ホーム転落事故レポート【報道部・畑中記者】2016年12月24日14時30分放送

「第41回ラジオ・チャリティ・ミュージックソン」(2016年12月24日14時20分放送)にて、報道部・畑中記者による「ホーム転落事故レポート」が放送されました。再録します。


「これまでに2回線路に落ちた。うち1回は半年ぐらい入院する大けがだった」

「3回落ちたことがある。電車の音が聞こえてきた時は“どうなっちゃうんだろう?”と…でも駅員の方が助けてくれた。リュックサックを背負っていたので幸いすり傷と打撲で済んだ」…視覚障害者の体験談である。

 

今年8月、東京メトロ銀座線の青山一丁目駅で盲導犬を連れた男性がホームから線路に転落し、死亡する事故が起きた。現場に行ってみると、この駅はホームの幅がわずか3mほど、その狭さから点字ブロックが支柱で遮られてしまうゾーンもある。さらに地下鉄特有の現象として、電車の反響音が大きいため、音だけではどちらから来ている車両なのか判別しにくく、障害者の方向感覚を奪う…事故の原因は特定されていないものの、視覚障害者にとっては厳しい環境が重なっていたことは間違いない。

東京メトロ銀座線の青山一丁目駅 ホームは狭く、奥に支柱で遮られた点字ブロックが見える

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ホームからの転落事故は後を絶たない。国土交通省(以下 国交省)によると、全国の事故の発生件数は2015年度が3581件で、5年前の約1.5倍。そのうち視覚障害者による事故は2015年度だけで94件に上る。さらに日本盲人会連合(以下 日盲連)のアンケートでは、視覚障害者の「ほぼ5人に2人」がホームからの転落経験があるというデータもある。まさに冒頭の証言を裏付ける数字だ。今年起きた事故は「氷山の一角」と言っても過言ではないのだ。

こうした悲しい事故を少なくするためにはどうすればよいのか?まず視覚障害者が口を揃えるのは可動柵、ホームドアの設置だ。ホームドアのない駅は「欄干のない橋」と例えられる。その整備は障害者の切なる願いだ。日盲連のアンケートでは半数以上が鉄道会社への要望として「ホームドアの設置」を挙げている。「ホームドアがある所では安心感が全然違う」と話す。

しかしその設置状況はお世辞にも十分とは言いがたい。国交省などによると、2016年3月末現在でホームドアが設置されている駅は全国で665駅。1日10万人以上利用する大規模な駅に限ると、260駅のうち82駅で設置率は3割あまり。国交省では2020年度までに約800駅の設置を目標としているが、設置がなかなか進まない事情もあるようだ。

一つはやはりコスト。駅の構造によってまちまちだが、1つのホームに数億~十数億円の費用がかかると言われる。例えば都営地下鉄では2019年度までに新宿線21駅すべてにホームドアを設置する計画だが、その事業費は約140億円となっている。

また、ドアの重量は意外に重い。東京メトロによると、ひと扉分は約500㎏。ひと駅全部に設置すればトン単位の重さである。ホームの幅や強度などを考えると補強工事を必要とする駅も多い。運行に支障が出ないよう工事を進めることも悩みの種だ。

さらに、首都圏では各線が相互乗り入れしている鉄道が多く、車両の規格、扉の数などが統一されていないために、設置の障壁になっているという。

今年事故のあった東京メトロでは設置率は2015年度までで47%。全国的にみれば整備は進んでいる方だが、それでも半分に満たない。最初にホームドアを設置したのは南北線で1991年のこと、あれから25年…四半世紀を経てようやく半分が設置できたというわけだ。具体的には開業が新しい南北線、副都心線や相互乗り入れのない丸ノ内線は全駅で設置されているが、小田急線やJR線と乗り入れる千代田線、東急線と乗り入れる半蔵門線、開業の古い銀座線などは一部にとどまり、設置が進んでいないのが現状だ。今回の事故以降、東京メトロでは設置の前倒しを進めており、事故のあった青山一丁目駅は来年2017年12月にホームドアを設置するのをはじめ、東京オリンピック・パラリンピックが開催される2020年末までに設置率を74%、2022年度までに87%とすべく準備を進めているという。

