩おれんじ鉄道・HSOR100形気動車

九州新幹線の開業に伴って、鹿児島本線の八代~川内(せんだい)間を引き継いだ第3セクターの「肥薩おれんじ鉄道」。
全線が交流電化されていますが、電気を使うのは貨物列車の電気機関車くらい。
電車を走らせると高価なため、普通列車はHSOR100形気動車によって運行されています。
この手法、並行在来線の「えちごトキめき鉄道」や「道南いさりび鉄道」にも導入されていますね。

株式会社松栄軒・松山幸右代表取締役社長

株式会社松栄軒・松山幸右代表取締役社長

そんな「肥薩おれんじ鉄道」の運行拠点がある鹿児島・出水に本社を置いて、鹿児島・九州の駅弁を手がけているのが、「株式会社松栄軒」。
平成16(2004)年の九州新幹線部分開業を前に、「松栄軒」は廃業の危機に陥っていました。
その中で、松山社長はお父様と一緒に、出水の駅弁を守るため、郷里に戻って立ち上がります。
「松栄軒」は、どのようにV字回復を遂げていったのでしょうか?

異業種での経験が活きた「駅弁屋」の立て直し

出水駅に入線する800系「つばめ」(2006年12月)

出水駅に入線する800系「つばめ」(2006年12月)

●九州新幹線は平成16(2004)年に新八代~鹿児島中央間が先行開業しましたが、開業効果ってあったんですか?

新幹線が通る前と通った後では、お客さんが全然違います。
出水ではそれまで20個程度しか売れない日もあったんですが、ドーンと売れる日も出てきました。
新幹線で駅弁屋のお客さんが減るんじゃないかという心配はありましたが、杞憂に終わりました。
(在来線特急「つばめ」時代と違って)新幹線停車駅が出水に絞られたこともあって、近隣の皆さんも出水駅を使ってくれるようになり、お客さんは明らかに増えたんです。

●その意味では、「松栄軒」の危機を新幹線が救ったともいえそうですね?

あと、僕が異業種から「駅弁」に入ってきたというのもあるかと思います。
名古屋では、メッキの工業薬品の営業マンをやっていました。
愛知や静岡で大手自動車メーカーや楽器屋さんに営業に行って、だいぶ鍛えられました。
新幹線が開業したタイミングで、私が帰って来て、外の空気が入ったのがよかったのかなと。
今にも辞めそうな大赤字の駅弁屋さんだったら、営業で伸ばすしかない訳ですから。
しかも、新幹線開業、これはビジネスチャンスだと親子で話しあいました。
今、やれることをやるしかない。
怖いもの知らずですよ。

●風向きが変わってきたのは?

自分たちが動き出したら、運も向いてきました。
九州新幹線開業に合わせて・・・ということで、京王百貨店が駅弁大会に声をかけて下さいました。
北海道・摩周の豚丼との、豚肉を使った「トントン対決」。
結果は、ウチが12,000食に対して、向こうは22,000食というダブルスコアで負けたんですが、鹿児島「松栄軒」の名を、世に大きく引っ張り出してもらいました。

出水の駅弁から「鹿児島」の駅弁へ!

かつての鹿児島中央駅(2006年8月、筆者撮影)

かつての鹿児島中央駅(2006年8月、筆者撮影)

●お父様が社長を引き継がれた時期、鹿児島にはまだまだ他の駅弁屋さんもありました。
 でも今、昔からの駅弁屋さんは「松栄軒」だけ・・・ですよね?

最初は西鹿児島駅(注)の「わたなべ」さんがあって、川内駅の「西原」さんもありました。
昔から「松栄軒」も鹿児島中央駅で駅弁を販売してくれませんかと請われていたんですが、頑なに断っていました。
でも、(わたなべさん、西原さんも無くなり)、状況が変わって来たことで、「松栄軒」の駅弁も、鹿児島中央駅で販売する権利が得られることになりました。

●鹿児島市内にも工場を設けていましたよね?

最初は全て、出水で作ったものを、朝イチの新幹線で鹿児島中央駅に運んでいました。
私も定期券を買って、当時は新幹線の利用者も今ほど多くはなかったので、毎朝台車ごと積み込ませてもらって、駅の売店に持っていっていました。
ただ、それではどうも・・・ということで、鹿駅(鹿児島駅)の駅舎に「鹿児島工場」を作って、駅弁を生産するようになったんです。
今は、出水の新工場に生産機能は集約して、営業所だけ置いています。

(注)西鹿児島駅
今の鹿児島中央駅のこと。平成16(2004)年の九州新幹線開業に伴って改名された。東京からの寝台特急「はやぶさ」「富士」の行先として、東海道沿線でもなじみのある駅名だった。なお、鹿児島本線の終点は鹿児島駅だが、事実上、宮崎方面へ向かう日豊本線の途中駅となっている。

海鮮駅弁から、黒豚駅弁へ!!

