2019年7月

  • 2019年07月30日

    日韓関係の行方は?

     メディア関係者の多くは、自分たちは読者や視聴者・聴取者の代理人として取材をしているという意識をどこかに持っています。ある意味、自分たちは黒子であるという意識で、これは私のような出役のアナウンサーにはあまりありませんが、記事を書く記者と話をするとそうした意識が見え隠れすることがあります。SNSがこれだけ発達した今は、その意識でオープンの記者会見などに臨むと場合によっては批判されることもあるだろうということは、このブログや毎週火曜日に掲載の夕刊フジのコラム『ニッポン放送 飯田浩司のそこまで言うか!』にも記したところです。
     ただ、個人名が伏せられようが表に出ようが、取材をする自由は公共の福祉に反しない範囲で認められるべきであり、その意味で市民の代理人として取材をしているという意識を否定するものではありません。それだけに、暴力によって取材を妨害されたり、記者活動を阻害されるのはメディアそのものの存在や知る権利を否定する行為であり、メディアの人間ならばきちんと批判をしなくてはいけません。
     韓国・ソウルでフジテレビのソウル支局がデモ隊に押し掛けられた事件は、自由で民主主義を建前とする国でこんなことが起こるのかと個人的には驚きました。さらに驚いたのは、今に至るも報道が非常に少ないという点です。

    <25日午後4時半ごろ、ソウル市麻浦区上岩洞のMBC(文化放送)社屋に入居するフジテレビソウル支局に大学生3人が押し掛けた。うち1人は「ろうそく政権文在寅(ムン・ジェイン)政権の転覆を主張するフジテレビソウル支局は直ちに閉鎖しろ」と叫んだ。別の1人はフジテレビのロゴと旭日旗が描かれた紙を破り、3人目はその模様をフェイスブックで生中継した。大学生らは「直ちに謝罪し、この地を出ていけ」と叫び、警備員ともみ合った末、約6分後に支局外に退去させられた。>

     この記事を書いている7月30日の時点でネット記事を検索すると、この朝鮮日報日本語版の記事のほか、海外系のニュースサイトの記事、それに産経新聞の社説「主張」に言及がみられる程度でした。普段、日本には「報道の自由」があるのかどうかを非常に気にする日本のメディアがかくもあからさまな形でプレッシャーを受けている現状をどうして報じないのか、驚き疑問に思います。

     さて、この件では押し入った学生の1人が「文在寅(ムン・ジェイン)政権の転覆を主張するフジテレビ」と批判しました。おそらく、この記事についてでしょう。


     この記事を読んでみて、ではフジテレビは支局を閉鎖しなければいけないほどの問題のある記事だと思う日本人はどれだけいるでしょうか?文在寅氏は韓国大統領という公人であり、その権力の強さと比例して批評の対象となることも仕事のうちでしょう。
     ところが、韓国は刑事上、名誉毀損が法律に抵触するというユニークなシステムがあります。誰もが告訴すると、検察が名誉毀損と関連して捜査し、起訴することが出来るわけです。韓国大統領は一方で大韓民国の元首でもあり、元首を名誉毀損するということは大韓民国そのものを踏みにじったも同然というロジックが韓国の中では成り立ってしまうわけですね。
     このロジックでは、同じく国家元首であるアメリカのトランプ大統領やフランスのマクロン大統領を批判すると、アメリカやフランスそのものの尊厳を踏みにじることになりそうです。私の番組を含め、日本のすべてのメディアがアメリカやフランスで批判されそうですが、健全な民主主義と言論の自由がある国々ではそんなことになりませんし、日本のメディアのワシントン支局やパリ支局がデモ隊に押し掛けられたなんてことは聴いたことがありません。

     では、韓国政府が在韓国の日本大使館や領事館、メディア、日本法人を積極的に守ろうというモチベーションがあるのか?日本大使館での今月、ワゴン車が大使館の入るビルに突っ込み、運転していた韓国人男性が社内で火をつけ全身やけどで死亡しました。釜山の総領事館でも学生たちが侵入、警察に拘束されましたが翌日には釈放されています。
     外交関係に関するウィーン条約には、接受国は大使館や領事館といった公館を保護する特別の責務を負っているとされていますが、その責務を忠実に履行していると言えるでしょうか?むしろ、忠実に履行しない方にインセンティブがあるのかもしれません。韓国では、日韓関係が怪しくなってくると支持率が上昇する傾向にあります。

