2017年9月

  • 2017年09月25日

    争点は消費税?

     安倍総理が今月28日の臨時国会冒頭での衆議院解散を表明しました。ここ1週間にわたって吹きわたっていた解散風がこうして帰結したわけです。「解散の大義がない!」といった批判が各方面からなされていますが、それについては先週書きました。
    そこで今週は、選挙の争点について書きたいと思います。新聞各紙やテレビ各局は、消費税の増税についてが争点の第一であるというような報道をしています。

    『衆院選、各党の目玉公約そろう 憲法、消費税使途が争点』(9月22日 共同通信)https://goo.gl/dxMqVj
    <10月の衆院選に向け、主要政党の目玉公約案が22日出そろった。自民党は憲法改正や消費税財源の使途変更による教育無償化を柱に位置付ける。民進党は憲法9条に自衛隊の存在を明記する安倍晋三首相の改憲案に反対し、首相の衆院解散権を制約する改憲を主張する。与野党は憲法や消費税、解散権を巡り応酬を繰り広げそうだ。>

     総理の今日の会見でも、冒頭発言の早い段階で消費税増税を予定通り行うがその使い道を借金の返済ではなく子育て世代への支援や社会保障の安定化に使うよう変更すると言及しました。

    『平成29年9月25日 安倍内閣総理大臣記者会見』(首相官邸HP)https://goo.gl/N4npyY
    <そのツケを未来の世代に回すようなことがあってはならない。人づくり革命を力強く進めていくためには、その安定財源として、再来年(2019年)10月に予定される消費税率10パーセントへの引き上げによる財源を活用しなければならないと、私は判断いたしました。2パーセントの引き上げにより、5兆円強の税収となります。>

     こうした発言もあって、あたかも争点であるかのような報道がされていますが、消費税に関しては与党も、野党第一党の民進党も2019年10月の増税には賛成。
    そのうえ、その使い道に関しても細かいところに違いはあるにせよ、増税分のほぼ全額を社会保障に使うという意味では同じ。共産党など他の野党は消費増税に反対だったり、、消費税そのものを否定してたりと様々な主張がありますが、与党も、野党第一党も同じ主張をしているトピックで議論が盛り上がって選挙の主要な争点となるのは厳しい。総理も会見後テレビ各社の番組に出演した際にも、これを衆院解散の理由として説明していますが、それは本音と建て前というか、実質的な争点にはならないでしょう。

     ただ、これでまたしばらく、消費税増税が財政健全化に資するかのような報道がなされるはずです。毎度おなじみ、増税をすれば財政が健全化して将来不安が解消され、景気が良くなる。増税をまた先送りすれば一時的に景気が良くなるかもしれないが借金が増え、将来にツケが先送りされるといった不思議なロジックが紙面や画面を席巻するわけですね。それと合わせて、総理の言う(民進党も同じことを言っているわけですが)増税分のほとんどを借金返済ではなく支出してしまうと、やはり財政が悪化する!という批判もされるのでしょうが...。その際に、消費増税と財政健全化に関する様々な試算が出てくると思います。たとえば、こんな具合です。

    『消費増税 全額使えば財政悪化 教育などに充当案、先送りより深刻に 民間試算』(9月15日 日本経済新聞)https://goo.gl/tS5gY3
    <2019年10月の消費増税を巡り、予定通りの増税でも3度目の延期でもない「第3の道」が話題になっている。民進党の前原誠司代表は予定通り増税し、増収分すべてを教育や社会保障などに活用する案を提唱した。だが、財政への影響を試算すると、現在の計画より悪化するだけでなく、増税先送りよりも悪くなることが分かった。>

     この記事はウェブ上では途中までしか読めないのですが、その先を読むとやはり試算は仮定のものにすぎないことがよくわかります。すなわち、記事中では<中長期の経済成長率を実質1%弱、名目1%台半ばと仮定すると、>とサラッと書いてあるのですが、この試算は増税をしても景気は悪くならず、一方で増税をスキップしても景気は良くならないという仮定での試算となっているからです。また、名目成長率1%半ば、実質成長率1%弱という仮定だと、その際の物価上昇率はざっくりと0.2%~0.4%ほどということになります。だいたい今足元の数字とほぼ変わらない数字ですが、これは今もって2014年4月の消費税増税の影響を引きずっているのは肌感覚でもわかるものだと思います。

