平成思い出のスポーツ試合は「ジョホールバルの歓喜」 【ニッポン放送煙山光紀アナウンサー】

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いよいよ平成が終わる。そんな平成を、『スポーツ実況』という形で喋り続けている《ニッポン放送スポーツ部のアナウンサー》。平成30年間を喋り続けてきて、思いの出の実況もあるはず。そんなスポーツ部のアナウンサーに、平成の思い出に残る実況・試合を聞いた。

平成思い出のスポーツ試合は「ジョホールバルの歓喜」 【ニッポン放送煙山光紀アナウンサー】

■今回は、煙山光紀アナウンサー
1994年入社。去年末は、Kis-My-Ft2がメインパーソナリティを務めた《ラジオ・チャリティ・ミュージックソン》のアシスタントを務める。

 

■一番思い出に残っているのは実況じゃないんだけど・・・

‐ 今回、煙山アナが、思い出に残っている実況・試合を教えてもらおうという事で

実況じゃないけど、レポーターをやった試合でもいい?試合は、サッカー・ワールドカップ・フランス大会 アジア第三代表決定戦 日本対イラン。

平成思い出のスポーツ試合は「ジョホールバルの歓喜」 【ニッポン放送煙山光紀アナウンサー】

男子サッカー サッカーW杯 アジア予選 日本ーイラン W杯出場を決め喜びの日本選手 1997年11月16日 マレーシア・ジョホールバルのランキンスタジアム 提供産経新聞

 

■交代選手を見たくて、入っちゃいけない所に入って怒られた(苦笑)

‐ ジョホールバルの歓喜と言われる試合ですね。(1997年11月16日)

そう。その試合は、グランドレベルのレポーター担当だったんだけど。
ジョホールバルの(スタジアムの)グランドレベルにいて、最後、岡ちゃん(岡田武史監督)が目の前で行ったり来たりしたりしてね。
あのメンバーチェンジ(後半18分・FW2人・三浦知良、中山雅史を変えた場面)の時...交代選手を書いた紙を持っていくボックスの所を覗きに行って、係の人にめっちゃ怒られたり、終わった後、小倉さん(小倉純二、当時AFC理事)と抱き合ったり、ぐちゃぐちゃになったりして、あれ、グランドレベルにいたのは、なかなか凄い光景だったなあと。

あとスタジアムが小さかったから、一緒に取材をしてきた新聞記者やフリーランスのライターの方も、僕の後ろの方で試合を取材していたんだけど、後半14分、イランの勝ち越しゴールが決まってしまった時、《フリーランスのライターさん、明日からみんなどうすんだろうなぁー》とか思っちゃって。
《俺もずっとサッカーでやって来たけど、多分これで、サッカー終わりだから、野球とかやんなきゃ》とか、スゲー考えてた(笑)

‐ あのFW2枚(三浦知良・中山雅史)を変えた時、凄い慌てて、レポートを入れてきましたよね。普段は、わりと落ち着いて入れてくるじゃないですか

そう、あの時は、入っちゃいけない所に入って、無理やり交代のカードを見て、怒られたから(笑)「向こういけ~」とか怒鳴られたから。でも、めっちゃくちゃ面白かった。今までやったグランドレベルで、一番面白かった、そういう意味では。

‐ 普通の実況よりも思い出に残りましたか?

そうだね、ラジオならではの緊張感と言うか、ラジオのピッチレポーターという、その試合までの取材も含めた、空気感というかね。
岡ちゃん(岡田武史監督)が目の前で、腕組みして《うぅ~ん》って考えている。あの姿を、あれだけ至近距離で見たっていう日本人は多分、いないんじゃないかなと。
ラジオでよかったなって、TVのレポーターいたのかなあの時、いた感じがないんだよね、俺の中で、いたんだろうに。

‐ 地上波ではフジテレビ、BSではNHKが中継をしていたので、いたと思いますけど

そうなんだよ、でも俺の中ではいなかったんだ。とにかく、ゴンとカズの二枚替えだよね。
でもね、俺がレポートを入れた時は、交代の紙を見てから、少しタイムラグがあったんだよ、だから、(実況の)師岡さんも上から見て、交代の背番号もわかっていたはずなんだよ。
でも、「そうなんですかぁ~」って、芝居をして驚いてくれたのは覚えている(笑)

平成思い出のスポーツ試合は「ジョホールバルの歓喜」 【ニッポン放送煙山光紀アナウンサー】

「野球WBC大会直前1㌻特集」 日本、世界一奪還なるか  WBC2連覇を決め、マウンドに駆け寄る日本ナイン=2009年3月、ドジャースタジアム(共同)

■ドジャースタジアムはしゃべりやすかった。なぜなのかはわからないけど(笑)

‐ 野球の実況での思い出はどうですか

野球に本腰を入れたのは2009年頃からなんだよね。それまでは、サッカー中心で、中抜けしてワールドカップに行ったりしていたから。

野球はね、実況をしていて、邪念無くというか、不思議な感じでしゃべったのは、2017年WBC(ワールドベースボールクラシック)準決勝・アメリカ戦。

ドジャースタジアムだったんだけど、その時、始めて、メジャーのスタジアムでしゃべったんだけど、《凄いしゃべりやすい!!》んだよ。
なぜなのかはわからない、高さなのか、角度なのか、でも《余計な事を考えずに、すぅ~っと喋れた。》球場がいいからそういう感じになったみたいな感覚だった。
やっぱりメジャーの球場っていいんだなって思いながら。ここに大谷翔平を立たせてあげたいなって、やっぱりこういう所で、ああいうプレイヤーは、プレーした方がいいなぁって、頭の片隅で思いながら、凄いハマるだろうなって、見ていて、凄い楽しいだろうなって思ってた。なんだろうね、

‐ 日本の球場では、そんな感覚を受けないんですか?