    <リアルメーターがYTNの依頼で22~26日まで全国19歳以上の有権者2512人を対象に実施した7月第4週目(22~26日)の週間集計で文大統領の支持率が前週より0.3%ポイント上昇した52.1%となったと29日、明らかにした。 >

     その上、来年の4月には韓国内で総選挙が予定されています。あと一年を切って、与野党とも総選挙へ向けてエスカレートすることはあっても、日韓関係を落ち着かせるメリットがありません。このところ毎週のように行われる反日デモでは、「総選挙は日韓戦だ」と書かれたTシャツを着て参加する人が増えてきているようです。現在の革新与党にとっては、日本政府を批判することで国内の親日派を批判し、その象徴として野党・自由韓国党を批判しようという意図があるのでしょう。
     保守系の野党にしても親日と見られては選挙で戦えませんから、先鋭化するしかありません。となると、仮に韓国で政権が交代しても日本との関係が改善するかは心許ないでしょう。
     韓国を含めたサプライチェーンのみならず、安全保障環境でも我々は今までの日米間同盟を中心とした常識を変えなくてはいけないのかもしれません。韓国側は、このまま日韓関係が冷え込んだままなら軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の撤回までをちらつかせているわけですから。
  • 2019年07月23日

    これからも、経済優先???

     参議院選挙が終わりました。
     夕刊フジのコラムにも書いたのですが、私個人としては今回の参院選の中で経済論戦、それもマクロ経済全体をどうかじ取りしていくかを議論してほしいと思っていました。
    が、やはり各党ともに分かりやすさ重視といいますか、「消費税の是非」とか「最低賃金をいくらにする!」とか、「減らない年金」とか、ミクロ的な政策スローガンを声高に叫ぶことに終始していて全体の実現可能性への言及が極端に少なかった印象があります。
     個々の政策"だけ"を見ればそれは口当たりの良い言葉が並びます。最低賃金が伸びること、年金が減額されないこと、それ自体は誰もが賛成でしょう。しかしながら、「金は天下の回り物」という言葉があるように、経済活動は必ず相手方があります。
     最低賃金上昇は労働者にとってはありがたくとも、経営者にとってはコスト上昇となるわけで、ある意味のリスク要因です。私だって労働分配率の下降傾向には懸念をもって見つめていますし、自社株買いや配当などで株主への配当を手厚くする企業の在り方には疑問を持っています。企業の内部留保の膨大さを見るにつけ、企業収益が上手く経済全体を回していないのは明らかです。
     ですが、強制的に賃金を上昇させる最低賃金上昇を急激に進めることは労働者へのメリットよりも経済全体へのデメリットが目立つように思うのです。
     隣の韓国、文在寅政権が同じように最低賃金に手を突っ込んだ挙句、経済全体が失速してしまい、結果として特に若年層の失業率が大幅に悪化したという先行事例も存在します。このように、個々の政策の一歩先を考え、全体の整合性や政策の実現可能性を議論できなかった、個々の政策への賛否に終始してしまったのは残念でなりません。

     今回の選挙の結果、自民・公明の与党で改選議席の過半数を超える71議席を獲得しました。自民党の安倍総裁は投票日翌日の会見で今回の結果について、
    「「安定した政治基盤の上に、新しい令和の時代の、国づくりをしっかりと進めよ!」と、国民の皆様からの力強い信任を頂いた」
    と総括し、その上で、
    「これからも、経済最優先。」
    としています。


    であれば、ぜひとも早急に政策を打ち出してほしいのが、足元の経済状況について。昨日、政府の月例経済報告が発表されました。


     相変わらず足元の景気についての表現は霞が関文学の極致で、弱いけれども回復しているという書きぶりですが、現場の声を聞くと青息吐息です。提示されている一つ一つの数字を見ると減少という文字が多く、徐々に経済が悪くなっていっているのがわかります。それに、この傾向は今に始まったものではなく、去年の秋から今年の初めには下降局面に入ったと多くのエコノミストが指摘しています。
     個人消費の冷え込みが直に影響する小売業界を取材すると、もう去年の10月ごろから客単価が伸びない、値下げ圧力が強いと個人消費の落ち込みに警鐘を鳴らしていました。今や懸念は確信に変わり、経営の悪化を前提としてどう食い止めるか、具体的には賃金抑制と仕入れコストの削減に動いているとのことです。
     3か月ごとに集計するGDPを見ても、個人消費をはじめとする内需が横ばいか減少しています。
     外需は米中の衝突やイギリスのEU離脱、さらにイランのホルムズ海峡を巡る不安定化で雲行きが国内景気以上に怪しいのは拙ブログでも何度も指摘してきました。その流れにとどめを刺すように、10月には消費税の増税が控えています。

