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2019年6月14日
車いすで世界一周!三代達也さん (1)

今回のゲストは、車いすで単独世界一周旅をした、ウィルチェアートラベラー・三代達也さん(みよ・たつや)さんです。

 

18歳の時のバイク事故により車いすでの生活となった三代さん。

会社員時代、同僚と夏休みの話になり「海外に行ってみれば?」と言われたそうです。

それまで海外に行こうと考えたことがなかったため、飛行機すら乗ったことがないし英語も話せない、バリアフリーになっているかもわからないと最初はネガティブに受け止めました。

でもハワイなら日本語も通じるしバリアフリーだって聞くけどね、という同僚の言葉がきっかけとなり、ハワイ旅行に行くことを決めました。

 

初めての海外ーハワイでたくさんの刺激を受けた三代さん。

帰国して、また会社員生活が始まりましたが、どうしても海外に行きたいという思いが強くなり、仕事が手につかず、一週間もしないうちに会社を辞めたそうです。

一人で海外旅行に行けたことで自信がつき、今度は海外に住んでみたいと思ったのです。

そうして、アメリカ・ロサンゼルスに1ヵ月半、オーストラリアにワーキングホリデービザで半年程滞在。

海外で暮らす中で、「自分はこれがしたいから、今これで生きているんだよ」という人たちの考え方に共感し、人間として魅力を感じたそうです。

 

半年も海外に住んだのでもう十分かなと思い、その後、3年くらいは会社員生活を送りました。

ところが、ある時、このような生活を続けているだけでいいのかと疑問を持つようになったのです。

(バイク事故で車いすの生活にはなったけど、今、生かされている人生。このままでいいのか・・・)

そうして、それまでの経験を振り返ると、旅をしている時が人生の中で一番楽しかったということに気づきました。

車いすでも一人で海外に行けるのか、滞在できるのか、ハワイ旅行もオーストラリアでの生活もすべてが自分への挑戦でした。

ならば今度は、自分の旅を発信することで、海外ってこんなところですよ、一人でも行けるんですよ、世界一周もできますよ…と旅の楽しさを知ってもらい、僕にも私にもできるかなと思ってもらえればと、”世界一周”という大きい決断をしました。

 

世界一周の旅の途中には、苦労したこともたくさんあったといいます。

例えば、車いすということで、パンクすることを想定して、チューブではなくノーパンクタイヤで旅に臨んでいましたが、イタリアのローマは石畳の道が多く、そこでネジが緩んだのか、その後に訪れたフィレンツェで前輪のキャスターが取れてしまったそうです。

その時に助けてくれたのは、通りすがりのイタリア人ファミリー。お父さんが指揮をとり、お母さんは工具を借りに商店を歩き回り、二人の子供たちはネジを探し始めました。

すると、遠くから子供たちの「おぉー」という声。

見事にネジを探し出し、お母さんは工具箱を持ったスポーツ店の店長を連れてきて、お父さんが店長とネジを締めてみると、見事に直ったのです。

観光地のど真ん中、いつの間にか集まっていた大勢の野次馬の人たちからは歓声がわきました。

かなりの大ピンチでしたが、この出来事は今でもいい思い出となっているそうです。

 

世界遺産や世界の観光地も数多く訪れた三代さん。

マチュピチュに行った時のエピソードを話してくれました。

マチュピチュといって思い浮かべるあの場所は、山の上にあるのですが、ふもとのマチュピチュ村までは電車で行けるのですが、そこからバスに乗り、降りると段差も多いバリアフルな坂を上らなければなりません。

バスのドライバーやいろいろな人に手伝ってもらい、おぶってもらったそうです。

現在、マチュピチュは単独では入れず、ツアーに参加しなければいけないということですが、現地のツアー会社には介護者がいないということで断られ続け、困った三代さんは日本でお世話になっている旅行代理店の方に相談することに。

すると、現地の支店からふたり派遣してもらえることになり、おぶったり担いだりして、階段と坂道を越えていき、そこを訪れていた観光客の助けも借りながら、ついにマチュピチュに行くことができました。

 

ウユニ塩湖やパルテノン神殿といった観光地も車いすでまわった世界一周の旅。

232日間をかけて、23カ国42の都市を巡りました。

「楽な日は1日もなかったですが、それでもやってよかった」というのが世界一周旅行を終えての率直な三代さんの感想。

次回も、旅のエピソードをたっぷり伺います。どうぞお楽しみに!

