今年も一週目に南相馬、翌週に大船渡そして陸前高田を巡ってきました。それぞれ土曜日に日帰りでの取材でした。

 

東北の海岸線は長いという事を毎回痛感いたします。本当は気仙沼大島や仙台でもお話を伺おうと考えていたのですが、時間が足りませんでした。

 

個々の話は「ごごばん!」と「オトパラ!」でかなりさせていただきましたが、4年という歳月が皆さんの置かれた状況を様々に変えていることが印象的でした。

 

帰還か移住か。仮設か復興住宅か。高台に住むか海岸部に戻るか。

山間部に平地があるか平地がないか。原発がある不安となくなる不安。常磐道が開通して喜ぶ人とそうでない人。

 

どの立場の方に話を伺うかで受ける印象は全く異なります。東日本大震災追悼の式典で天皇陛下の被災者の方々に寄り添ったお言葉と安倍首相の復興が進んでいることを強調した挨拶がまさにそうでした。

 

しかし多くの場所で共通した問題は、若い人々が被災地を出てしまったということでした。飲食、スーパー、介護などいくら求人をしてもまったく人が集まらない現実がありました。県外からは防潮堤やかさ上げの工事、また除染作業や廃炉に従事する人は入ってきているのですが、何十年もかかる廃炉作業以外はいつかは去って行く人々です。

 

2年前に北海道南西沖地震で津波の被害をうけた奥尻島に行きました。立派な港と津波を避けるコンクリートの巨大な建造物、そしてかさ上げされて再建された町並みを見ました。

 

残念ながら若い人々は島を出てしまい、人けのない静かな光景がそこに広がっていましたが、それでも島に頃ワイン作りを初めて島に雇用をと頑張っている方々にも会いました。

 

20年後の東北、そして20年後の日本。英知を出して考えなければならないことだらけです。少なくとも国会の場で「路チュー」がどうのと責めたり責められたりしている場合ではないと本当に思うのです