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【エリック・ワイナイナ】マラソン・アトランタオリンピック銅、シドニーオリンピック銀メダリスト (2009年11月2日〜2009年11月6日オンエア)


毎週様々なアスリートをゲストにお迎えしてお送りしているスポーツリアルトーク。
この番組ホームページでは放送では触れることができなかった部分も含め、
インタビューの内容をお伝えしていきます。
先週のゲストは、マラソンのエリック・ワイナイナさんです。
ケニア出身で来日生活15年。2度のオリンピックでメダルを獲得したワイナイナさんにたっぷりお話をお伺いしました。


【エリック・ワイナイナ】
ケニア出身、1973年生まれ。
1993年にケニアから来日しコニカミノルタに入社。
翌1994年に北海道マラソンで初マラソン初優勝を達成。
1996年のアトランタオリンピックではケニア代表として銅メダルを獲得。
2000年のシドニーオリンピックでは銀メダル。
2004年のアテネオリンピックでは7位入賞。
マラソンでオリンピック2大会連続メダル、3大会連続入賞の偉業を達成。





【マラソンとの出会いは?】
高校の時陸上を始めました。スポーツは大好きなのですが何をやりたいかよくわからなかったんですが走ることを選びました。
実は中学の頃はサッカーをやっていて走ることは好きではなかったんです。しかし学校へは片道10kmあり、そこを毎日走ったり歩いたりして学校へ行っていました。
高校では学校の中では一番早かったんです。主に1万メートルや5千メートルを3千メートル障害をやっていて、マラソンは日本に来てからやりたくなったんです。
日本へはスカウトされて来たんですが、それまで日本はどういうところか全然わからなかったんです、なので「サムライがいるんじゃないか?」と思っていました(笑)
日本は当時オリンピックなどでマラソンの強豪国でしたので「なんで日本はマラソンが強いのだろう?」というイメージは持っていました。
そして日本に来てからは「42.195キロはどんなものなんだろう?一度走ってみたいな」と思っていましたね。


【最大の挑戦は?】
マラソンに挑戦したことです。「42.195キロ走る事はどういうことかな?」「走っている間はどんな気持ちなんだろう?」と思いチャレンジしました。
それで自分は「チャレンジしたい!」と何回も何回もお願いしたのですが、監督から「お前はまだ若いからマラソンは難しい」と言われ続けました。
しかし、何度もお願いして監督と
「40キロ走の練習ができたら北海道マラソンに出してやる」と約束して、走り切り出場することができました。でしたので練習はその一度しかできなかったんです。
レース前は優勝とかより、とにかくゴールをすることを目標に走っていたのですが、スタートしたら楽しくて、気持ちよくて、
そのままマラソンで初優勝、それまでずっと「走りたい」という気持ちがすごくあったのでその気持ちがすごく大切だったんだと思います。
 〜マラソンのレース中はどんな事を考えているのですか?
大好きな食べ物とか飲み物を冷蔵庫に入れておいて「これが終わったら食べたい、飲みたい」という事をイメージして、苦しい時を我慢しています(笑)


【最大の壁・挫折は?】
1998年の12月に福岡国際マラソンに出場したのですが、走っていて23キロ過ぎに足が急に痛み出したんです、そしてそれから1年近く走れなかったことですね。
股関節のところが痛んで、走ることも、歩くこともできなくて。いろんな病院に行きレントゲンを撮ってもらったのですが診断結果は悪くないと出るんですが、でも痛いんです、本当に原因がわからなくて・・・
でも自分は「ネバーギブアップ」という言葉を胸に、自転車での練習しかできなかったので自転車でのトレーニングや水泳のトレーニングをしました。自転車は1日100キロぐらい八王子から羽田まで行ったことがありますよ。
それで1999年には治り、次の年2000年のオリンピックにぎりぎりに間に合い出場することができ、銀メダルを獲ることができました。
何かにチャレンジをする時にいろんな壁が出て来るときがあるとおもいます。しかし、そこであきらめずにそれを乗り越えると楽しいことがあるんです、ネバーギブアップあきらめちゃいけないんです。


【チャレンジソングは?】
小田和正さんの言葉にできないです。
日本に来てすぐ位にたまたま耳にした曲なんですが、最初は歌詞の意味はそんなにわからなかったのですがメロディや歌声がなんかいいな、と思ったんです。
そしてだんだんと「言葉にできない」「出会えてよかった」という言葉は私に向いている、と感じて、言葉も勉強しないといけないなと思うようになり何度も何度も聞きました。
ライブにも一度行ったことがあり、生で聞いたらもっともっと感動して涙が出ました。
 〜プライベートのことも伺いたいのですが、ケニアにはどのぐらいのペースで帰られているのですか?
1年に1回か2回くらい帰っています、向こうへ行っても旅行へ行ってるみたいな感じになってしまうんですよ。
向こうに行くと日本のものが食べたくなってしまって、それを言うと笑われてしまいます。
 〜ブログもやられているんですよね?
ローマ字で書いてやっています。色んな人とコミュニケーションをとって励まし合って仲良くなれますし、とても楽しいですね。

http://eric.aspota.jp/


【将来の目標は?】
今までオリンピックに三回行っています。それでも自分の中でまだ満足できていない部分もあるので、次のオリンピック2012年のロンドンオリンピックにチャレンジしていきたいと思っています。
その年でちょうど38才、最後のチャレンジかな?と思っています。今のところ銀と銅は手にしているので、最後で金メダルを取って全てのメダルがそろえばいいかな、と思います。
ケニアのナイロビでのマラソンも走ってみたいですね、アフリカと入ってもナイロビはそこまで暑くはないので一回は走ってみたいという興味があります。
後は日本の子供、そしてケニアの子供達それぞれにマラソンはこうだよ、と言う事を教えてあげたいですね
他に興味があるのはスキーマラソンです、実は今年札幌スキーマラソンと言うレースがあり遊びで3kmだけやってみたんです。
それがすごく楽しかったので、来年はもうちょっと長い距離はしてみたいな、と思っているんです。





インタビューを終えて
175センチの身長にマラソン選手らしい、細い身体。そして、驚くほど流暢な日本語!美しい肌の色は確かにケニアの方だけれど、声だけ聞いたらまったくの日本人!19歳まで日本語はおろか、日本さえ良く知らなかったとは思えないほど。

聞けば、小田和正さんのライブで感動し、ケニアに帰ると日本食、それも梅干しが恋しくなる!なんて。

そんなケニアと日本の両方が大好きなワイナイナ選手は、オリンピック2大会連続メダル(3大会連続入賞)という快挙!母国ケニアはもちろん、日本にも嬉しい結果を出しています。

銅、銀とあるので、残るは金メダル…とおしゃっていたワイナイナ選手。”大好きな”走ることでもう一度、夢の舞台で二つの国をつないでほしいと思います。
(政井マヤ)




政井マヤ
パーソナリティ:
政井マヤ
メキシコ生まれの元フジテレビアナウンサー。フジテレビ時代には、スーパーニュース、ワッツ!?ニッポンなど情報番組を主に担当。2007年3月に俳優の前川泰之さんと 結婚、女児を出産。2008年からスポーツリアルトークのパーソナリティを務めている。
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