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| 7月 7日 |
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| ■1996年〜アトランタ五輪・マイアミの奇跡〜■ |
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1996年の主な出来事
●村山首相退陣で、自社さ連立の橋本龍太郎政権が誕生
●O−157による集団食中毒。カイワレに風評被害
1996年のスポーツ
*アトランタ五輪 有森裕子が二大会連続メダル
*野茂投手がノーヒットノーラン
*伊達公子がフェドカップで世界1位のグラフを破る
*その伊達公子が9月に引退
1996年、忘れられないシーンの一つが「マイアミの奇跡」だ。
アトランタで28年ぶりのオリンピック出場を果たしたサッカー日本代表が
初めてブラジル代表をやぶった。
二宮氏はニッポン放送のメジャーリーグ中継でアメリカに滞在中だった。
野茂投手の試合を解説するためにロサンゼルスにいたが、
ちょうど日程が空いたのでロスからフロリダに飛び、
7月22日、マイアミのオレンジボウルで日本対ブラジルを観戦した。
あの試合はなんといってもGK川口だろう。
ロナウド、ベベト、ロベルト・カルロス、ジュニーニョ・パウリスタら
セレソンの決定的なシュートを、神懸ったセーブで何度も防いだ。
最近のメディアはGKなら誰でも「守護神」と呼ぶが、
本来サッカーにおける「守護神」という比喩は、この日の川口くらいの
活躍をみて、初めて使いたい言葉だろう。
後半、日本の決勝点。
日本のロングフィードに対応したブラジルのDFとGKが衝突。
後逸したボールは、坂道を転がるようにコロコロとゴールに向かう。
「もっと転がれ〜」と思っていたら、伊東輝悦選手が押しこんだ。
ボール支配率は7対3くらいだったろう。日本はワンチャンスをものにした。
ブラジル代表にオーバーエイジで入っていたベベトはアメリカ・ワールド
カップでロマーリオとともに得点源となった優勝メンバーである。
そんな本気のブラジルをやぶったアップセットであった。
二宮氏曰く「とにかく暑かった。スタンドはディスコのようだった。
ブラジルの女性がコーラをもってパラパラダンスを踊っていた。
サンバの流れるようなリズムに乗ったパラパラダンス。一方、日本の
ファンも応援歌を歌いながら身体を動かしているが盆踊りのようだ。
《やはり天性のリズム感が違う。日本はブラジルに勝てない》と思った。
試合が進むうち、日本の盆踊りのようなパラパラもそろってきた。
一体感が生まれてきた。ピッチでは日本が1点をとって勝った。
違うパラパラを見たと思った。組織力や統率力で個人技を撃破した」
盆踊りがサンバをやぶったという「マイアミの奇跡」であった。
このあと日本はナイジェリアに0-2で敗れ、ハンガリーに3-2で勝つも、
ナイジェリア、ブラジルに得失点差で及ばずグループ敗退。
残酷な結果ではあったが、このときの選手が経験を積んで
98年のワールドカップ出場に結びついた。
そして「大舞台でのGK川口」が神話になった試合でもあった。
川口が光るということは日本が劣勢に立つ試合ではあるのだが。
メキシコの銅メダル以降、成果を上げていない五輪サッカーだが、
今度の北京ではメキシコを、アトランタを超えるくらいの頑張りを期待したい。
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