看板娘ホッピー・ミーナのHOPPY HAPPY BAR
まもなく一日が終わろうという夜10時前。
ホッと一息ついているアナタに向けて、ホッピー・ミーナが、明日の活力を充電するための秘訣を届けます。
ホッピー・ミーナとは、ホッピーのPRのために日本全国を駆け回っている“空飛ぶ看板娘”こと、ホッピー・ビバレッジの代表取締役社長・石渡美奈。
垣花正アナウンサーと一緒に、軽快で元気なトークと、聴くだけでハッピーになる話題をお送りしていきます。

番組に対するご意見はhoppy@1242.comに

Hoppy Happy Bar ポッドキャストはじめました!
HOPPY
ラジオ大阪 東海ラジオ
石渡 美奈(いしわたり・みな)
68年、東京生まれ。90年立教大文学部卒、日清製粉、広告代理店を経て97年に家業のホッピービバレッジ(旧コクカ飲料)に入社し広報宣伝を担当。2010年に社長に就任。
垣花 正(かきはな・ただし)
1972年、沖縄生まれ。ニッポン放送アナウンサーとして入社以来、昼間から深夜までの様々な番組を担当。人懐っこい性格で、幅広い層のリスナー、特に熟年女性からの人気を掴んでいる。
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10/16この世で一番強くて温かいもの…それは母の愛! bacnumberlist
先日ミーナさんは鹿児島県の知覧という町に行ってきたそうです。
昨夜は、その時の体験を伺いましたが
皆さんは、知覧という街をご存じですか?

太平洋戦争末期に特攻隊が出撃した基地があった町としても知られています。
ミーナさんは、知り合いの社長さんのお誘いで、気軽に行ったそうですが
人生観を変えたといっても過言ではないほど衝撃を受けたそうです。

ミーナさんいわく、いろんなことを心で感じてきましたが…その一つが
「母の愛」。
知覧には、若くして散っていった特攻隊員たちから「お母さん」と呼ばれ、
親しまれた鳥浜トメさんという女性がいらっしゃいました。
ミーナさんは、そのトメさんの宿に泊まり、
トメさんの孫嫁にあたる現在の女将さんから
トメさんが語り継いだ話をいろいろと聞いたそうです。

本当の母のような惜しみない愛情を特攻隊員に注ぎ、
涙をこらえて、見送ったトメさん。
若者たちの出撃した時間を待って、隊員の自宅に出撃直前に撮った写真と共に
息子さんが立派に使命を果たしたことを手紙にしたためていたそうです。

お国のためにと出撃していったのは20歳前後の若者たち。
故郷に残したお母さんとトメさんが重なったんでしょうね?
多分、知覧にトメさんがいらっしゃったからこそ、若い彼らが
悲しみと絶望と無念さを克服できたんじゃないかと…と思います。

残された遺書のほとんどが、お母さん宛だったというのも胸に響きますよね。
今日は、いつもと違って背筋が伸びるようなお話でしたが
知覧での旅の話は、明日も伺います。

 

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