東京メトロ丸ノ内線のホームドア

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東京メトロ有楽町線のホームドア 電車の状況がわかるよう、シースルータイプになっている

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またJR東日本では山手線で2010年からホームドアの整備を進め、29駅中24駅の設置を完了した。今後、京浜東北・根岸線の整備を進めていくという。さらにメーカーでも違う車両規格に対応できるホームドア、軽量のホームドアなどが開発されつつある。

とは言え、上記の理由から、ホームドアの整備には相当な時間がかかるとみていい。となると、そのほかの方法でカバーしていくことも必要だ。視覚障害者の団体では様々な対策を提言している。その一つが「音による情報の確保」だ。障害者は「どの位置で降りるといいのか?」「改札がいくつあるのか?」「階段がどこにあるのか?」という情報が欲しい。エスカレーターで「●●方向です」と知らせる音声案内、鳥の声による誘導、トイレの音声案内…一部の駅ではすでに実施されているが、これもまだまだだ。

東京メトロで設置されているトイレの音声案内(右上がスピーカー)

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一方、忘れてはならないのはこうした「ハード」の面だけではなく、「ソフト」面の対策だ。事故防止にどれだけ人が介在すべきか?それは「車の両輪」と言ってもいい重要な点だ。首都圏の鉄道各社が先月から行っているのは「声掛け・サポート運動」。「何かお困りですか?」「盲導犬を連れた方、止まって下さい」…このような声掛けを一般客にも呼びかけている。ちなみに声掛けをする時は「白杖の方、何かお手伝いしましょうか」などと、障害者が自分のことを言われているとわかるような呼びかけが望ましい。逆に黙っていきなり障害者の腕や白杖、盲導犬のハーネスをつかむことは絶対してはならない。

駅にはポスターを掲示し、一般の声掛けを呼びかけている

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障害者の方々は確かにこうした声掛けはありがたいと話す。しかし、“プロ”でない一般の客にこうしたことを強いるのはかえって心苦しいと感じる人もいる。むしろ必要なのは“プロ”である駅員を増やすことだと言う。確かに無人改札機などの普及で昔に比べて駅員は少なくなった。鉄道会社もそれを認める。改札でカチャカチャ言わせながら切符に鋏を入れる“職人気質”の駅員も今は昔。こうした“プロ”が駅に一人でもいることで、障害者の安心感は格段に増す。東京メトロも10月から転落事故が起きやすい駅、ホームドアがなく混雑の激しい駅、カーブで見通しの悪い駅には専門の駅員、警備員を拡充したという。また京王電鉄では今月、駅員らを対象にした障害者への案内に関する講習会も実施された。

京王電鉄障害者案内実習 府中競馬正門前駅で実際に障害者の案内や、駅員自らアイマスクを着けて体験する実習が行われた。

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一方、障害者からはこんな声も…まさに現代を象徴する問題である。それは…

「最近人とぶつかることが多くなった」「歩きスマホ、立ちスマホ…よけてもぶつかることがある」…。

いささか皮肉な表現になるが、こういう人こそ「目の前が見えていないのではないか」「大切な何かが見えていないのではないか」と思わざるを得ない。スマートフォンや携帯電話の存在を決して否定するものではないが、「歩きスマホはしない」「立ちスマホも場所を考えて」…マナーを守ることも、ソフト面の対策として重要であることは間違いない。

 

「ハードとソフトは車の両輪」…そして今回の取材を進めて改めて思う。相互直通運転の増加で乗り換えは楽になった、無人改札機で乗車手続きはスムーズになった、携帯電話・スマートフォンは生活に欠かせないものだ…確かに本当に便利な社会になった。もちろんそれらを否定するものではない。しかし、その便利さと引き換えに忘れ去られてしまったこと、失ってしまったことがあるのではないか…いま一度立ち止まって考えるべきなのかもしれない。

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