     そんな中で景気を下支えするオプションは、日銀にさらなる金融緩和を促すか、財政出動で需要を作り出すか、大雑把に分ければ2つ。
     金融緩和の方は日銀に決定権がありますから形の上では自由になりません。
     一方、財政出動は補正予算などを使って積み増すことが可能です。国内外の先行きの不透明感を考えれば、予防的に景気を浮揚させるべく財政出動することも視野に入れるべきではないでしょうか?
     こういった危機感から、財政出動の可能性について選挙特番の政党幹部インタビューの中で特に与党幹部に質問しましたが、芳しくない反応でした。「すでに2019年度当初予算で手当て済み」(自民党・甘利選対委員長)「ポイント還元やプレミアム付き商品券、軽減税率で落ち込み分を埋めるべく手当している」(公明党・斎藤幹事長)。いずれも、補正予算を組んでまでの追加財政出動には非常に消極的。政治家のレベルでこのぐらいの熱量であれば、補正予算を組んだとしても2~3兆が関の山でしょう。2兆、3兆というと大きな数字のように思えますが、日本のGDPはざっくり500兆円。2兆~3兆の財政出動はGDP比で0.5%前後となり、景気を浮揚させるにはまったく力不足です。

    「これからも、経済最優先。」
    であるならば、財政の出動規模も最優先でお願いしたい。国民は決して現政権に白紙委任したわけではないはずです。
  • 2019年07月19日

    ホルムズ海峡自衛艦派遣の頭の体操

     『ホルムズ海峡』という名前が安全保障を知る人だけでなく大きく知名度を上げたのは、2015年の安保法制審議のときでした。ここを通過するタンカーが襲撃を受け、日本へ原油が入ってこなくなればそれは存立危機事態と呼べる経済的な緊急事態であり、事態打開のための自衛隊派遣は限定的に認められた集団的自衛権行使の理由となると政府側が示したことに対し、そんな遠くまで派遣するのは果たして合法なのか?国会審議が紛糾しました。
     その時に想定された事態に近づくように、アメリカとイランの間が険悪になってきています。国連安全保障理事会の常任理事国にドイツを加えたP5+1とイランとの間で成立した核合意を巡り、アメリカ・トランプ政権は合意から離脱。イランへの経済制裁を再開しました。
     これに対してイランは反発。ウラン濃縮を再開する一方でアメリカの無人機を打ち落とすなどプレッシャーをかけてきています。付近を航行するタンカーへの襲撃もイランの仕業ではないかと言われ(イラン側は否定)、日本の会社が運航するタンカーもそのターゲットとされました。
     こうした中、アメリカはこのホルムズ海峡の安全確保に向けた有志連合構想を主導。日本時間明日20日にはこの連合に関する説明会をワシントンで開く予定です。それに先立って、構想の中身が徐々にリークされてきました。たとえば、こんなニュースです。

    <イラン沖ホルムズ海峡周辺の安全確保に向けた米国主導の有志連合構想について、国防総省高官は同海域の監視強化が目的で、イランに対抗する軍事連合ではないと強調した。参加国に民間船舶の警護を求めず、自国船舶の警護を実施するかは各国独自の判断にゆだねる考えを表明。米国も参加国の民間船舶の警護はしないと説明した。ロイター通信が18日伝えた。>

     この記事が本当であれば、かつての湾岸戦争やイラク戦争、アフガニスタンでの対テロ戦争における有志連合とはかなり形が異なります。軍事連合ではないということですから、共通の作戦行動をするものではなく、各国がそれぞれの意図でバラバラに動くことを容認する形。お互い守りあうような集団的自衛権行使の形ですらなく、むしろ各々個別的自衛権でやってくれ、アメリカもそうするというものです。となれば、日本は日本に関係する船舶のみを守ることになりますから、2015年に紛糾した安全保障法制に則った自衛隊の派遣ではなくなるわけですね。

