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2017年2月27日
車椅子バスケットボール・川原凛選手 (2)

川原凛選手をお迎えしてお送りした第2回目。

車椅子バスケットボールとの出会いについて伺いました。

川原選手が車椅子バスケを知ったのは、中学1年生の時。井上雄彦さんの車椅子バスケットボール漫画『リアル』がきっかけでした。

地元・長崎県の車椅子バスケチームの監督に誘われて遊びにいくようになり、本格的に競技に取り組んだのは、高校生の頃。

車椅子バスケを始めた頃は「目の前から猛スピードの鉄(車椅子)がこっちに向かってくるのが怖かった」といいます。

走り込みを中心にコツコツとトレーニングを重ね、イスバスが面白くなり、もっとうまくなりたい!と上京を決意しました。

最初は反対していたご両親も、川原選手の気持ちが本気だとわかると上京を認め、サポートしてくれるようになりました。

そうして現在は、千葉県の車椅子バスケットチーム『千葉ホークス』に所属していますが、監督がいろいろと面倒をみてくれたり先輩もよくごはんに連れてくれる等、チーム内でもかわいがってもらっているそうです。

川原選手が車椅子バスケをしていて楽しいと思うのは、ディフェンスしている時。

猛スピードで選手が自分のところに来た時にバチッと(相手の車椅子を)抑え、相手のオフェンスチャージング(反則のひとつ)になると「やってやったぜ!」と思うそうです。

先日行われたIWBF男子U23世界車椅子バスケットボール選手権アジアオセアニアゾーン予選会(AOZ予選会)でも、良いディフェンスができたと振り返っていました。

6月に迫った世界選手権に向けては、シュート力を強化し、確実にシュートを決められるようにする!と言っていました。

そんな川原凛選手が上を目指して進もうとする人々に伝えたい “Going Upな一言”は・・・

『親しき仲にも礼儀あり』

小さい頃からお母様によく言われていたというこの言葉。どんな立場になっても、いくつになっても、礼儀を忘れずに生活していたら、バスケも人間的にもいい方に進む。

川原選手の人間性がわかる言葉ですね。

 

東京2020パラリンピックでは、必ず日本代表としてコート上で活躍する!と力強く決意を述べた川原選手。

川原選手は、今週末(3月4日・5日)に千葉県で行われる「第6回 長谷川良信記念・千葉市長杯争奪 車椅子バスケットボール全国選抜大会」に出場します。

ぜひ間近で川原選手のプレーを見て応援しましょう!

 

川原凛選手の選曲 『 バイバイサンキュー / BUMP OF CHICKEN 

 

次回のゲストは、ブラインドサッカー日本代表の加藤健人選手です。お楽しみに。

 

2017年2月20日
車椅子バスケットボール・川原凛選手 (1)

今回のゲストは、車椅子バスケットボールの川原凛選手

みなさんもきっと川原選手を見たことがあるはずです!

そうです。三菱電機のCMで鈴木亮平さんと共演している、背番号18、あの車椅子バスケの選手が川原凛選手なんです。

鈴木さんからの情報によると、CM撮影中、はにかみ屋さんの川原選手は「もうちょっと真面目な顔で!」と監督に言われることがあったそうです。川原選手の人柄がわかるエピソードですね。

 

さて、最近の川原選手の話題といえば、なんといっても、先日タイで開催された「IWBF男子U23世界車椅子バスケットボール選手権アジアオセアニアゾーン予選会」でしょう。

U23(アンダー23)とは、23歳以下の選手のみが参加できるカテゴリーのことで、世界選手権は4年に1度開催される大きな大会です。1997年にカナダで第1回世界選手権が行われ、今年6月に再びカナダで第6回大会が開催されます。

その世界選手権のアジアオセアニアゾーン予選で、日本代表は見事、銀メダルを獲得!6月の本大会出場を決めました!

そして、川原凛選手はベスト5にも選ばれています。

高校2年生の時にU23日本代表に招集され、二十歳にして(本人曰はく)“古株”という川原選手は、大会を振り返って、日本代表チームは日に日に成長していったといいます。

初戦の中国戦ではチームが噛み合ってなかったそうですが、4戦5戦と試合を重ねるごとに、日本の武器であるスピードを生かしたプレーで他のチームを圧倒しました。

川原選手個人としても、相手チームの攻撃(スコアラー)を1対1で抑え、よいディフェンスができたと収穫の多い大会となりました。

 

6月に行われる世界選手権ではメダルを取ります!と宣言した川原凛選手。

次回もゲストにお迎えしてお送りします。

2017年2月15日
車椅子アスリート・土田和歌子選手 (2)

陸上・車椅子アスリートの土田和歌子選手を迎えてお送りした第2回目。

まずは、昨年末のホノルルマラソンでのご褒美のお話から。

ホノルルマラソン通算10回目の優勝を果たした土田選手に、なんと自ら“ファン”だと公言する歌手のAIさんと会えるチャンスが訪れたのでした。

大会オフィシャルテーマソングを歌うAIさんと車椅子マラソン優勝者が対談するという企画があり、それをレース後に知らされた土田選手。

ふだんは静かだといいいますが、この時はさすがにテンションが上がって、「AIさんの曲聴いてます!」と伝えたり、ついついおしゃべりになってしまったそうです。

そばにいた男子優勝者の副島正純選手には「(土田選手が)すごいしゃべっていたから

ほっとこ。」と思われてしまったそうです…

 

パラリンピックや世界の車椅子マラソンで数々の輝かしい記録を残している土田選手ではありますが、20年を越える競技人生を振り返ると、決して順調でいい事ばかりではありませんでした。

2008年北京パラリンピックでは、5000mのレース中にクラッシュに巻き込まれ大けがを負い、2か月寝たきりの生活を余儀なくされました。

その時、入院していた病院で生と死というものをみつめる出来事がありました。

入院当初、個室の隣の建物がホスピスで、人生最後の日々を送る患者さんや親族の様子を窓から見ながら「死」を感じたそうです。

ある日、その個室を移ることになったのですが、今度は産科の分娩室の隣の部屋。

四六時中、産声が聞こえてくるその部屋で「生」を感じることとなりました。

その体験は、「死は必ずやってくるが、それまでの間どう生きるのか」という、これからの生き方を考える機会となりました。

家族からは競技を続けることに反対の声もありましたが、説得に説得を重ね競技続行を決意し、パラリンピックロンドン2012大会、リオデジャネイロ2016大会に出場しました。

リオでの車椅子マラソンでは、1位と1秒差の4位と悔しい思いをしましたが、自分にまだ可能性を感じたそうです。

東京都出身、まさに地元開催の東京パラリンピック2020大会出場、そしてメダル獲得をかけて、土田選手の戦いは始まっています。

 

そんな土田和歌子選手が上を目指して進もうとする人々に伝えたい “Going Upな一言”は・・・

『逆境に耐えて咲く花こそ美しい』

この“花”は蓮の花のことなんだそうですが、蓮の花は泥水の濃度が濃いほど大輪の花を咲かせるといわれているそうです。

困難に打ち勝って、金メダルに向かって力強く進む土田選手の決意が伝わってきますね。

 

次回のゲストは、男子車椅子バスケットボールU23日本代表の、川原凛選手です。

どうぞお楽しみに!