黒豚が大量調理される「松栄軒」の厨房

黒豚が大量調理される「松栄軒」の厨房

●その中で今までの主力「えびめし」から、黒豚駅弁にシフトしていきました。

90年代までは、「えびめし」「いかめし」「幕の内」が、3本立ての主力駅弁でしたが、鹿児島といえば、お客様がイメージするものは、何と言っても「黒豚」ということで、シフトしていきました。
2000年代半ば、最初に京王百貨店に出店した時、初めて黒豚駅弁を作ることになったのですが、どうやって作ったらいいのか、本当に苦労しました。

●どう乗り切っていったんですか?

それまで肉駅弁を全く作ったことが無かったので、仕入れルートも探しましたし、どうしたら「冷めても美味しい肉駅弁」になるのか、調理方法が分からなかったんです。
幸い、母が料理を得意としていたので、黒豚の味噌漬けは美味しく出来ました。
でも、今度は大量調理のノウハウがない・・・それでも「作る」しかない。
この時は、黒豚駅弁と言っても“ほぼ幕の内”でしたから、今にして思えばものすごい工程で、よくあれで12,000食作ったなぁという感じです。
しかも、ちゃんと「松栄軒」自慢の煮物、竹の子のV字カット、さつま揚げが入ったものですからね。

松栄軒十八番の煮物「V字カット入りの筍」

松栄軒十八番の煮物「V字カット入りの筍」

(松山社長インタビュー、次回に続く)

黒豚角煮弁当

黒豚角煮弁当

10年あまり前、試行錯誤で作り上げた「松栄軒」の黒豚駅弁。
今ではすっかり、黒豚も「松栄軒」を代表する駅弁のラインナップの1つとなりました。
中でも、松山社長が自信を持って薦めるのが、黒豚を使った角煮の駅弁。
その名もズバリ「黒豚角煮弁当」(1,080円)です。
今年1月の京王百貨店の駅弁大会には、この角煮に味噌焼きをプラスして出店していました。

黒豚角煮弁当

黒豚角煮弁当

黒豚を彷彿とさせる黒い掛け紙を外し、蓋を開けると、ドーンと角煮!
センターにどっかり、「冷めても美味しい、柔らかい」黒豚の角煮が鎮座しています。
角煮と味付けご飯の間には、すき焼き風のごぼうが挟まれていて、食欲をそそります。
おかずにはたたきゴボウ、錦糸玉子と紅しょうが、高菜漬がいいアクセントに・・・。
例によって、サツマイモのレモン煮がデザート代わりとなります。

黒豚角煮弁当

黒豚角煮弁当

今や、鹿児島のみならず、東京、大阪、福岡でも出逢える「松栄軒」の駅弁。
なぜ、「松栄軒」の駅弁は、“外へ出ていく”のか?
その背景には、今の九州の駅弁が抱える様々な事情がありました。
松栄軒・松山社長インタビュー、まだまだ続きます。

*「駅弁屋さんの厨房ですよ!」シリーズはこちらから↓↓
シリーズ「駅弁屋さんの厨房ですよ!」(vol.1「祇園」編)~伊東駅「いなり寿し」(600円) 
シリーズ「駅弁屋さんの厨房ですよ!」(vol.2「丸政」編①)~小淵沢駅「甲州かつサンド」(700円) 
水戸駅「常陸牛 牛べん」(1,050円)~駅弁屋さんの厨房ですよ!(vol.3しまだフーズ編①)
出水駅「えびめし」(930円)~駅弁屋さんの厨房ですよ!(vol.4松栄軒編①)

(取材・文:望月崇史)

連載情報

ライター望月の駅弁膝栗毛

「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!

著者:望月崇史
昭和50(1975)年、静岡県生まれ。早稲田大学在学中から、放送作家に。ラジオ番組をきっかけに始めた全国の駅弁食べ歩きは15年以上、およそ5000個!放送の合間に、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。ニッポン放送「ライター望月の駅弁膝栗毛」における1日1駅弁のウェブサイト連載をはじめ、「鉄道のある旅」をテーマとした記事の連載を行っている。日本旅のペンクラブ理事。
駅弁ブログ・ライター望月の駅弁いい気分 https://ameblo.jp/ekiben-e-kibun/

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