     この有志連合の話が出てこのかた、一体どういった法解釈の下なら自衛隊は出ていけるのかを考えてきたのですが、報道の通り個別的自衛権の話ならば自衛隊法に根拠を求めればいいわけですね。今日のコメンテーター、宮家邦彦さんも指摘していましたが、この場合は自衛隊法82条に規定される海上警備行動を用いることになりそうです。

    <第八十二条 防衛大臣は、海上における人命若しくは財産の保護又は治安の維持のため特別の必要がある場合には、内閣総理大臣の承認を得て、自衛隊の部隊に海上において必要な行動をとることを命ずることができる。>

     この場合の、公海での民間船舶への侵害行為への対処は海上警備行動発令手続きの迅速化を目指す閣議決定を、2015年の7月に行っていますから、侵害事案が発生した場合に迅速に発令することができます。


     具体的には、特に緊急な判断が必要、かつ速やかな臨時閣議の開催が困難な場合、内閣総理大臣の主宰により、電話などにより閣議決定が可能となっています。もちろん、防衛大臣がまず動かなくては手続きは進みませんから、そこの部分で大臣の姿勢が問われるわけですが。

     それよりも心配なのは武器使用条件。海上警備行動では、警察官職務執行法および海上保安庁法の規定により、武器の使用が大きく制限されます。具体的には、93条の
    <第九十三条 警察官職務執行法第七条の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。
    2 海上保安庁法第十六条、第十七条第一項及び第十八条の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の三等海曹以上の自衛官の職務の執行について準用する。
    3 海上保安庁法第二十条第二項の規定は、第八十二条の規定により行動を命ぜられた海上自衛隊の自衛官の職務の執行について準用する。この場合において、同法第二十条第二項中「前項」とあるのは「第一項」と、「第十七条第一項」とあるのは「前項において準用する海上保安庁法第十七条第一項」と、「海上保安官又は海上保安官補の職務」とあるのは「第八十二条の規定により行動を命ぜられた自衛隊の自衛官の職務」と、「海上保安庁長官」とあるのは「防衛大臣」と読み替えるものとする。
    4 第八十九条第二項の規定は、第一項において準用する警察官職務執行法第七条の規定により自衛官が武器を使用する場合及び前項において準用する海上保安庁法第二十条第二項の規定により海上自衛隊の自衛官が武器を使用する場合について準用する。>
    という各規定です。

     法律用語がオンパレードで分かりづらいことこの上ないのですが、まず1項の警職法7条の適用は、逮捕や逃亡防止、自己や他人の防護、公務執行への抵抗抑止など必要と認める相当な理由がある場合に、必要の範囲内での武器使用を認めるというものなのですが、正当防衛や緊急避難以外では人に危害を加えてはならないと規定されており、基本的には「やられたらやり返す」という比例原則が適用されます。したがって、圧倒的な火力をもって制圧するという戦地におけるセオリーは使うことが出来ず、能力はあるが意思がなく相手を抑止できない恐れはぬぐえません。

     その下の海上保安庁法を援用する各規定は、海上において可能な活動を書いています。船舶に書類の提出を命じたり、積み荷の検査、さらに海上での船舶の行動を宣言したり、検査したりということが規定されています。ということで、海上での船舶検査も海上警備行動の枠組みの中で出来るわけですが、武器の使用は警察比例。相手は武器を持っている可能性が高くとも、そして着ている服装などは軍隊のそれでありながら丸腰に近い状態で乗り込まなくてはなりません。相手は軍隊が来たと思い、火力をもって対応してくる可能性があるとしても、国内法の規定では丸腰であることを求められているわけです。

     これは私の妄想でもなんでもなく、1999年に能登半島沖不審船事案で海上自衛隊の艦艇2隻が出た際に本当に直面した事態なのです。この時は防弾チョッキもなく、艦内にあった漫画本や雑誌を身体に巻き紐でくくって乗り込もうとしたということが伝えられています。

     有志連合に参加し、我が国も航行の自由や国際法の順守、航路の安全に寄与するのは非常に重要な仕事であろうと私も思います。一方で、その時に発生するリスクを相も変わらず現場の自衛官たちに負わせてよしとするのはあまりに不誠実ではないでしょうか?少なくとも派遣の意思決定をする際には、こうしたリスクが現場にあることを分かった上で、最大限リスクを和らげる手段を講じていただきたい。そのために憲法改正が必要なのであれば、それを議論する機会を作らなくてはなりません。
     この選挙は、その絶好の機会だったはずです。
  • 2019年07月03日

