須田慎一郎が語る~“大統領型総理大臣”のパイオニア中曽根康弘元総理

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ニッポン放送「飯田浩司のOK! Cozy up!」(12月2日放送)にジャーナリストの須田慎一郎が出演。中曽根元総理大臣の残した功績について解説した。

須田慎一郎が語る~“大統領型総理大臣”のパイオニア中曽根康弘元総理

政治 「首相3選なし」の示唆会見をする中曽根康弘首相=昭和60年(1985年)5月24日 写真提供:産経新聞社

トランプ大統領、中曽根元総理に哀悼の意

アメリカのトランプ大統領は、中曽根康弘元総理大臣が11月29日朝に亡くなったことを受け、「アメリカ国民を代表して、日本国民に対し最も深い哀悼の意を示す」と声明で発表した。「日米のグローバルなパートナーシップの礎を築いた」とし、中曽根元総理の功績を讃えている。

飯田)声明では、中曽根氏と信頼関係を築いたレーガン元大統領の言葉を引用し、「友人かつ賢明な同志で、太平洋地域におけるアメリカの最も重要なパートナーで同盟国のリーダーだった」としています。須田さんは、中曽根さんに会ったことがあるのですよね。

須田)何度もありますし、最後は軽井沢の別荘にお伺いしてインタビューしました。いまから20年近く前のことです。戦後の政治史のなかで、それまでの政治家像とはまったく異質の人でした。日本の政治家というと、「足して2で割る」手法を取る人が多かったのですが、こうと決めたら強いリーダーシップを発揮して、当初の目標に一直線に進んで行くのが中曽根さんでした。大統領型の総理大臣ということでは、最近は小泉さんや安倍さんなど、同じ手法を取る人が増えていますが、そのパイオニアではないでしょうか。

初当選時から書き続けた「総理大臣になってやること」ノート

須田)中曽根さんについていちばんよく覚えているエピソードは、初当選したときにノートを用意して、「自分が総理大臣になったら何をやるのか」という目標を設定し、そのときからいろいろと研究して書き残したということです。総理になっても何をすればいいのか、という人が多いなかで、明確な目的意識を持って総理になられた人です。中曽根さんというと「ロンヤス関係」ばかり持ち上がって来るのですが、大きな功績としては、国鉄や日本たばこなどの3公社を民営化したことです。戦後日本が復興を遂げて行くなかで、日本は限られた資源を集中的に使う手法を取って来ました。西側の国ではあるのだけれど、社会主義的なスタイルで戦後復興を遂げて来た側面が強いのです。それを一旦リセットしようということで、民営化という1つのキーワードを打ち出しました。国や公社というと労働組合がとても強くて、これが日本の成長を阻害するブレーキになっていた部分がありました。しかし明確な意思を持って労働組合と対峙し、公社の民営化を果たした。非常に戦略的に、物事に臨んだ人だと思います。

3公社の民営化~長期的な戦略に長けていた

飯田)3公社の民営化でできたのが、JR、JT、NTTであると。その後の顧客サービスでは、それぞれが相当進化したということも言われていますよね。

須田)特にJR(国鉄)とNTT(日本電電公社)です。両方とも力を持った労働組合があって、民営化に強く反対したのです。そこでぶつかり合って、民営化を進めた。逆に言えば、その抵抗に負けて民営化ができていなかったら、どうなっていたかと考えると、ゾッとしますよね。

飯田)それこそ相鉄線とJRの相互乗り入れなんて、国鉄時代だったら考えられない話です。

須田)あるいは全国に新幹線を整備するとか、顧客サービスに目が向いていたのかどうか。国家百年の大計と言うけれど、自分が総理大臣の時代に結果を求めるのではなく、50年後、100年後の国家を見据えての一手だと考えると、長期的な戦略に長けた人だったと思います。

国際政治でもリーダーシップを発揮

飯田)安全保障面でもまさに「日本は不沈空母だ」という発言もありましたが、中距離核ミサイルの全廃条約のときに、ヨーロッパにある核ミサイルを極東に持って来ることに大反対して、それを止めました。国際社会の安全保障面でもリーダーシップを発揮していましたし、中国の中距離核ミサイルがどこを向いているのかを考えると、先見の明がありましたね。

須田)それがソ連の崩壊にもつながって、国際政治、国際社会の大きな転換点に差し掛かったときの日本のリーダーですからね。自分だけがやるのではなくて、その側近として記憶に深いのが、官房長官を務められた後藤田正晴さんです。内務官僚のドンと言われた人でした。この人を官房長官に据えることで、霞が関を一手に掌握しました。

飯田)確かに官邸の機能強化ということで、安保室などをつくって官僚上がりのトップを据え、実質的な戦略を総理直轄でやり出したのも1つの功績ですよね。

須田)そもそも後藤田さんは、中曽根さんのことを「ぼろ神輿」と呼んで、そんなものを担ぎたくないと、当初は断っていたのです。それを三顧の礼を尽くして迎え入れたのです。

飯田)後藤田さんは当時の田中派の重鎮でもあり、田中派が中曽根さんを推すことになったけれど、それに反対していた人なのですよね。

須田)そのように自分に対して耳障りなことを言う人も、必要とあらば側近として使いこなすという稀な人でした。

飯田浩司のOK! Cozy up!
FM93AM1242ニッポン放送 月-金 6:00-8:00
≪コメンテーター≫9(月)須田慎一郎/10(火)有本香/11(水)高橋洋一/12日(木)鈴木哲夫/13(金)佐藤正久 参議院議員(青山繫晴 参議院議員 アメリカから電話出演)

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