     実際、消費増税前のアベノミクスが財政出動もしっかりして最も成功していた2013年の4月から消費増税直前の2014年3月までの2013年度の物価上昇率は総合で前年度比プラス0.9%。生鮮食品を除く総合では同じく前年度比プラス0.8%でした。
     消費増税をせずに財政出動をしっかりやって景気を下支えすれば、この試算のように実質成長率が1%弱あっても名目成長率は2%ほどになります。名目2%成長をコンスタントに続ければ、ざっくり超簡単な複利計算をすると35~6年あれば名目GDPが2倍になります。債務残高対GDP比がかなり好転するわけですね。
     しかしながら、前述の試算ではそうした経済成長は考慮に入れていません。増税しようともしなくとも、景気は影響を受けない仮定になっているのです。こんな現実離れしている仮定の上で、消費増税の是非や増税したとしてその使い道の変更の是非を議論するのがいかに不安定なものかがお分かりになるのではないでしょうか?

     とはいえ、大方の人が見出しを見て、「ああ、総理の言うことは財政を悪化させるんだなぁ...」と思ってしまいます。くれぐれも、見出しに引っ張られないようご注意ください。
  • 2017年09月18日

    解散の大義って?

     週末に、次の臨時国会での衆議院解散が濃厚になってきました。土曜日に永田町周辺で様々な情報が飛び交って、いわゆる解散風が急に強くなり、翌日の朝刊一面を飾りました。

    『首相、年内解散を検討 与党幹部に伝える 最短で今月末』(9月17日 朝日新聞)https://goo.gl/LXzXQH
    <安倍晋三首相は年内に衆院を解散する検討に入ったと与党幹部に伝えた。28日召集の臨時国会冒頭で踏み切ることも視野に、北朝鮮情勢などを見極めて最終決断する。報道各社の世論調査で内閣支持率が回復基調にある中、民進党は離党騒動で混乱しており、局面打開の好機と判断。衆参各院で3分の2を持つ現在の改憲勢力で憲法改正の発議をめざす戦略から方針転換する。>

     今日の朝刊各紙の一面も解散・総選挙についてで、吹き始めた解散風は強まることこそあれ、やむことはありません。総理は国連総会から帰国後に最終判断と言っていますが、これを額面通りに受け取る人はもはやいない情勢です。

    『安倍首相「衆議院の解散・総選挙は帰国後に判断」』(9月18日 NHK)https://goo.gl/peBkKX
    <安倍総理大臣は18日午後、羽田空港で記者団に対し、「衆議院の解散については、いちいち答えることは差し控えさせていただきたいと思うが、帰国後に判断したいと考えている」と述べ、訪問先のニューヨークから帰国する今週22日以降に、具体的な解散時期を判断する考えを示しました。>

    ということで、総理は解散についてまだ判断をしていないわけですが、すでに各方面から批判されています。目につくのは、このところ解散が言われると必ず言われる"解散の大義"というもの。これがない、あるいは説明がないという類の批判が散見されます。

    『民進 前原代表 "疑惑隠し、敵前逃亡の解散"』(9月18日 NHK)https://goo.gl/2T8VDn
    <民進党の前原代表は東京都内で記者団に対し、「常在戦場のつもりで準備をしたい。ただ、『仕事人内閣』の発足から何の国会議論もしていない。仮に臨時国会の冒頭に解散するのであれば、『森友学園』や『加計学園』の問題から逃げ、答弁する責務から逃れた『疑惑隠し、敵前逃亡の解散だ』と言われてもしかたがない」と批判しました。>

    『小池氏「大義分からない」=衆院の早期解散に』(9月18日 時事通信)https://goo.gl/wgBZLu
    <東京都の小池百合子知事は18日、安倍晋三首相が28日召集予定の臨時国会冒頭にも衆院を解散する意向を固めたことについて、「何を目的になさるのか、大義ということについては分からない。国民に何を問い掛けていくのかが私には分かりにくい」と批判した。都内で記者団に語った。>

