選手の体を見て車いすにつなげることができる、そんな人材になりたい 【古藤田真人 (車いすエンジニア) インタビュー】

【ニッポンチャレンジドアスリート】
このコーナーは毎回一人の障がい者アスリート、チャレンジドアスリート、および障がい者アスリートを支える方にスポットをあて、スポーツに対する取り組み、苦労、喜びなどを語ります。

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古藤田真人(ことうだ・まさと)
1987年千葉市生まれ。競技用の車いすを作りたいという夢をかなえ、昨年から千葉市のオーエックスエンジニアリングのグループ会社に入社。エンジニアとして競技用のいすの製作に携わっているほか、2020年・東京パラリンピックを見据え、平行してトレーナーの勉強も行っている。

―障がい者スポーツ、そして競技用車いすの存在を知ったきっかけは?

古藤田 中学生の頃に井上雄彦さんが描いている「リアル」というまんがを読んで、こういう世界があるのだなと知りました。

―その後古藤田は高等専門学校で機械系の勉強をした後、山梨の大学に編入。卒業後、就職も考えたが、根っからスポーツが好きな古藤田はこのままスポーツを学ばずに社会に出たら、一生後悔すると専門学校への入学を決意した。

古藤田 その学校がアスレティック・トレーナーの養成をする学校で選手のコンディショニングや、筋力トレーニングなどをどうしたらもっとパフォーマンスが良くなるかなどを支えるための勉強をしてきました。2年間、夜間部だったので、周りにいる人たちは現場に出ているような理学療養士だったり鍼灸師であったり、すでに一線で活躍している人でした。お昼はテニスコーチをして、夜、学校に通って、土日はアパレルのアルバイトをしていました。

―専門学校を卒業後、憧れのオーエックスエンジニアリングで競技用車いすを作りたいという思いがいよいよ強くなった古藤田、さっそく会社を訪ね、入社できないかと聞いたところ…。

古藤田 求人ないですかと聞いたのですが、タイミングが合わなくて、そういう枠がないということでした。そこで地元の整骨院に就職をしてそこで1年間働きました。

―その後も求人募集はなかなか出ず、職を変えながら時がくるのをじっと待ち続けた古藤田。そして去年、ついにチャンスが巡ってきた。

古藤田 ようやく求人が出まして、どうしたらこの熱量が伝わるかなと考えながら書類をおくりました。幸い、面接していただけるということになったので、飛んでいきました。

―使う選手によって競技用車いすはまったく異なってくる。選手方のオーダーはそれぞれ違い、まさに一つ一つ手作り。職人の世界だ。この世界に入ってちょうど1年。古藤田に印象に残った仕事を聞いてみた。

古藤田 何カ月かに一回なのですが、ブラジル、アメリカ、ニューカレドニア、フランスといった国の選手が直接会社に来るのですが、片言の英語でコミュニケーションをとって少しずつその選手の望む形にしていくという作業は印象に残っています。

―車いすのエンジニアは大会に立ち会い、点検、修理、何かアクシデントが起こった時にはその場で対応するという重要な仕事もある。この1年、古藤田が印象に残った大会は?

古藤田 印象に残っている大会は二つあります。昨年の大分のマラソンの大会と今年のゴールデンウィークにあった鳥取での大会です。大分のマラソンの大会は大きな国際大会だったので同時に何十台もの車いすがスタートするという風景はなかなか見られないですし、いろいろな国の人たちが勝負をしているというとても興奮する大会でした。

―競技用車いすを作っていて難しさを感じるところは?

古藤田 どれだけ選手の体とフィットするかというところが一番重要になるので、そのための寸法をミリ単位で綺麗に出せるかどうかという所だと思います。

―もうすぐ、リオパラリンピックが行われる。出場予定選手の中でエンジニアとして古藤田が注目している選手は?

古藤田 トラック競技に出る樋口政幸選手と佐藤友祈選手の二人です。樋口選手は国内ではとても強い選手なので優勝も何度もしてらっしゃいますし、当社の製品に乗っていただいていい記録を残していただきないなと思っていますし、樋口選手はとてもいい筋肉しているので競技歴はそれほど長くないのですが、急上昇中で期待度が高く、金メダル候補と言って差し支えないと思います。

―エンジニアになってよかったと思う瞬間は?

古藤田 実際に組み立てた車両を選手に渡して乗っていただいて、「すごくよかったよ」とか「前よりも転がりがいい」と笑顔で言ってもらえると嬉しいですね。

―4年後、東京でパラリンピックが行われる。その頃古藤田は入社5年。エンジニアとして一本立ちする時期だ。古藤田は2020年までの青写真をどう描いているのだろう?

古藤田 今よりももっと選手に近いところで、プライベートの話もしてもらえるような存在になって、車両についての話も直接できるようになりたいです。選手がいい結果を残した時にはそのそばにいて一緒に喜びたいですね。

―4年後はより選手に近いところにいたいと言う古藤田。今、エンジニアの仕事と平行してトレーナーの勉強もしている。その理由は?

古藤田 大学卒業して専門学校に入った時にアスレティック・トレーナーという資格を取りました。せっかくその資格をもっているので最大限それを生かしていければもっと活躍できるんじゃないかと思い、入社と同時に障がい者スポーツトレーナーを目標にして勉強を進めています。会場に行くとトレーナーのブースがあるので直接、トレーナーさんにお話しを聞いたりしながら、一歩ずつ、普段の仕事と合わせて成長していければなと思っています。勉強とともに自分もスポーツしていないと筋肉や体の使い方など、文字だけではわからないので常にスポーツをしています。そのような知識を深めることによって選手への車いすに関することの説得力も増すと思います。

―2020年に向け、古藤田はどのように東京パラリンピックに関わっていきたいと思っているのだろうか?

古藤田 理想の形としては車いすも見ることができて、選手の体も見るころことができ、トータルで車いすのスポーツを支えることができるような人材になりたいです。これからは結果にこだわっていきたいですね。

―古藤田に将来の夢を聞いみた。

古藤田 車いすも作れてトレーナーとしての知識もあるというような、溶接ができるトレーナーはおそらく世界にもいないと思うので、選手の体を見て車いす作りにつなげられる、そういう人間になりたいです。なにかあった時、古藤田のところに行けばいいことが得られると言ってもらえるようなエンジニアになりたいです。

(2016年6月26日~7月1日放送分より)

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(月曜~木曜は「土屋礼央 レオなるど」内、金曜は「金曜ブラボー。」内)
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