あけの語りびと

世界唯一と言われているバリアフリープロレス団体「HERO」

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

プロレス団体「HERO」所属レスラーの方々

プロレス団体「HERO」をご存知でしょうか……。
もともと、聴覚障害者にプロレスの醍醐味を味わって欲しいとイベントを開いてきましたが、2016年から聴覚障害者に限らず、視覚障害の方も、車いすの方も、そして一般のプロレスファンも、誰もが幅広く楽しめるプロレスの興行を行っています。

「HERO」の所属レスラー 友龍(左)と百太聾(右)

現在「HERO」には、聴覚障害の選手・「友龍(ともりゅう)」と「百太聾(ももたろう)」の2名が所属し、一般のプロレスラーとタッグを組んだり、敵となって戦ったり、リング上でもバリアフリーを実践しています。

興行予定のプロモーションデザイン

会場も完全なバリアフリーで、聴覚障害者のお客さんには手話通訳者を、リングサイド・受付・売店に配置させ、会場の大型スクリーンは字幕付きで映し出しています。
視覚障害者のお客さんには、無料でラジオを貸し出し、FM電波で実況解説が聞けるようになっています。車いすのお客さんには、段差のない会場でサポートが付きます。

交流イベントでは選手の肉体や覆面にも触れる

また試合前、リング上で選手達との交流イベントが開かれ、鍛え抜いた肉体や、覆面レスラーのマスクを触ることができます。

肉体と肉体がぶつかり合う音、飛び散る汗、激しい息づかい。
間近でプロレスの迫力を見たり、聞いたり、感じたり…耳が不自由でも、目が不自由でも、体が不自由でも、初めてのプロレスに大興奮し、席を立ち上がり、大きな声で『友龍! 負けるな!』『百太聾! 頑張れ!』と声援が飛び交います。

「HERO」団体代表を務める 佐藤剛由 さん

世界で唯一と言われるバリアフリープロレス「HERO」……、この団体の代表を務めるのが、佐藤剛由(たけよし)さん、40歳。佐藤さんは背が高く、186センチ。細身のイケメンです。
剛由さんは、両親とも聴覚障害者で、小学校に入る前に自然に手話を覚え、両親の耳となり口となって育ちました。

「HERO」が開催するイベント大会の告知

「父は若い頃、新日本プロレスの第1期練習生だったそうです。当時、“障害者は表に出るものじゃない、ケガをしたらどうする”そんな時代で、入門が認められませんでしたが、猪木さんだけが『こんな奴がいてもいいじゃないか、練習に来いよ!』…そのひと声で、練習生になれたそうです」。

しかし、激しいトレーニングと、耳が聞こえないハンディでケガをしてしまい、デビューは叶いませんでした。

佐藤さんの父親であり、看板レスラーでもあった「ヤミキ」

それでもプロレスラーになる夢はずっと持ち続け、なんと、還暦になった2010年、遅咲きのデビューを果たします。リングネームは「ヤミキ」……、闇の鬼、ヒール役で、正規軍の「友龍」を相手に戦ってきました。

得意技は「スピニング・トーホールド」(回転足首固め)と、「ゴツン!」と会場に響き渡る「頭突き」でした。

ある日、試合で首を痛めて入院……、ところが精密検査の結果、いくつも病気が見つかり、2年前、65歳でこの世を去りました。

「父は看板レスラーで、障害者のファンから絶大な人気があったので、このあと団体の継続は難しく、解散しかないと思いました。最後のつもりで父の追悼興行をやることになったんです。嬉しかったのは、団体の趣旨に賛同した大仁田厚さんが友情参戦してくれて、興行が大成功を収めたんです」。

「ヤミキ追悼興行」と題した興行には、大仁田厚さんも参戦した

友龍、百太聾とタッグを組み、力を出し尽くした大仁田選手! マイクを握り、声を振り絞ってこう叫びました。

「体が不自由だから、自分の好きなことをやっちゃいけないんですか? そうじゃないでしょ! 自分が一番好きなことを、体が不自由であろうと何であろうと、一生懸命やる奴は、俺は、俺は、俺は……、素晴らしいと思うんじゃ!」

この言葉が胸に刺さりました。
世界で唯一のバリアフリープロレスを、もっと世の中に広めたい! それが自分の使命だと心に誓った佐藤剛由さん……、次のプロレス興行に向けて、奮闘の日々が続きます。

上柳昌彦 あさぼらけ
FM93AM1242ニッポン放送 月曜 5:00-6:00 火-金 4:30-6:00

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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