    G20に見る日本外交の今後

     先週末はG20大阪サミットを取材しに出張してきました。その後、板門店での米朝会談や国内の降り続く豪雨などですっかり印象が薄らいでしまいましたが、開催当時は世界中からメディア関係者が集まり、様々に報道されていました。テレビを中心にプレスセンターの様子や日本の食文化や技術をアピールするエキシビジョンについては相当程度報道されていましたが、今回は非常に豪華でそのホスピタリティの高さに海外の記者たちが「ここはパラダイスだ!」とはしゃいでいました。

     さて、国際会議のプレスセンターではその国の新聞が無料で配布されていることが多く、地元ではどう報じているのかを見ると自分たちとは視点が違うので面白いんです。今回は日本がホスト国ですから日本の新聞だけかと思いきや、世界中からメディア関係者がやってきますから英字紙も複数ありました。ジャパンタイムズやフィナンシャルタイムズと並んで幅を利かせていたのが、チャイナデイリー。その名の通り、中国の英字紙です。この日の一面トップは日中首脳会談。わざわざ、「習氏訪問特別号」と銘打っています。
    どうして日本で行う国際会議で中国の宣伝をしているんだろうと思いながら読んでみると、これがなかなか興味深い。今回の首脳会談では、日中関係が正常軌道に戻り、「日中新時代」を切り開いていく決意を共有するとともに、来春、習近平氏の国賓としての来日を招請し、習氏は原則としてこれを受け入れたというのがトピックでした。これについて見出しに取って大々的に書いています。


     しかしながら、大事な要素が一つ欠けています。それが、人権について。言うまでもなく、香港の逃亡犯条例改正案をめぐる問題や、チベット、ウイグルの人権状況を巡って、日本側は自由、人権の尊重や法の支配といった国際社会の普遍的価値が保障されることの重要性を指摘しました。が、これについて言及は一切なし。日本側同行筋によれば、総理が提起し習氏からは中国の立場の説明があったとのことですが、やり取りも含め一切記載がないのは非常に味わい深い。都合の悪いことはなかったことになるようですね。

     そしてもう一つのトピックが北朝鮮をめぐる発言。習氏は先月20日から21日に北朝鮮を訪問しました。当時この訪問について「中国を大事にしないと北朝鮮情勢も動かないぞというアメリカへのメッセージなのだ」とまことしやかに解説されていました。ところが、習氏は米朝関係ではなく、拉致問題解決をはじめとする日朝関係改善に期待を表明、総理の考えを金正恩委員長に伝えたというのです。当日関係者に取材をしたのですが、この話は会談で習近平氏側から切り出さしてきたそうです。総理は当初、日中関係の本筋の話とは違うので、拉致問題については次に控える夕食会でやろうと提案したとのこと。ところが、習氏は前のめりに会談の場でこの話を続けました。拉致問題に関しても習氏は「非常に協力的な印象(同席者)」だったようです。


     中国側は前々からこの話を仕込んできていたわけで、これはG20議長国の日本に人権問題をサミットの場では取り上げるなというメッセージなのか、あるいは米中対立の狭間で日米離反を画策するものなのか。いずれにせよ、拉致事件の解決に向けてプラスであることに変わりはありません。何しろ、米中の二大国がともに日本の拉致問題を認識し、解決に向け協力すると申し出ているわけですから。ご家族のもとへ取り返すのに残された時間はそう多くはないと考えると、あらゆるチャンスを生かす。そのためには、米中対立もしたたかに利用していく。2国間会談の細かな点ではありますが、しかし非常に重要な局面だったと思います。

     一方、多国間外交において日本の国益とはどこにあるのか?今回のG20、議長国として日本は存在感を見せられなかった。停滞してる。国内ではそんな批判が多くあります。



     たしかに今回のG20、全世界のメディアの注目を一身に集めるようなパフォーマンスや誰もが報じざるを得ないような大成果があったわけではありません。
     ただ、そもそもこうした国際会議はアメリカ・トランプ大統領の就任以来、意見を集約するだけでも非常な苦労をするのが通例となっています。トランプ大統領のみならず、先進的で開明的と日本のメディアが持ち上げるヨーロッパの国々だって、自国民への見え方を気にしてポジショントークを連発し、毎回成果文書を出せるかどうかが危ぶまれていると報じられてきました。
     G20議長国会見でも、そうした苦労が垣間見えました。