     さて、この"解散の大義"というものは一体いつから言われるようになったのでしょうか?万人が納得するような理由がなくては解散できない、そこから、万人が納得する理由のない解散は不当な解散であるというロジックが導き出されるわけですね。今はそのロジックで解散しようとする政権を批判するのが一つの定型のようになっていて、メディアのみならず野党議員がこの解散にコメントするときは慣用句のように「大義がない」となります。
     官邸や中央省庁から時の政権をずっと見てきたある官僚に話を聞いたときに、こんなことを言っていました。
    「今は解散となると野党が批判するけれども、かつては解散と聞くと喜んだものだった。建前とはいえ、野党は、特に野党第一党は次の選挙で与党を打倒して政権を奪取するのが第一目標。政権に挑戦するチャンスが得られるのだから、これを喜ばなくてどうするのか?」
    そして、"大義"については、
    「だから、大義を問うたのは常に与党の議員たちだった。だって、黙っていれば政権を担当し続けられたのに、わざわざ解散するのだから。今はそれがアベコベになっている」
    結局、厳しい言い方をすれば自分たちの選挙への準備のなさを誤魔化すために、「この解散には大義がない」と批判しているに過ぎないのではないでしょうか?

     民進党の前原代表は「疑惑隠し、敵前逃亡の解散だと言われても仕方がない」と批判していますが、今回の解散の判断の一端には、民進党新体制の頼りなさもあったとも言われています。山尾議員の幹事長起用方針から一転して白紙に、そしてその後のスキャンダル。各社の世論調査でも政党支持率が伸び悩んでいます。与党が弱っていても、野党がさらに弱っていれば勝てるのが小選挙区制。敵方の陣立てを見て、与しやすしと思えば打って出て選挙というのも頷けるところです。
     ある政界関係者は、
    「山尾氏のゴタゴタで躓き、落としどころの幹事長は党務をやったことのない人。さらに、選挙対策委員長は自分の選挙しかやったことのない人。それでまともに選挙ができると思うほうがおかしい。」
    と、民進党の新体制のマズさを指摘しました。
     民進党のある議員秘書はため息交じりに、
    「我が陣は1か月前からすでに臨戦態勢を敷いている。だって、(執行部は)戦えない陣容になってしまったからね」
    と話しました。現場はすでに、大義云々を話している場合ではないという雰囲気になっているようです。
  • 2017年09月11日

    小田急線車両火災事故の教訓

     猛火が吹き上がるボクシングジム。その炎が目の前に停車した列車の屋根に燃え移るという衝撃的な映像が、週末のニュースを席巻しました。

    『小田急小田原線の沿線で火事 一時車両に燃え移る』(9月10日 NHK)https://goo.gl/81f389
    <10日夕方、東京・渋谷区の小田急小田原線の沿線にある3階建ての建物から出火し、一時、火が電車の屋根に燃え移りました。乗客は線路を歩いて避難し、警察によりますと、けが人などはなかったということです。>

     今日(11日)までに様々な報道がなされていて、現場でどんなことが起こっていたのかがわかってきました。
     まず、昨日(10日)午後4時ごろ、小田急小田原線の代々木八幡・参宮橋間で沿線火災が発生。通報を受けて現場に駆け付けた消防は、炎の勢いが強いということもあり、線路側からも消火活動したいということで、現場の消防から警察に要請。警察は付近の踏切にある列車非常停止装置を作動させ、現場付近での列車の往来を停止させ、安全に消火活動ができるように措置しました。
     しかし、そこに問題が生じました。折悪く、その時、小田急小田原線の各駅停車新宿行き(8両編成)がちょうど現場付近を通りかかり、現場の目の前で非常停止してしまったのです。炎の勢いは強く、列車の前から2両目の屋根に燃え移りました。火災を確認した運転士は列車の移動を試みますが、現場消防士は一刻も早く列車を停止させ、乗客を避難させるべきだと判断。列車は直後に停車し、乗客避難を開始。およそ30分後に全員の避難が完了したということでした。