そうだね、日本の球場は慣れているからなのかもしれないけど、異空間な感じはしないんだよね。ドジャースタジアムが良かったのかもしれない、けっして歓声は凄くないし、雨だったし、寒くて、試合も、最後ミスがらみで失点してたような、そんなに盛り上がる試合では無かったんだけど、なんか、凄い入り込めて、球場の良さを感じたっていう。

 

平成思い出のスポーツ試合は「ジョホールバルの歓喜」 【ニッポン放送煙山光紀アナウンサー】

巨人―広島22  優勝を懸けた巨人戦で力投する広島・黒田=東京ドーム 提供共同通信

 

■リーグ戦の優勝実況は、宝くじが当たったようなもの・・・

‐ 日本のプロ野球ではどうですか

まあ日本だと、優勝決定ゲームなんだろうな。始めて喋った優勝決定ゲームが、2015年のヤクルトの試合。神宮球場のヤクルトー阪神。実は、ぜんぜん自分が喋る予定じゃなくて...まあ、リーグ戦の優勝決定ゲームを実況するのは、宝くじがあたるようなものじゃん。
前日の試合が雨で中止になって…翌日の担当だったんだよ、それで回って来たって言う。延長戦で決まったんだけど、実況は自分では上手くいかなかった。
初めての優勝決定ゲームって、やっぱり(自分の)立ち位置がイマイチわからなくて、実況の出来には、納得はぜんぜんしていないけど、自分にそれが回って来た事が凄い不思議な感じだった。

そしたら、翌年の2016年、広島の優勝決定戦も、実況する事になったんだよ。
こっちは2015年に痛い目にあっていたから、2016年は凄い、リベンジみたいな感じだった(笑)

試合としても、2016年の巨人対広島の方が圧倒的にいい試合で...黒田投手がもう、正直もう凄かった。
コンディションが良くなくて、1回とかヨレヨレで。で、点を先にとられるんだよ、先に取られるんだけど、どっかで腹決めて、もう捨て身で投げ出すんだよ。ぜんぜんペース配分も考えずに、鬼気迫るというか、もう。で技術が高いから、コントロールもギリギリの所になげるし、石原捕手もいいリードをしていたから。
黒田投手がすべて醸し出していて、巨人の先発はマイコラス投手で、巨人の方が有利だったんだけど、広島の一体感、黒田を中心とした一体感が強くて、で、逆転して勝っているんだよ。この試合は、自分では一番いい実況だった。野球では。

他の日本シリーズが決まる試合とかは、もっと高い確率で回って来ると思うんだけど、リーグ戦の優勝決定ゲームというのはね、なかなか実況できない。しかもヤクルトが14年ぶり、広島が25年ぶりで、両方喋れたというね。
両リ―ム、普通に優勝しているチームじゃないし、喋りたい試合を2つ選べと言われて、この2試合だろっていうのを二つ喋れたのは、めぐりあわせ的な...半泣きになったもんな、特に広島の方は、終わった後。

平成思い出のスポーツ試合は「ジョホールバルの歓喜」 【ニッポン放送煙山光紀アナウンサー】

競馬 第85回 凱旋門賞 3着に敗れたディープインパクトと武豊騎手 2006年10月01日 =フランス・ロンシャン競馬場 提供産経新聞

■凱旋門賞は、デカ過ぎて、どこを走っているのか分からなかった(笑)

‐ 煙山さん、あと競馬も実況しますけど、競馬はどうですか

競馬は、2006年の凱旋門賞かな。ディープインパクトが3着で届かなかったけど...凱旋門賞も競馬場のスケールが凄さという、デカ過ぎて、どこ走っているのかわからなくて。

‐ あの時は、フランスに行ったんですか?

行ったんだよ。唯一、行ったんじゃない、ニッポン放送としては。
やっぱりディープインパクトと言うスター馬が出たから行ったんじゃない?いくらその他の強い馬が出たって、やっぱりみんなが知っているディープインパクト、ああいうアイドルホースだったから、うちも中継したんだろうね。

‐ また、競馬場のスケールにやられたみたいですね

フランス・パリのロンシャン競馬場で行われたんだけど、競馬場のスケールが凄すぎて、練習しようと思うんだけど、どこを走っているのかわからない(苦笑)。《えっ、どこを走っているの?》って。でっかい森の中だし、ほんとギリギリでアジャストして、ここはもう見えないから、画面みるしかないとか、しかも粒子の荒い。レースの開始も、ファンファーレが鳴って集まるわけでもなく、気がついたら始まるという感じだから。
ただ、ラッキーだったのは、頭数が少なくて8頭か9頭だった。普通の凱旋門賞だったら、10何頭で、大変な頭数なのに。そういうのはツキなのかな?って思うね。

■ これから、実況してみたいものは

‐ これから実況をしてみたい試合・スポーツはありますか?

ずっとやってみたいのはボクシング。K-1とかもやったけど、ボクシングが一番好き。洗練度が一番だと思うんだよ。

あと、目標的には、80歳越えてもラジオで実況をしたい。それもフルで。

‐ メジャーリーグでも、高齢の方がいますよね

メジャーリーグは、ちょっと違うんだよ。途中で抜けて、テレビに出たりとか、日本みたいに、すべてを実況するスタイルではないんだよね。そう考えると、日本のラジオで、宮田さんが77歳で、1試合全てを実況している。宮田さんや、胡口さん、本当、凄いよ。

まあ目先の目標は70なんだけど、まあ夢的な目標は80歳。そこから先は、どこまで伸ばせるか、寿命との戦いだね、長くやりたいんだよ、それもラジオを。

(Write よこいみちひと)

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