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12月 9日 |
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北京オリンピック『馬術』代表・佐藤英賢(さとう・えいけん)選手登場 |
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今週は『馬術』を取り上げます。
今年の6月にドイツのバルフェで、
「北京オリンピック 東南アジア・オセアニア地域予選」が開催されました。
この大会に出場した「佐藤英賢(さとう・えいけん)選手」が、
見事に「障害飛越・個人」で1位となり、
北京オリンピックへの切符を手にしました。
ちなみに「障害飛越」とは――。
馬場内に設置された障害コースを規定の時間内で走行し、
ゴールを目指す競技です。
途中でバーを落としたり、馬が飛ばなかったりした場合は、
減点されてしまいます。
実は佐藤英賢選手は、高校卒業後、拠点をベルギーに移して、
試合を行なっています。
今週はそんな佐藤英賢選手と国際電話をつないで、
お話を伺ってみたいと思います。
山本:こんにちは。よろしくお願いします。
佐藤:お願いします。
山本:佐藤選手のお名前は英賢(えいけん)≠ウんとおっしゃるんですね?
佐藤:はい。お寺の息子なんです。
山本:お寺の息子さんなんですか?
お寺の息子さんが、どうして馬術という競技をするようになったんですか?
佐藤:父が自分で『明松寺(みょうしょうじ)馬事公苑』という施設を作ったんです。
山本:お父さんも馬術に関係のある方だったんですか?
佐藤:はい。父はモスクワオリンピックに行く予定だったんですけどね。
山本:モスクワオリンピックの代表選手だったんですか。
佐藤:そうですね。
山本:だったら息子さんに、その夢を託したくもなりますよね。
佐藤:はい。(笑)
※(インタビュー中に馬の蹄の音がパカパカと聞こえてくる)
山本:佐藤選手は今年6月のアジア・オセアニア地域予選で1位になったんですよね?
佐藤:そうですね。
山本:北京オリンピックの代表も決まりました。
佐藤:はい。
山本:おめでとうございます。
佐藤:ありがとうございます。
山本:先ほど、後ろで蹄の音が聞こえたんですが…。
佐藤:今、厩舎のすぐ横にいるんで。
山本:あ、それで「パッカパッカ」と聞こえたんですね。
佐藤:はい。(笑)
山本:佐藤選手はベルギーに渡ってどれくらい経ちましたか?
佐藤:3年くらいですね。
山本:今おいくつでしたっけ?
佐藤:21歳です。
山本:18歳から行ってるんですか。
佐藤:本格的に世界を見たいと思いまして。
山本:なるほど。
日本にいた頃はお父さんがコーチをされていたと思いますが、
やりやすかった時とやりにくかった時っていうのもありますよね?
佐藤:やりにくいと思ったことはあまりないですけど、
親子ですから、時には口調が強くなることもありますよね。
山本:馬術をしていて、めげそうになったことはないですか?
佐藤:ありますね。スランプもありますしね。
まぁ、めげても仕方がないんですけど、気がつけば馬の上に乗ってますし。
山本:メンタルの部分も鍛えていかないといけない競技なんですね。
佐藤:そうだと思いますね。
山本:お話が前後してしまいますが、
障害飛越では、いくつの障害を飛び越すんですか?
佐藤:15〜16ですね。
山本:全部が同じ高さではないですよね。
佐藤:80cmくらいもあれば、165cmくらいの高さもあります。
その障害をミスなく飛んで、帰って来るのがベストですね。
山本:タイムも大事なんですよね。
佐藤:種目によって違いますけど、タイムは一番大事ですね。
山本:いろいろとお話を伺ってきましたが、
最後に佐藤選手の北京へ向けて意気込みをお願いします。
佐藤:はい。北京オリンピックなんですが、乗馬は香港で行なわれるんです。
競馬のように盛んになって、もっとたくさんの方に観てもらえると良いですね。
山本:体調を崩さないように頑張って下さい。
佐藤:はい。ありがとうございます。
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