     ここで大方が疑問に思うのが、どうして火災現場の目の前に列車が停止したのかということ。緊急停止といっても、現場を通り過ぎてから止まればいいではないか!という意見が出ても仕方がないところです。
     しかしながら、これはシステム上非常に難しい。一度止まらねばならないのです。というのは、今回非常停止ボタンが押されたのが、新宿行きの列車からすると現場の先の踏切でした。通常、踏切の非常停止ボタンは踏切上で何か問題が起きた時に押されるもので、その際の列車の適切な運行は踏切に進入せずに止まること。そもそも、非常停止ボタンが押されると、非常ブレーキが作動し、ほぼ自動的に列車が止まります。今回も、そのシステムに従って列車が停止したのでした。

     有事の際にはまず列車を止めろということが、今の鉄道マンには叩き込まれています。かつて、軽微な脱線事故の後に、後続列車を止めることができずに大惨事を招いた例は枚挙にいとまがありません。悪名高い三河島事故や鶴見事故といった多重鉄道事故は、まず脱線した列車に後続列車が停止できずに突っ込み大惨事を招きました。その後、列車自動停止装置(ATS)が整備され、異常が発報された場合には付近を通過する列車は即座に停止するようなシステムが構築されました。

     一方、列車が火災になっているのにどうしてそこにずっととどまったのか?もっと早く、炎が燃え移る前に移動できなかったのか?という疑問もあります。これに対しては、結論から言えば運転士は精一杯仕事をしたのではないかと私は思います。前述のとおり、運転士としては踏切で何らかの異常があったことを真っ先に疑いますので、その分時間がかかったようです。

    『現場に8分、延焼招く=緊急停止、運行再開で―小田急線火災・警視庁』(9月11日 時事通信)https://goo.gl/g5S6cU
    <運転士は当初、踏切に異常があったと思い、降車して確認に向かったところ、近くの建物から火が出ていることに気付いた。急いで安全な場所に電車を動かそうとしたが、非常ボタンを解除し、司令所から運転再開の許可を得るまでに約8分を要した。
     この間に建物から2両目の屋根に火が燃え移ったが、電車は火が付いたまま前進。消防隊員の指摘で初めて屋根が燃えていることを知り、約120メートル進んだところで再び止めて乗客を避難させたという。
     小田急電鉄は「安全確認の必要もあり、この程度の時間は必要だ」としている。>

     非常停止ボタンが押されて付近の列車の走行が止められている場合、列車を動かすには運行指令の許可が必要です。そして、許可された場合も、徐行で注意しながらの走行になります。一旦停止した後に動き出した際にも、遅いじゃないか!こんな非常時に徐行しているな!といった批判もあるのですが、これも元々の規定通りの行動であったわけです。

     ということで、既存の安全装置は設計通りに作動したのに、乗客がリスクにさらされ、車両の屋根の部分に火災が燃え移ってしまいました。これは何とかしなくてはいけません。火災の際にどうすべきなのか?そして、マニュアルをどこまで尊重するべきなのか?
     鉄道火災でマニュアルを無視し、結果的に乗客の命を救った例としては、特急日本海の北陸トンネル火災があります。1969年(昭和44年)、13キロ以上に及ぶ長大な北陸トンネルを通過中の特急日本海で火災が発生しました。当時の国鉄のマニュアルではトンネル火災の際は速やかに現場で停止すべしとなっていましたが、乗員の咄嗟の判断で火災車両を連れたままトンネルを脱出。その後火災を処置したため、けが人を出さずに済みました。
     一方、その後1972年(昭和47年)11月6日、同じように食堂車から出火した急行きたぐにはマニュアル通りにトンネル内で停止しました。ところが、老朽化した車両で燃えやすかったということもあり、延焼。死者30名を出す大惨事となりました。死因の多くは一酸化炭素中毒。マニュアルに従ってトンネル内で停止したことで、煙に巻かれ惨事が拡大してしまったわけです。