 

三代達也さんのリクエスト曲:Englishman in New York / Sting

“自分らしくいなさい、誰になんと言われようとも”という歌詞が好きで、この曲を聴いて、「いろいろなことを言われる人生だけど、自分が楽しいと思うことややりたい事に対して、その気持ちに素直になってやっていこう」と思うようになったそうです。

2019年6月7日
馬術・高嶋活士選手 (2)

今回も馬術の高嶋活士(たかしま・かつじ)選手をゲストにお迎えしてお送りしました。

 

子供の頃から動物が好きだったという高嶋選手は、騎手になりたいと思い、14歳から馬に乗り始めました。

家族全員、背が低かったため、それを生かせる仕事をということで両親に勧められたのがきっかけでした。

「馬に乗っていれば勉強しなくてもいいかと思ったんです」と正直に当時のことを話す高嶋選手ですが、実際には、騎手になるために必要な条件や競馬をするにあたって必要なことなどの法律を勉強しなければならず学ぶことがたくさんあったそうです。

 

そうして、日本中央競馬会(JRA)の騎手となった高嶋選手。

現役中、障害レースにも挑戦しましたが、そのレース中に馬が転倒して落馬。重傷を負い、右半身にまひが残りました。

その後、復帰を目指してリハビリに励み、馬にも乗れるようになりました。

しかし、知り合いの牧場で競走馬に乗った時、騎手を引退しようと考えたのです。

「馬が僕の右の弱さを感じ取って、そこに甘えて楽をしようとしてきたんです。そうすると馬に変な癖だったり体に支障をきたしたりするのでよくないなと思いました」

 

その頃、インターネットのニュースで、騎手だった方が2020年のパラリンピックを目指しているということを知ります。

そういう道もあるのか、その道に行ってみるのもいいかなと思い、パラリンピック競技の馬術に転向することを決めました。

昨年には、アメリカで開催された世界選手権にも出場し、初の大舞台だったということもあり緊張によりあまり良い結果は残せなかったものの、とても大きな会場で観客も多く、これまで出場した大会の中で特に印象に残る試合だったといいます。

 

高嶋選手の強みは「騎手時代に培った体幹やバランス」。

「馬をしっかり、きれいに、格好良く見せられる、馬を生かせる選手になりたい」と今後の目標を語りました。

 

最後に、上をめざして進もうとする方に伝えたい“Going Upな一言”を伺いました。

『できない事はない やろうとする意志』

高嶋選手自身が馬に乗って実感したことで、いつも心がけている言葉だそうです。

 

今回、高嶋選手に聞いて鈴木亮平さんが驚いたのは、飛行機で馬を移動させる時に乗るのは、飛行機の先端、鼻のあたりだということ。冷暖房完備で快適に作られているそうです。

長時間の移動は馬にとってストレスになると思いますが、飛行機にそんな秘密があったのですね。

 

高嶋活士選手のリクエスト曲: LEMONADE / THE BAWDIES

競技前に気分を上げるために聴いている曲だそうです。

2019年5月31日
馬術・高嶋活士選手 (1)

今回のゲストは、馬術の高嶋活士(たかしま・かつじ)選手です。

 

馬術は、肢体不自由と視覚障害の方が対象で、パラリンピック競技としては唯一、動物と一緒に行う競技です。

障がいのレベルによるクラス分けは、障がいの重いグレードⅠから、障がいの軽いグレードⅤまで5段階に分かれています。

高嶋選手のクラスは、障がいが軽い方から二番目のグレードⅣ。

試合では、常歩(なみあし)・速歩(はやあし)・駈歩(かけあし)といった全部の課題を行います。

 

