ボクシング兄弟世界王者の井上拓真が兄・尚弥と目指す夢

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話題のアスリートの隠された物語を探る「スポーツアナザーストーリー」。本日は、12月30日、WBC世界バンタム級・暫定王座決定戦に勝って兄弟世界王者となった、ボクシング・井上拓真選手のエピソードを取り上げる。

ボクシング兄弟世界王者の井上拓真が兄・尚弥と目指す夢

【ボクシングWBC世界バンタム級暫定王座決定戦 タサーナ・サラパット対井上拓真】  判定勝ちした井上拓真(左から2人目)は、井上尚弥(左端)、父でトレーナーの真吾さん(右端)らと喜び合う    =30日、東京・大田区総合体育館 提供産経新聞

 

「やっぱり子供の頃からの夢だったので、ひとまず勝つことができてホッとしてます」

12月30日に東京・大田区総合体育館で行われた、WBC世界バンタム級暫定王座決定戦。同級5位・井上拓真(23、大橋ジム)が、同級2位のペッチ・CPフレッシュマート(25、タイ)に勝利。WBA世界バンタム級王者の兄・尚弥(25、大橋ジム)に続く世界王座獲得で、日本人2組目の兄弟世界王者が誕生しました。

井上拓は、立ち上がりから攻勢に出ます。それは鮮烈なKO勝ちを重ねてきた、兄・尚弥を超える勝ち方をしたい、という思いからでした。ゴングと同時に仕掛け、1Rから派手に打ち合い、相手がふらついたのを見て、KOを狙おうとラッシュをかけましたが、焦りすぎたのかパンチが空振りに。

「インパクトのある試合をしたいと思った。行きすぎて大振りになってうまく当てられなかった」

2R、バッティングで鼻の上を切ってペースが乱れ、相手に反撃を許しますが、中盤からガラッと動きを変えた井上拓。相手に押し込まれながら、回り込んでパンチを当て、ポイントを取る戦い方に切り替えたのです。この冷静さが、暫定王座獲得の決め手となりました。

井上拓は4歳のとき、兄・尚弥と一緒にボクシングを始めました。常に自分より前を行く兄に何とか追い付こうとライバル心を燃やしてきたのです。
14年4月、兄が初挑戦でWBA世界バンタム級王座を獲得。井上拓の世界初挑戦はその2年後、2016年に行われるはずでした。ところが発表直後、練習で右の拳を痛めて世界戦は中止に……。
しかし井上拓は、この悔しい日々を、成長するための期間に変えました。筋力トレーニングに力を入れた結果、体は見違えるように逞しくなり

「バンタムの体になった。2年前よりはるかに自信がある」

そんな絶対的な自信を持って臨んだ世界戦。青コーナーの下で、兄・尚弥がこうゲキを飛ばしました。

「人生をかけていけよ!」

兄の助言どおり、人生を懸けて立ち向かった結果、ジャッジの判定は3者が揃って井上拓に。スコアが読み上げられた瞬間、両手を天に突き上げた井上拓でしたが、そこに厳しい顔をして近寄り、手を下げさせたのは、父の真吾トレーナーでした。

「万歳なんかやっている内容じゃないだろう!」

息子にそんなレベルで満足してほしくないから、あえて釘をさした父。ポイントは圧勝でしたが、KOのチャンスを何度も逃したことを「上を目指すなら、まだまだ」と本人も反省しています。
とはいえ、団体こそ違えど、兄と同じバンタム級での王座獲得は、井上拓も感慨深いものがあったようです。

「兄と共に世界のベルトを手にできたことが素直に嬉しい。率直に気持ちを言うと、最高です」

リングで互いにベルト姿になり、笑顔で写真に納まった井上兄弟。井上拓の次戦は、おそらく正規王者との統一戦が予想されますが、兄に追いつき、追い越すために、内容も伴った勝利を目指しています。

「早く暫定という言葉を取りたいという気持ちはめちゃくちゃある」

2019年、尚弥がWBSS(ワールド・ボクシング・スーパーシリーズ)で準決勝、決勝に連勝すれば、WBAに加え、IBF・WBOのバンタム級王座を獲得。さらに拓真がWBCの統一戦に勝てば、4団体のバンタム級ベルトを井上家が独占するという快挙を達成します。平成から新元号に移る節目の年、歴史の新たな1ページを開こうとする井上兄弟の戦いに注目です。

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