     今回の小田急線の事案に照らせば、最善は非常停止システムに抗ってでも列車を通過させてしまえばよかったわけですが、システム上それはできません。非常ブレーキが自動で作動し、列車は停止してしまうわけですから。特急日本海の事例のようなマニュアル無視は初めから無理なわけです。そういった例外を許すと、例えば踏切で立ち往生した車両があったときに列車が冒進してしまってかえってリスクが高まります。
     ということで、現場の人員の判断に頼るのではなく、システムをどう改善するのかに焦点は絞られます。
     次善の策としては、沿線火災の際は今回のように踏切の非常停止ボタンを押すのではなく警察・消防と鉄道会社が連絡を取って列車の往来を停止させる仕組みを構築することが求められます。列車を止めて消火活動の支障にならないようにすれば目的は達成されるわけですから。問題は、警察・消防と各鉄道会社との間に一つ一つホットラインを構築する必要があるわけで、時間がかかりそうなことでしょうか。
     あるいは、現場の警察や消防に、左右を見て列車がいないことを確認してから非常停止ボタンを押すように訓練することも代替策でしょう。ただ、一刻を争う火災の時にそうした冷静な判断ができるかが疑問です。システムを改善するのに、そのキモの部分を属人的にしてしまうのは不安が残ります。
     また、列車にも無線送受信機を積んでいますから、緊急の際に共通周波数帯の緊急チャンネルを設定することも考えられるかもしれません。ただし、これは列車の運行を指示する主体が火災現場の対策本部と運行指令の2系統になるので、それはそれで問題が生じる可能性があります。
     ここまで検討してきて可能性が高いのは、警察・消防と鉄道会社のホットライン構築でしょうか?いずれにせよ、今回の事案は既存の安全装置の盲点を突いた事故。警察・消防・鉄道の早急な対応を期待します。
  • 2017年09月07日

    危急の邦人保護議論

     今年に入ってから、このブログでは何度か朝鮮半島情勢に絡んで在留邦人の保護について書いてきました。有事が起こる、あるいは起こりそうになった時に、いかにして非戦闘員の邦人を安全・確実に朝鮮半島から離脱させるかという話です。

    『安全への退避』(3月22日)http://www.1242.com/blog/iida/2017/03/22214125.html
    『果たして受け止めきれるのか...?』(3月27日)http://www.1242.com/blog/iida/2017/03/27222616.html
    『国民保護のあり方について』(6月12日)http://www.1242.com/blog/iida/2017/06/12215508.html

     8月末の弾道ミサイル発射に続き、9月3日日曜日には6度目の核実験を行った北朝鮮。継ぎ早に緊張を高めてきていて、危機の度合いは深まるばかり。朝鮮半島からの邦人退避を議論する必要性は、時を追うごとに高まっています。核実験直後の日本経済新聞紙面には、政府も対応策を練っていることが報じられました。

    『在韓邦人保護、備え急ぐ 政府、退避所を確保』(9月5日 日本経済新聞)https://goo.gl/w2eAZk
    <日本政府は4日、北朝鮮の核実験で朝鮮半島情勢が緊迫化していることを受け、6万人近い在韓邦人の退避を想定した議論を加速させる。邦人が自助努力で民間の航空機などにより退避してもらうのが基本方針だが、万が一に備え、韓国政府や米軍との協議を急ぐ。日本政府関係者によると現時点で韓国内の退避所を邦人が使用することについて調整がついた。>

     有事が差し迫った際に一体どのように政府が動くのか、出来ることと出来ないことは何なのか、かなり突っ込んだ記事になっています。私個人としては政府ができないことが多すぎるようにも思いますが、それも含めてこれから大いに議論すればいいと思っていました。実際、この記事は英語版のthe Nikkei Asian Reviewにも掲載され、海外では大きな反響をもって受け止められています。この記事を引いて、世界の有力メディアも記事を書きました。

    『「日本が在韓邦人の大規模退避を検討」と中国メディア、中国ネットの反応は?』(9月5日 Record China)https://goo.gl/ubtZHB

    『Japan is reportedly drafting a plan to get its citizens out of South Korea』(現地時間9月4日 CNBC)https://goo.gl/Egi46B

