中国に行って、パンダのそばで仕事がしたい!【10時のグッとストーリー】

「上野パンダ公開中止へ」 発情兆候が認められ、いつもより多く歩き回るパンダのシンシン(メス)=上野動物園

上野動物園で、子供たちだけではなく、大人の人気も集めているアイドル・ジャイアントパンダ。
2011年2月に、中国・四川省から上野に来園。今年5年目を迎えたのが、オスのリーリーと、メスのシンシンのカップルです。
この2頭の飼育を、来園からずっと担当しているのが、阿部展子(あべ・のぶこ)さん・32歳。

新潟出身の阿部さんは、自費で中国に留学。現地で飼育を学び、2頭の来園に合わせて上野動物園に就職しました。
阿部さんは言います。

「パンダの飼育は、エサの笹を何度も運んだり、ふんを片付けたり、けっこう重労働なんですけど、楽しくてまったく苦にならないですね」

まさにパンダ中心の人生。その原点は、幼い頃、おばあちゃんがくれたパンダのぬいぐるみでした。
「かわいい〜!」と感激した阿部さんは、毎日肌身離さず持ち歩いたそうです。
「いつか、本物のパンダに逢いたい!」と夢見るようになった阿部さん。
念願の初対面は、1995年、小学校の修学旅行で新潟から上京、上野動物園を訪れたときでした。

「あーー!!いたーー!!パンダだーー!!」

 初めて生で見たパンダは、あまり動かず、寝てばかり。後ろ向きでお尻しか見えませんでしたが、

「お尻が茶色い!これが本物のパンダなんだ!」

と阿部さんは感動、ますますパンダが好きになりました。
さらに、高校生のときテレビで、四川省・臥龍(がりゅう)のパンダ保護センターで働く女性飼育員のドキュメンタリーを見て

「私もこんな人になりたい!中国に行って、パンダのそばで仕事がしたい!」と決意。

大学で中国語を猛勉強し、卒業後、2006年からパンダの飼育員を多数送り出している四川農業大学に留学。周りは中国人ばかりで、日本人は阿部さんしかいませんでした。
「え?パンダの飼育員になりたくて、わざわざ日本からこの大学に来たの?変わってるね〜」
「あなた、何でそんなにパンダが好きなの?」と留学中によく聞かれたとか。
中国では、パンダは別に珍しい動物ではないので、日本ほど関心がないことを知り驚いたそうです。
そんな阿部さんは、教授のツテで、ついに憧れの「成都(せいと)パンダ基地」で飼育実習をすることに。
ここで中国人の先輩飼育員から、パンダ飼育のノウハウを学びます。

「パンダは一頭一頭、性格も違えば、食事の好みも違うんです。先輩からは、愛情を持ってパンダに接することが大切だと学びました」

パンダ基地での研修中、1年半で60頭以上のパンダと接した阿部さんが、四川農業大学を卒業する年、2010年6月に、中国政府が上野動物園へ新たな2頭のパンダの貸し出しを決定。
それが現在のリーリーとシンシンです。

このことを知った阿部さんは、上野動物園の園長に「私を飼育員として働かせてください!」と手紙を書き、採用が決定。
9月に帰国し、2頭を日本に迎える準備に当たりました。できるだけ中国と同じ環境で過ごしてもらおうと工夫。

「名前を呼び掛けるときも、中国語の発音で呼び掛けないと振り向いてくれないんですよ。」

そんな努力もあって、日本の環境にもなじむことができたリーリーとシンシン。
期待された繁殖活動でも、シンシンがついに妊娠。2012年7月に初めての赤ちゃんが生まれましたが、わずか6日後に亡くなってしまいます・・・。
大泣きし、すっかり落ち込んだ阿部さんを励ましてくれたのは、中国から派遣された飼育員さんたちでした。

「そんなに落ち込まないで。残念なことだけど、自分たちもこれまで、もっともっと辛いことがあったよ」

そうか、この人たちは何頭ものパンダの生き死にに立ち会っているんだ・・・いつまでも落ち込んでいられない。
その言葉に救われた阿部さんは、改めてパンダの飼育に励みました。

「おてんばなシンシンを、優しく見守る我慢強いリーリー。ナイスカップルですから、また繁殖の機会もあると思います。」

いつか、パンダに、そして中国に恩返しをしたいという阿部さん。

「パンダの個体数を安定させるには、生息地の環境を守ることが一番大切なんです」

将来は再び中国に渡り、パンダを増やして、野生に戻していく活動に携わりたいそうです。

「日本と中国の両方でパンダを育てた経験のある飼育員はそんなにいませんから、パンダを通じて、日中両国の架け橋になれたらいいなと思っています」

 

【10時のグッとストーリー】

八木亜希子 LOVE & MELODY 2016年3月26日(土) より

八木亜希子LOVE&MELODY