10時のグッとストーリー

46年前に開幕した札幌オリンピックのテーマソング 『虹と雪のバラード』の名曲誕生エピソード

番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】

いよいよ来週9日に開幕する、平昌オリンピック。きょうは、46年前に行われた札幌オリンピックのテーマソングにまつわるストーリーをご紹介します。作曲家の方に、名曲誕生エピソードを伺いました。

札幌オリンピックの歌 虹と雪のバラード

“札幌オリンピックの歌”『虹と雪のバラード』

1972年2月3日……46年前のきょう、開会式が行われた 札幌オリンピック。アジアで冬季オリンピックが開催されるのは初めてのことで、そのテーマソングとして誕生したのが『虹と雪のバラード』です。NHKが、オリンピックを盛り上げる曲を作ろうと企画し、作詞を、札幌医科大学教授の、河邨文一郎(かわむら・ぶんいちろう)さんに依頼。河邨さんは医師のかたわら、現代詩の詩人としても知られ、作家・渡辺淳一さんは、大学の教え子の一人です。

NHKのスタッフは、河邨さんに作詞を依頼するにあたって、こんな注文を付けました。「オリンピックが終わっても、長く歌い継がれるもの」「札幌市民の心を表したもの」、そして「誰もが簡単に口ずさめて、合唱できるものを書いてください」。楽曲の歌詞を書くことに慣れていなかった河邨さんは、何度も書き直しを続け、ようやく歌詞が完成しました。

一方、曲を依頼されたのが、作曲家の 村井邦彦(むらい・くにひこ)さん。現在72歳ですが、当時20代半ばにして、ヒット曲を何曲も書いている売れっ子作曲家でした。

「札幌のNHK放送局に呼ばれて行くと、まっすぐスタジオに連れていかれたんです。グランドピアノがあって、その上に歌詞を書いた紙が置いてありました」という村井さん。

「じゃ、ここで曲を書いてください。できたら呼んでください」と言い残してスタッフは立ち去り、村井さんは一人、スタジオにこもって曲を作ることに。歌詞を読んで「すごくいい詞だな」と思った村井さん。まず最初に目を引かれたのが、サビのこの歌詞でした。

「ぼくらは呼ぶ あふれる夢に あの星たちの あいだに」

「読んだ瞬間、フッとメロディが浮かんできたんです。サビはすぐに完成しました。河邨さんとスタッフが歌詞を練ってくれたお陰で、曲は付けやすかったですね」

村井さんは東京出身ですが、高校時代、札幌に1ヵ月ほど滞在したことがありました。同級生に、札幌から上京してきた友達がいて、夏休みに彼の実家へ遊びに行ったのです。当時飛行機代は高く、東京から青函連絡船と汽車を乗り継いで、札幌に行った村井さん。「いやあ、遠かったねえ。函館からまる一日、汽車に乗ってましたよ」…1ヵ月、自然豊かな札幌を満喫した村井さん。

「町ができる 美しい町が あふれる旗 叫び そして唄」

のどかだった札幌も、オリンピックをきっかけに地下鉄が走り、地下街ができ、これから大きく生まれ変わっていくのだなと思いつつ、4時間ほどで曲は完成。レコード各社の人気歌手たちが、競作でこの曲を歌いましたが、村井さんが最も心惹かれたのが、トワ・エ・モワのバージョンでした。

「爽やかさは群を抜いてましたね。トワ・エ・モワには、デビュー曲『或る日突然』を書きましたが、自分の好きな歌手が、いちばんいい形で歌ってくれてよかったです」

或る日突然 トワ・エ・モワ

或る日突然/トワ・エ・モワ

『虹と雪のバラード』は選手村の開村式でも演奏され、オリンピックが終わっても、札幌市民、北海道民の間で愛唱歌として歌い継がれていきました。村井さんは、かつて遊びに行った札幌出身の同級生にも「いい曲をありがとう」と喜ばれたそうです。

「こうして半世紀近く歌い継がれているっていうのは、作曲家としてありがたいことですね。よくぞ、ここまで育ってくれました」という村井さん。

札幌オリンピックで表彰台独占の快挙を達成した、スキージャンプ「日の丸飛行隊」の一人、北海道出身の笠谷幸生(かさや・ゆきお)選手は、のちにこう語っています。

「いつも耳の奥で、この曲が響いていました……」

【10時のグッとストーリー】
八木亜希子 LOVE&MELODY 2018年2月3日(土) より

八木亜希子,LOVE&MELODY

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