あけの語りびと

元サッカー日本代表監督・二宮寛が、珈琲店を営む理由とは?

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

葉山珈琲『パッパニーニョ』外観

夜明けの珈琲の香りを楽しみながら、この放送をお聴きの方もいらっしゃると思います。いかがですか? 今朝の珈琲はおいしく入りましたか?

この『あけの語りびと』のコーナーでは、これまでにストーリー性のある珈琲店を何店かご紹介して来ました。今朝も、そんなお店の1つにご案内しましょう。

『パッパニーニョ』店内の様子

場所は、神奈川県葉山町。御用邸わきの坂を少し上った住宅街に、この店はあります。名前は、葉山珈琲『パッパニーニョ』…「父親と少年」という意味だそうです。

店の外壁を彩る季節の花々。海の方を仰げば富士山の雄姿。しかし、こんな素晴らしいロケーションも、この店の楽しみの序章に過ぎません。

アンティークな店内にゆったり設けられた席の1つを選んで座り、店名と同じ「パッパニーニョ」を注文すると、やがてゴロゴロと、マスターとおぼしき人がワゴンを押して席の前まで来てくれます。

コーヒー豆の品質にこだわり、リピーターも多いという

ワゴンの上には、年季の入ったドリップケトルと挽き立ての豆がフィルターのなかにたっぷり…。マスターがケトルのお湯を静かに注ぐと、馥郁(ふくいく)とした香りが漂います。

見事なのは、珈琲を淹れるときのマスターの所作! ケトルを右手に持ち、空いた左手はというと、何とズボンのポケットのなか。その姿が何とも優雅で小粋でカッコいい! 空いた左手をブラブラ見せないのは、イギリスに伝わる紳士の流儀でもあるそうです。

「このマスター、タダモノではないな」と気づいて、あらためて店内を見渡すと、壁際に整然と並べられたコレクションの数々。どうやらサッカー関係のものが多いようです。そして、マスターと一緒に写真に写っている人は、何とドイツの皇帝とうたわれた伝説のサッカー選手・ベッケンバウアーなのです!

『パッパニーニョ』マスターの二宮寛さん

普通の人はここまでは気づかないので、あらかじめ知っていた話をまとめたわけなのですが、ここのマスターは元サッカー日本代表監督の二宮寛さん(83歳)!

二宮さんは、1937年の東京生まれ。慶應大学在学中の56年にサッカー日本代表選手に選抜されて、数々の国際試合で活躍した方です。70年代には、釜本選手が主将だった日本代表チームの監督も務めており、サッカー選手に代表であることの喜びや重みを植え付けるため、環境整備や待遇改善に尽力しました。

78年にサッカー界を退いた後は、欧州三菱自動車の社長としてオランダとドイツに駐在。80年代、90年代は第一線のビジネスマンとして、日本車の黄金時代をリードして来ました。

お店で提供されているメニューの一部

さらに2015年には、日本サッカー協会により「日本サッカー殿堂」入りに選出されます。ここまで聞けば、ベッケンバウアーとの写真にも納得。ところが、二宮さんは事もなげにおっしゃいます。

「ブラジルのペレや、ドイツのベッケンバウアーとの交流はいまも続いていて、2001年にベッケンバウアーが来日したとき、『パッパニーニョ』という店名を選んでもらいました。私は人にサインを求めたことはありませんが、あのときだけはうれしくてね! ベッケンバウアーのサインと、店の名前を書いてもらった色紙があそこに飾ってあります」

コーヒーゼリーなども提供しているそう

それにしても、サッカー界とビジネス界で名を馳せた二宮さんがなぜ、珈琲店のマスターになったのか? この疑問についてうかがってみました。

「ローマオリンピックの2年前、19歳のときにサッカー日本代表として、初めてヨーロッパに遠征しました。そのとき先輩が、イタリアのパスタと珈琲の店に連れて行ってくれたんです。あの味はいまも忘れられません」

二宮さんと珈琲の関係は、ドイツでの修業時代にも深まったと言います。

「1970年代のドイツとヨーロッパを代表する監督(バイスバイラー)の家に、ドイツへ行くたびにお世話になったんです。私の部屋は食堂の隣りにあって、毎朝5時半に入れるバイスバイラーの珈琲の香りが目覚まし代わり。それを飲みながら、サッカー談義を交わしたものです」

お店の周囲にはきれいなお花も

日本サッカーの「冬の時代」を、珈琲と共に乗り越えて来た想い出。「おそらく日本人で、私ほど珈琲を飲んだ人間はいないのではないですか」と笑う二宮さんは、どんなに辛かった時代も、全ていまの幸せの礎だとおっしゃいます。

二宮さんはきょうも、ズボンのポケットに左手を入れた粋なスタイルで、大きな車で乗り付ける実業家や芸能人にも、フラリと店に入って来た作業着の人にも同じように、美味しい珈琲を淹れることでしょう。

上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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