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“世界一のバント職人”川相昌弘がバントを極めようと決意した理由とは?その決断の裏には厳しいプロの世界で生き抜くための覚悟が!

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今回のゲストは
昨シーズンまで巨人の2軍監督を務められた
“世界一のバント職人”川相昌弘さんです!




【川相昌弘さんのプロフィール】

川相さんは、1964年、岡山県生まれ。
岡山南高校時代は、キャプテンを務め、甲子園には2回出場。
ポジションは、ピッチャーで、甲子園では、早稲田実業に敗れはしたものの、
荒木大輔さんと互角の投手戦を演じてみせました。

1983年に入団した巨人で、当初は主に内野の守備要員でしたが、
生き残るすべとしてバントの技術を磨き、
ギネスブックにも認定された犠打の世界記録・通算533犠打を樹立。

ショートの名手として、ベストナイン1回、ゴールデングラブ賞6回。
2006年に中日で引退後、中日の2軍監督などを経て、
2010年オフに、巨人の2軍監督に就任。

その後、一軍のヘッドコーチなどを歴任し、
昨シーズン再び2軍監督として指揮を執り、イースタン4連覇に導かれました。

選手として24年、指導者として12年を経て、
今シーズンからは、野球解説者を務められます。

 


-36年前のドラフトに入った時の気持ちは?
衝撃だらけですよ!
名前はピッチャーでしたけど、
入った途端に野手転向が決まっていたので!
スカウトの方が来られた時に、
入ったら野手に転向してもらうので
という条件で挨拶に来て頂いたんですね。

−スカウトが川相さんの守備を見たことは?
ないです!
せいぜい僕がダブルヘッダーで、
1試合目完投して、
2試合目監督に外野守っとけ
と言われて外野を守っているくらいしか
見たことなかったと思います!

−なぜ野手転向に?
ピッチャーフィールディングを
おそらく見ていたんだと思います!
これは僕も自身あったので!
バント処理とかですね!
自分の近辺に飛んでくる
打球の処理とかは自身がありました!

−投手に対する未練は?
なかったですね〜。
正直、高校以上に行ったケースは
僕は通用しないと思っていましたし!

−とはいえ荒木大輔と投げ合った男!
そうですね〜。
まぁ甲子園も行かして頂きましたし、
中国地方でも最後の夏までは
ほぼ無敗でしたから!
ただやっぱり投げ過ぎましたね!
公式戦全て完投なので!
自分がエースになった2年の夏か
夏ちょっと前くらいから。
甲子園に出ると招待試合とかで、
結構地方に呼ばれるんですね!
行くと1試合目は普通に完投じゃないですか。
2試合目は最初外野を守っている、
そうするとピンチになると監督から
呼ばれるわけですよ!
大体1試合半ですね!


そんな川相さんに、金子がより突っ込んで聞いていくコーナー!
『金子の深堀り!』

-代名詞となるバントはどのタイミングで?
25歳になる年、7年目ですね!
監督が王さんから藤田さんに変わる時ですね!
バントをやらなきゃ
この世界でレギュラーにもなれないし、
生き残れないと本気で思ったのはその年です!
それまでも大事だとは思ってましたけど、
それを誰よりもやらないと
レギュラーにはなれないと思ったのはその7年目ですね!

-なぜそう思った??
やっぱりレギュラーを
取らなきゃいけないと思った時に、
誰もやりたがらないことを誰よりもやることが、
この世界では大事なんだなと気付いたというか。
それまでは打たなきゃ使ってくれない
という風に自分の中で思っていたんですね!
ですけど、バッティングは捨てて、
バントとかヒットエンドランは、
チームのためになることは、
100%やるという風に気持ちを切り替えたんです!
プロの選手が一番やりたがらないのは、
やっぱりバントなんですよ!
そこまでの1軍の試合を見てると、
結構バントのサインが出ると、
もう1回サインを見直す人とか多かったですから!
やっぱりプロになるような人っていうのは、
アマチュア時代にそんなバントやっている人は、
ほとんど入って来ないですから!
バントってやっぱりみんなやりたくないんだなって、
だから本気で練習しない!
ただ打つ中のチームプレーの1つとして、
大事なのはわかっているんですよ!
だけどこれを完璧にやろうと思う人って、
多分それまでいなかったと思うんですよ!
なので僕は打てなくてもいいから、
バントとヒットエンドランは、
どんな球来ても絶対に転がしてやる!
そうすることで指導者、監督とかコーチの
信頼を得られるんじゃないかなと
気持ちを切り替えたんです!



そんな川相さんが今でも忘れられない言葉、大きなチカラになった言葉とは?
『お前はもっとやれる。レギュラーになれる。』

88年の11月だったですかね。
ジャイアンツの2軍って、
毎年アリゾナの教育リーグに行っていたんです。
僕はその時1軍にいて、1軍の人は試合が終わった後、
途中参加したんです。
その時に当時の2軍監督の須藤豊さんに、
試合が終わった後の全体ミーティングで名指しで呼ばれて、
「やる気あるのか!今のままでいいのか!」
どやされたんですね。
あの時に本気で叱ってくれたのは効きましたね。
お前はやれるのに、なんでもっと本気でやらないんだ
というのは響きましたし、その後の人生にも影響しました。


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