スポーツアナザーストーリー

ソフトバンク・王会長が監督に就任した工藤につけた注文

話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。今回は、10月23日の日本シリーズ第4戦で勝利。巨人を破り、3年連続日本一を達成した福岡ソフトバンクホークスの「強さの背景」にまつわるエピソードを取り上げる。

【プロ野球日本シリーズ巨人対ソフトバンク第4戦】勝って日本一になり胴上げされるソフトバンクの工藤公康監督=2019年10月23日 東京ドーム 写真提供:産経新聞社

「本当に最高の気分です。ジャイアンツさんは強かったですし、僕らが勝てたのは、わずかな差だと思います」(ソフトバンク・工藤公康監督)

そんな工藤監督の言葉とは裏腹に、「なんて強いんだ」と思わずため息が出た巨人ファンも多かったのではないでしょうか。

セ・リーグ王者の巨人を4連勝で一蹴し、日本シリーズ3連覇を成し遂げたソフトバンク。日本シリーズで巨人をストレートで破ったのは、南海ホークス時代の1959年、エース・杉浦忠の4連投4連勝で制して以来、実に60年ぶりの快挙でした。

ただし過去10度の対戦で、ホークスがジャイアンツに勝ったのはその1度だけ。ダイエー時代の2000年、王監督・長嶋監督の「ON対決」も、ホークスは出だし2連勝しながら4連敗で惜敗していただけに、今回は雪辱を果たす絶好の機会だったのです。

東京ドームに駆け付けた王・ソフトバンク球団会長は、古巢・巨人を破っての日本一に、感無量の表情で、こうコメントしました。

「念願がかなった。その一言だね。ましてや、ストレートで勝って、完璧な形だから。何も言うことはないよ」

平成がスタートした1989年、ダイエーは南海からホークスを買収し、大阪から福岡へ本拠地を移転。95年から、長嶋氏と並んで巨人軍の象徴だった王氏を監督に招聘しました。「西にもう1つ常勝軍団を作りたい」……その夢は、1999年・2003年の日本一で実現しました(相手は中日・阪神)。

2005年から球団経営はソフトバンクに引き継がれ、王監督は2008年限りで勇退、チーム補強を担当する会長職に就きました。2010年以降、セ5球団を破って5度の日本一を成し遂げましたが、福岡移転後、唯一巨人だけは、日本シリーズで倒していなかったのです。

19年前、ON対決で敗れた際は、宿舎で人知れず涙したという王会長。それだけに、自身が福岡に移ってから25年目のシーズンでようやく「古巢打倒」の念願を果たせたことは、万感の思いがあったことでしょう。

王監督のあと、秋山幸二監督を経て、2015年から指揮を執っている工藤監督。現役時代、最強だった西武のエースの座を捨て、まだ弱小チームだったダイエーにFA移籍したのは、王監督が就任した1994年オフのことでした。

王監督1年目の1995年から、初の日本一になった1999年までダイエーに在籍。不甲斐ない負けっぷりで、ファンからバスに生卵をぶつけられたホークスを、王監督がどうやって強くして行ったのか、工藤監督はその過程を間近で見ていたのです。王会長は、工藤監督が就任した際、こんな注文を付けました。

「『工藤カラー』を出して、自分の思いを表現してもらいたい。『俺はこういう野球をやる』ということを早く選手に伝え、思い切ってやってほしい」

【プロ野球日本シリーズ巨人対ソフトバンク第4戦】孫正義オーナーと握手するソフトバンク・王貞治会長=2019年10月23日 東京ドーム 写真提供:産経新聞社

就任1年目の2015年、工藤監督はあえてヘッドコーチを置きませんでした。恐らくその理由は「選手たちは勝ち方を知っているのだから、細かい判断は彼らに任せよう」という意図があったのでしょう。その上で思う存分、自分の持っている力を発揮してほしい……工藤監督自身、西武ではそういう環境で勝って来たからです。

ただその方針は、ともすると「戦力任せ」との批判も浴びかねません。就任1年目、ヤクルトを破って日本一になっても「前任者(秋山監督)の遺産だ」と口さがないことを言われたり、2016年、日本ハムにリーグ優勝をさらわれたときは「あれだけの戦力を与えられて、なぜ負けるんだ?」と猛烈な批判を浴びたことも……。

その屈辱をバネに、2017年からは日本シリーズ3連覇。就任から5年で4度の日本一は、名将と呼ばれるにふさわしい成績と言っていいでしょう。

しかし……昨シーズン(2018年)は、広島を破り日本一になったものの、リーグ優勝は西武に譲りました。主力に故障者が続出したことが原因ですが、今季(2019年)も、春季キャンプからケガに負けない体力作りを掲げながら、またしても主力が相次いで離脱する苦しいシーズンとなり、2年連続でV逸。

その悔しさから、絶対にポストシーズンだけはものにしようと、ベストの布陣を組んだ工藤監督。打線のキーマンに指名したのは、左ヒザ裏の肉離れで開幕直後に離脱、シーズンの大半を棒に振った柳田でした。これまで経験したことのない痛みと闘いながら、何とかシーズン終盤に戻って来てくれた主砲。復帰は工藤監督の、たっての願いでした。

「4ヵ月半も実戦から離れていたわけだからね……。そんななか、こちらが無理を言って上がって来てもらった。本当に難しいことをお願いしている、と思っている」

そこまで柳田を信頼するのは、どんなに体調が悪くても試合に出て、ゲームが始まれば100%の力でプレー。結果を出して来た柳田の姿をずっと見ていたからです。

誰より選手の体調を気に懸け、データ管理も行っている工藤監督は、決して無理強いはしない指揮官ですが、どんな状況でも全力でプレーする柳田のひたむきさが、「2年連続下剋上」を果たすにはどうしても必要でした。

柳田は、今回の日本シリーズで3番を打ち、初戦から第3戦まで毎試合打点を挙げる活躍を見せ、みごと期待に応えてみせました。

日本一が決まった瞬間、腕を広げて、真っ先に柳田に飛びついた工藤監督。

「監督が来てくれて嬉しかった。4連勝できたのは、最高のチームメイトのお陰です」(柳田)

「工藤監督は的確な選手起用をしたし、決断が見事だった。チームの頑張りが頼もしかった」(王会長)

自分のやりたい野球を完成させ、全員野球でチームを3年連続で頂点に導いた工藤監督。しかし、これがゴールではありません。去年も今年も「リーグ2位」だった事実をふまえ、来年(2020年)こそは「リーグ優勝して日本一」を目指します。

「みんなで力を合わせて、強いチームを作りたい」(工藤監督)

早くも一部で、「ソフトバンクがバレンティン(ヤクルト)・秋山翔吾(西武)らFA選手の獲得調査を始めた」という報道が出ていますが、あくなき補強で、レギュラーといえどもウカウカできない環境を作り出しているソフトバンク。今年のオフも、リベンジを誓う巨人ともども、ストーブリーグの主役になりそうです。

ニッポン放送 ニッポン放送
Copyright Nippon Broadcasting System, Inc. All Rights Reserved.