    <G20について、世界を取り巻く主要な課題について、意見の対立ばかりが強調されがちと言ってもいいと思います。言わば、意見の違いが強調されることによって、それは政治的な意味を持ってくる。ある主張をしていると、その主張が通らなければ、政治的に負けたのではないか、実質とはだんだんかけ離れて、言わば、例えばいろいろな言葉、とった、とらないという結果になってしまうわけでありまして、その結果、共通の解決策が得られにくい状況になっているとの指摘もあります。
    (中略)
    今回のG20サミットでは、日本は議長として、G20の持つ力を最大限に発揮するためには、各国間の対立を際立たせるのではなくて、共通点、一致点に光を当てていく。粘り強く共通点を見いだすアプローチをしていく。そして、世界をよりよい世界にしていくための結果を出していくということに力を入れました。多くの国々は、このアプローチに賛同していただいたと思っています。同時に、この2日間を通じて、議長国としての責任の大きさを改めて痛感もしたところであります。>

     対立を際立たせるのではなく、共通点、一致点を見出す努力をしていく。非常に地味な仕事で縁の下の力持ちではありますが、とかく対立ばかりが煽られる昨今、こうしたことに汗を流す国というのはあるようでありません。
     今回の首脳宣言も、とにかく出すことが目的化してしまって中身がないと批判されますが、私が取材していて感じたのはむしろ出せて良かったということ。首脳会議開催中、フランスのマクロン大統領が環境に関するパリ協定順守の文言が入らない限り署名をしないという情報がプレスセンター内にも流れ、不穏な空気が漂いました。文言が入る入らないを政治問題化してしまって自縄自縛に陥ってしまう。昨今の首脳会議ではここに陥って会議全体がスタックするというのを嫌というほど見てきました。
     たとえば、去年のG7シャルルボワサミットでは、議長国のカナダ、トルドー首相が自国民へのアピールもあって「反保護主義」の旗印を高く掲げ、アメリカ・トランプ大統領を激怒させました。「本来は調整役である議長がポジションを明確にしてしまったために何の調整もできなくなった」と会議に出席していたメンバーは話してくれました。反保護主義に賛同するドイツのメルケル首相がトルドー首相やマクロン大統領とタッグを組んでトランプ大統領に詰め寄る様がSNSで拡散した、あのG7サミットです。
     あの時にもやはり「存在感が薄い」と批判されていた安倍総理ですが、出席者によればスタックした会議を立て直し、文言を考え、最終的に何とか首脳宣言まで持って行ったのは安倍総理はじめ日本側スタッフだったそうです。
     他にも、アメリカが抜けた後のTPPも日本が汗をかいてTPP11をまとめ上げました。
     今回も、マクロン大統領以前にアメリカが「反保護主義」という文言が入ることに難色を示していました。環境問題もパリ協定から離脱している以上はそんな文言は認められません。
    事務方での調整が難航し、最後の最後は議長声明でも仕方がないというところまで追いつめられた様が、読売新聞に載っていました。


     読者会員限定の記事なので詳細を記すことはできませんが、結局総理がトランプ大統領もマクロン大統領も説得して首脳宣言に漕ぎつけたようです。
     去年のG7、TPP11、そして今回のG20。大国間の狭間にあって我が国として出来ることは、こうした利害調整なのかもしれません。

     毎日新聞によれば、マクロン大統領は「必ずしも満足していない」と漏らしていたそうで、それを根拠に政権批判に結び付ける国内メディアも散見されます。しかし、これもマクロン氏が自分であらかじめポジションを決めてしまったがために起こったこと。あらかじめ立ち位置を決めてかかったために後から自縄自縛に陥るというのは国内外のメディアにも言えること。
     こう書くと、お前は政権に寄り過ぎているとのご批判を受けるわけですが、全否定のポジションを取らない限り政権を批判していることにならないのでしょうか?政策ごと、トピックごと、局面ごとの是々非々というのは許されないのでしょうか?今回のG20において、地味に汗をかいた働きぶりは評価できると私は判断したまでです。

     ちなみに今年のG7の議長国はフランス。マクロン大統領の手腕が問われるところですが、仮にG7でパリ協定に拘れば首脳宣言は出せなくなるかもしれません。8月のG7サミットはお手並み拝見というところです。日本のメディアがどう報じるのかも含めて注目しておきましょう。
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
「飯田浩司そこまで言うか!ONLINE」

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