7月9日(月)

『秋田県警察本部の受付に飾られる花』

秋田県秋田市の中心部、県庁や市庁舎が建つ官庁街の
一角に、秋田県・警察本部があります。
「第二庁舎」と名付けられた、出来て3年の新しい建物の
受付には「ペットボトルに飾られた花」が置かれています。
この花、決して「華道の心得」がある人が生けたような、
お金のかかったものではありません。
でも、ちゃんと、枯れそうになると新しい花が生けられ、
警察本部を訪れる人の心を、ホッとなごませていると
いいます。

生けているのは、受け付けの席に座って業務を行っている
木元次男さんです。現在64歳。県の非常勤職員として
今年の2月から今の仕事をしているそうです。
実は木元さん、もともとは警察官でした。
身長は165センチと「大きい」というほどは
ありませんが、体重は100キロを超えるという
ガッチリした体格。学生時代から柔道が得意で、その柔道を
生かせる仕事として、高校を卒業後、警察官への道を選んだ
のだといいます。そして勤続42年。退職後…現在の仕事に
就いたというわけです。

そんな木元さんがなぜ「花」を生けているのか?
木本さんは農業高校の出身で、そこで「花を育てる楽しさ」
を知ったのです。そして、給料の中から少しづつ出して、
花の種や球根を買い足し、自宅の庭に蒔いて植えて、
育ててきました。
今では…30種類以上の花々が競うように咲いていると
いいます。自分が趣味で育てているこの花を、毎回、
朝切って持ってきては、県警本部の受付に生けているの
です。でも木元さんはいいます。
『趣味は趣味。警察官の仕事は仕事。花を職場にだなんてまったく考えてもいなかった。』
ところが…その「花」が、警察の仕事に大きく生かせる、
思いもしない「出来事」があったのです。

その「出来事」は、今から12年ほど前に起きました。
当時まだ現役の警察官だった木元さんは、大曲警察署管内に
あった「駐在所」に赴任することになりました。
「駐在所」は、街の交番と同じようなものですが、建物は、
警察官やその家族が住む家も兼ねています。より地域に
密着して、警察業務が行えるようにと考えられた日本独自の
システムです。よく「村の駐在さん」と、周辺の住民が
親しみを込めて呼ぶのを聞きますが、あの「駐在さん」を
つとめることになったのです。

しかし…立ち寄る人は…ほとんど居ませんでした。それも
そのはずです。秋田県の内陸部に位置する駐在所のあった
地域は、県内でも高齢化と過疎が、とりわけ進んだところ
で、ひとり暮らしの高齢者は家に引きこもりがち…
ましてや…用もない、「新任の駐在さん」に声を掛ける
なんてことが出来ないでいたのです。
このままでは、自分がここにいる価値がない。
木元さんは悩み、考えました。どんなことでもいい、
気軽に声をかけ、相談をしてくれるような立場になれない
ものか。思いを巡らし、たどり着いたのが…庭に咲く
「花」でした。
手塩にかけて育てている花の中には、この辺りではあまり
見かけない花もあり、これを飾れば通り過ぎずに足を止めて
くれるのではないか?そう、考えたのです。
次の日から即、実行に移しました。
最初に飾ったのは「カサブランカ」という品種の、白くて
大きな、「華やかな顔」のユリでした。
ここから、少しづつ住民が変わっていきます。木元さんが
飾り続ける「花」に目を凝らし、ガラスの向こう側から
見つめる住民の姿が目立つようになったのです。
そんなとき…木元さんは迷わず声をかけ中に招き入れると、
花の説明をしました。名前やその由来、育て方…お年寄り
たちは、笑顔を見せて、「うん、うん」とうなずいてくれた
といいます。
やがて…秋田の山間に生まれた「花の駐在さん」は、
地域住民の多くが知るところとなって、親しむ場所となっていったのです。
「警察」という殺風景で、ちょっと怖い場所…
それを「花」の持つ力が変えてくれたというわけです。
この経験が、今の秋田県・警察本部の受付にも生きている
のです。
でも木元さんには、少しだけ悩んでいることがあるよう
です。こんな話をしてくれました。
『私は見たとおりの体格でしょ。花とは無縁に見えるよう
でね、花を見ていうんですよ。奥さんが良い趣味を持ってて
幸せねって』