     海外でもこれだけの反響があったので国内でも議論になることを期待しましたが、これの後を追うような記事もなく、残念ながら野党議員の不倫疑惑の陰に隠れてしまいました。海外メディアがこれだけ反応したというのは、それだけ危機感をもって朝鮮半島情勢を見つめている証拠であり、ようやく日本も動いた!ということにニューズバリューを見出したということに他なりません。何かが起こる前に備えておく重要性は古今東西を問いません。なぜ、当事者であるこの国でだけ議論にならないのか、非常に危機感を覚えます。

     上記日経の記事にもありますが、残念ながら基本的に韓国にいる邦人は自助努力で民航機に乗って避難する以外に方法がありません。これだけ近いんだから、いざとなったらいくらでもチャーター機を飛ばして避難が可能だというのは平時の話にすぎません。有事になれば空港は閉鎖されて、避難所への退避、あるいは徒歩で南下し船での避難という方法になるので、その前までに大部分の邦人を脱出させる必要があります。では、北朝鮮が空域封鎖や攻撃を予告するといった"準有事"となったらどうでしょう。このタイミングが最も想定される避難タイミングで、一刻も早く避難しなければいけませんが、チャーター機をバンバン飛ばすことが可能なのか?現地側の受け入れ態勢の問題以前に、日本から航空機を飛ばす場合、だれが運用するのか?という問題もあります。
     ある航空関係者にこうしたときのシミュレーションを聞いたことがあるのですが、
    「そうしたリスクのあるフライトになったら、おそらく労働組合はノーと言うでしょう。そうなれば、会社としても無理強いすることはできません。ストの時と同様、管理職によるフライトとなるわけですが、それもどれだけの志願者が集まるか...。こればかりは聞いてみなければわかりません」
    と話していました。

     民航機がダメなら政府専用機があるではないか!という意見もあります。今運用している政府専用機は、ボーイング747-400、ジャンボジェットを元にしています。見た目はジャンボジェットですから旅客機そのものですが、操縦しているのは航空自衛官で、機体の所属も航空自衛隊。したがって、基本的にはこの政府専用機の運用も韓国内における自衛隊の活動の中に括られますから、事前の韓国政府の許可が必要になるわけですね。憲法の上に"国民情緒法"があると言われているこの国で、しかもこの情緒に常に寄り添う姿勢を示している大統領の元で許可が下りるのか...。客観的に考えて、難しいと思わざるを得ません。

     では、海外の民航機を使えば?という声もあります。これは、過去にこのブログでも引いたイラン・イラク戦争でのテヘラン封鎖の事例が非常に参考になります。あの時は最終的にトルコ航空機が在留邦人を救ってくれたわけですが、そこに至るまでに幾多の国や航空会社に断られ、その間にそれだけ状況が急速に悪化していったか。迅速、確実に邦人の避難を行うには、他人に頼っていてはいけないのです。まさに、これこそ日本国の"自助努力"が求められているのです。
     豪雨や地震などの自然災害の時にはあれだけ「不要不急の外出を避けて!」「早めの避難を!」と呼びかける我が国のメディアです。今こそ同じことを言うべきタイミングなのではないでしょうか?
書籍
プロフィール

飯田浩司(いいだ・こうじ)

1981年12月5日生まれ。
神奈川県横須賀市出身。O型。
2004年、横浜国立大学経営学部国際経営学科卒業。
現在、ニッポン放送アナウンサー。
ニュース番組のパーソナリティとして政治経済から国際問題まで取材活動を行い、ラジオでは「議論は戦わせるものではなく、深めるもの」をモットーに情報発信をしている。
趣味は野球観戦(阪神タイガースファン)、鉄道・飛行機鑑賞、競馬、読書。

■出演番組
≪現在≫
「飯田浩司のOK!COZY UP!」

≪過去≫
「ザ・ボイス そこまで言うか」
「辛坊治郎ズーム そこまで言うか」

■Twitter
「飯田浩司そこまで言うか!」

■会員制ファンクラブ(CAMPFIREファンクラブ)
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