怪我の苦しみから幸せを感じるまで 羽生結弦記者会見

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羽生結弦 羽生選手 日本記者クラブ 会見

【羽生結弦・日本記者クラブ会見】書き記した揮毫の意味を説明する羽生結弦=2018年2月27日日本プレスセンタービル 写真提供:産経新聞社

平昌オリンピックフィギュアスケート男子シングルで金メダルを獲得した羽生結弦選手が26日帰国し、翌日27日には、怒涛の会見、報告会ラッシュに追われました。私自身も帰国後の会見が初めて直接取材する機会となり、会見をはしごして取材をしました。

オリンピック期間は読者の皆さんと同様、メディアを通して、羽生結弦選手を見ていたのですが、映る表情やインタビューで出てくる言葉に、私はどこか違和感を抱いていました。羽生選手自身が望んで目指して獲得した金メダルに違いないのですが、どこか「渇望」していたものを手に入れた感じがしなかったからです。2015年、バルセロナで世界最高得点を塗り替え、キスアンドクライで「why am I crying?」と話した時の方が、自分がやりたかったことがやれたという、満たされている感じが伝わってきたように思いました。
この違和感は「僕は五輪を知っている」余裕からくるものなのか、はたまた結果的には怪我の前に予定していたパーフェクトなジャンプ構成ではなかったからなのかなどと考えるものの、それもどこか違う。そんな違和感が、帰国後、日本記者クラブで行われた記者会見で直接本人に質問したことで、答えをもらえたように感じました。

まず私が質問するより前に、そのヒントとなるようなこんな発言がありました。

「自分の中での、今自分が持っている夢は、割と形がしっかりしていて、それはたぶん昔の自分なんですよ。昔、小っちゃいころに、これやりたい、これで強くなりたい、これで一番上に立ちたい、こういう人になりたい、そういう風に憧れてて、それを信じ切ってた自分がたぶん今もずっと心の中に残っていて、自分の心の中で絶対やってやるんだと言ってる昔の自分が、たぶん僕の夢というか、夢の原動力になっているんだなとは思います」

昔の自分が抱いていた明確な理想像を信じてここまでやってきたという話しぶりからも、昔の自分が抱いた理想の自分と、現在抱く理想の自分にはズレがあるというように聞こえます。私自身も世界最高得点を出した後から怪我に苦しむなかで、羽生選手が見せる表情や言葉はぐっと変わってきたように感じていました。理想像の変化から、金メダルだけが人生ではないと思える境地まで達したうえで、オリンピックで金メダルを取るという理想の自分のために、他の夢を捨ててでもひたむきな努力してきた昔の自分に向けて、金メダルをかけてあげたい、ちゃんと夢を終わらせてあげたい、そんな心境だったのではないかと、この言葉を聞いて感じていました。

そのうえで私が気になっていたのは、夢の終わりを迎えて起きる、人生を楽しむモチベーションの変遷でした。4回転アクセルだけが唯一のモチベーションという発言からも、目指している自分になる喜びは、ほとんど達成されていているのだろうと感じ、今後は、人に還元する喜びが人生のモチベーションになっていくのか、自分の今いるフェーズはどう捉えているのか聞いてみました。

「間違いなくやっぱり今回思ったことは、自分が幸せになった時にたくさんの方々が幸せになって、そしてその幸せが還元されてまた自分に戻ってきて、自分がこうやって笑うことによってみんなが笑ってくれる、そんななんか平和な世界じゃないですけれども、そういうことはすごく感じました。ただそれはいつから感じたかと言われたらちょっと明確じゃないので分かりません。もちろんオリンピックの前から感じていたことは確かだと思います。それはたぶん自分が怪我をして一緒に苦しんでくれたファンの方々や自分の家族だったり、サポートメンバーがいたからだと思っていますし、やっぱりこれまでいろいろやってきて4回転アクセルとかね、今いろいろ言ってますけれども、なんかフェーズというよりもなんかいっつも徐々に徐々に、なんて言ったらいいか分からないけれど、さなぎが羽化してきて、ゆっくりゆっくり羽を伸ばしている段階、それが今の自分かなと思っています」

この答えからも、人生を楽しむモチベーションは、すでに自己実現ではない部分に重心が移っていると感じました。さなぎの中でなりたかった自分は完成していて、もっと広く還元できる喜びを別の場所に求めていきたい、そういった意思を感じる表現でした。
だからこそこの取材を通じて次の北京オリンピック出場の可能性はないのではないかと感じました。もちろん出場しないと明言したわけではありませんが、過去の自分へのご褒美はきちんとあげられたという意味で、これからの羽生選手が望むものは、3連覇とはきっと別のところにあるのだろうと思います。これからの進退や次のオリンピックの出場意思についても、そこに納得感を持ってもらえるだけの理由を準備できない限りは、羽生選手は明言をさけていくのでしょう。

会見の中では、金メダルの夢が叶った一方で、捨ててきた夢もたくさんあると語っていました。金メダルにかけてきた23年間の人生。「昔の自分が僕の夢」と話す表情は、達成感を味わうと同時に、金メダルを取るために捨ててきたものの大きさには、金メダルを取る前から薄々気が付いていたと感じさせるものでした。

それでは今の羽生選手が望むものとは何なのか。それが明確ではないにしろ、何を今楽しいと思うのか。スケート以外の楽しみを問われると、漫画やゲーム、アニメ、音楽鑑賞、イヤホン収集などと答えました。「捨ててきた夢もたくさんある」「金メダルに人生をかけてきた」という言葉からも、もしかするとプリミティブな息抜きを除いては、スケート以外に人生の楽しみを許してこなかったのかもしれません。羽生結弦23歳が今後の人生で何を渇望していくのか、記者としてというより、同世代の1人として、とても気になるところです。

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