それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

ハンドバイクに乗る「宇賀神溶接工業所」二代目社長・宇賀神一弘さん

宇賀神一弘（うがじん かずひろ）さん、48歳、埼玉県朝霞市で「宇賀神溶接工業所」を営む、二代目の社長です。社員は、宇賀神さんを含めて、5人。「アルゴン溶接」という技術を使った精密機器の溶接や、ミリ単位の板金加工を得意としています。

そんな宇賀神溶接工業所に、「自転車を作ってくれませんか」と、メールが届いたのは、2009年のことでした。メールの送り主は、好きな自転車に乗っていた時、事故で下半身麻痺になり、車椅子生活を送っていました。もう一度、自転車に乗りたい！　そこで、ハンドバイクという手漕ぎの三輪自転車を作ってもらえませんか……、メールを受け取った宇賀神さんは、ハンドバイクどころか、自転車の知識もなく、もちろん、作ったことはありません。

ハンドバイク製造の作業風景①　ゼロからのスタートで苦戦します

「ハンドバイクは、輸入品で、国内メーカーはなかったんです。金属加工と溶接には自信があったし、部品や材料もあったので、ママチャリを、ちょっと工夫すれば、すぐに作れると思ったんです。これは、当社のオリジナル商品になるかもしれない！　よし！　1号機を作って、この人に、プレゼントしてあげよう」

早速、ハンドバイクの製作に取り掛かりますが、すべてがゼロからのスタート。すぐに自分の甘さを思い知ります。平日は夜中まで！　土日も返上し、1号機が完成するまで、丸1年、かかりました。ハンドバイクの仕組みですが、前輪の脇に足を載せ、ペダルとハンドルを兼ねたクランクを前にグルグル回すと前に進み、後ろに回すとブレーキがかかります。三輪なので安定性があり、小回りもききます。

ハンドバイク製造の作業風景②　1年の歳月をかけてやっと完成にこぎつけました

入間川のサイクリングロードで、ハンドバイクを依頼してきた男性に、試乗してもらうと、「ああ、これだ、これだ、また自転車で風を感じて走ることが出来た」この言葉に自信を得た宇賀神さん。いよいよ、ハンドバイクの新規事業に乗り出します。8段ギア、ディスクブレーキ、電動アシストなどの改良を加えて、障がい者も、健常者も、誰でも楽しく乗れるように、見た目にも、こだわりました。2011年には、ハンドバイクで初めて「グッドデザイン賞」を受賞。

2011年に「グッドデザイン賞」を受賞したハンドバイクがこちら

そんなある日のこと。滋賀県に住む、中学生の子供を持つ母親から、ハンドバイクに試乗できませんか、と連絡がありました。話を聞くと、脳性麻痺で足に障がいがあり、学校までの5キロの距離を、同級生と同じように、自転車で通わせたい……、とのことでした。

早速、宇賀神さんは、埼玉から滋賀へ、車で向かいました。

「その子は、海人（かいと）君といって、ひょろと痩せた子でしたね。ハンドバイクを見て、うわぁ、かっこいい！　と言ってくれたんです。すぐに乗ると、『楽しい！　楽しい！』と声を上げて、ずっと乗っていて、降りたがらないんです。そりゃ、そうですよ、彼にとって、初めて自分で漕いだ、自転車だったんですからね」

すぐに注文を受けた宇賀神さん。2ヶ月後、新車を納品します。

宇賀神さんと肩を並べる海人君

翌年、海人君から、ハンドバイクで琵琶湖を一周する、と連絡があり、宇賀神さんも一緒に参加しました。久しぶりに会う海人君、見違えるほど、たくましくなっていました。

「胸や腕の筋肉がムキムキ！　ビックリしましたね。さらに、表情が、自信に満ち溢れていたんです。一泊二日で、琵琶湖一周したんですが、お母さんから『息子の人生が、180度、変わった！』と言ってもらえた時は、（ああ、ハンドバイクを作ってよかった）と、涙が出るほど、嬉しかったですね」

人生が180度変わった！　ハンドバイクに乗る海人君

宇賀神さんと一緒にハンドバイクで琵琶湖を一周しました

全国で20台ほどのハンドバイクを販売してきた宇賀神さんですが、いままでの開発費を考えると、まだまだ元は取れないと、言います。「町工場の社長さんが、新しい事業を始める、そんなドラマが人気ですが、あんなにうまくはいきませんよ」と笑います。

2年後に迫った東京パラリンピック……、自転車競技で、ハンドバイクが使われます。

「競技用のハンドバイクを作ろうとは思っていませんが、うちの商品がきっかけになって、パラリンピックを目指す人が増えたら、いいなぁ、と思います」

胸や腕の筋肉がついて自信に満ちた表情

ハンドバイクとの出会いで生き方が変わりました

ハンドバイクは、軽量でスピードが出る「レース用」と、車椅子に、前輪を取り付ける「アタッチメント型」の、だいたい2種類に分かれるそうです。どちらも、欧米からの輸入品。そこに、宇賀神さんは、日本で初めてのハンドバイク専門ブランド、「ハンドバイクジャパン」を立ち上げました。

日本初のハンドバイク専門ブランド「ハンドバイクジャパン」
http://handbike.jp
メール：info@handbike.jp

有限会社 宇賀神溶接工業所
〒351-0033 埼玉県朝霞市浜崎4-14-15
048-486-2720

ハンドバイクでまた誰かの人生が変わるかもしれません

上柳昌彦 あさぼらけ 『あけの語りびと』
2018年2月21日(水)　上柳昌彦 あさぼらけ　あけの語りびと　より

朗読BGM作曲・演奏　森丘ヒロキ