パラリンピック競技の馬術は「馬場馬術」という種目のみで、イメージとしては「フィギュアスケートのような、馬をダンスをするようなきれいな技をする競技」だといいます。

インディビジュアルテストと呼ばれる個人種目で上位になった選手のみが進めるフリースタイルテストでは、音楽を用いて競技が行われます。

自分のやる演技に合った音楽をそれぞれの選手が用意するのですが、高嶋選手は昨年頃まで自分で好きな曲を選んで繋げて(試合の演技で行う)動きに合わせた音楽になるように編集していたそうです。

ただ、音楽も芸術点として評価されるため、最近では専門の方にお願いしている…とのことです。

主には、馬の動きとよく合うクラシックを選ぶ選手が多いといいますが、声が入っている曲も可能になったことで、今ではJ-POPなどすべての曲が使えることになりました。

ちなみに、高嶋さんは現在、映画「アイアンマン」の力強い楽曲を使用しているそうです。

 

採点競技である馬術。試合では、基本的に3箇所に審判が立っていて、各審判の得点の平均値がポイントとなります。

高得点を出すためには、「決められた動きをきれいに正確にやっているか、馬が元気に動いているのか…」といったチェック項目がいくつもあり、その一つ一つできっちり得点を挙げていくことが重要です。

「馬がストレスを感じながらやっていないか」という項目では、馬の耳の動きまで見られたりするそうで、ふだんからのコミュニケーションがとても大切となります。

高嶋選手のパートナーである愛馬の名前は“ケネディ”。

アメリカ生まれかと思いきや、ドイツ出身の馬ということでした。

甘いものが大好きで、高嶋選手はケネディによく氷砂糖をあげているそうです。

 

高嶋選手は、2011年に日本中央競馬会所属の騎手としてデビューして活躍していましたが、レース中の落馬により重症を負い、右半身にまひが残りました。復帰に向けてリハビリに励みましたが、その思いは叶わず、2015年に引退。

その後、パラリンピック競技である馬術を始め、現在は、東京2020大会出場を目指しています。

 

「騎手だった頃は競馬の乗り方をしていましたが、(事故により)一気に自分の体も変わって、それまでとは全く別の乗馬に切り替えたので、いろいろな戸惑いがありました」

馬術を始めた頃の状況をこう振り返る高嶋選手。

その中でも一番苦労したのは姿勢だといいます。

競馬では体を前に倒す前傾姿勢でしたが、乗馬はぴしっと背筋を伸ばした格好が求められます。

スピードが上がってくると、どうしても姿勢がちょっと前に倒れてしまうことがあったそうです。

そして、競馬では、馬をまっすぐ・速く・きれいに走らせるのが基本ですが、乗馬の場合は横方向(斜め前)に動かしたり、後ろ足を軸に回転させたりするため、そこをどうクリアしていくかが課題でした。

障がいがある中で、馬をいかにきれいに格好よく動かすかを、それぞれの選手が工夫しています。

高嶋選手はそれが馬術の魅力だといい、馬のきれいな動きにも注目してほしいと話しました。

 

6月7日(金)~9日(日)には、静岡県・御殿場市馬術スポーツセンターで『CPEDI3★Gotemba Summer 兼 JRAD国内競技会 PartⅡ』という国際基準の大会が開催されます。

2020年につながる大切なこの大会に向けて「気合いは、だいぶ入っています!」と意気込みを語った高嶋選手。

人馬一体となった演技が魅力の馬術。ぜひ一度、観戦に訪れてみてはいかがでしょうか。

 

高嶋活士選手のリクエスト曲:スロウレイン / ACIDMAN

競技の前に心を落ち着かせるために聴いている曲だそうです。

 

次回も高嶋選手をゲストにお迎えしてお送りします。どうぞお楽しみに!