1977年の本日6月27日。ピンク・レディーの「渚のシンドバッド」がオリコンチャートの1位に輝く。 【大人のMusic Calendar】

1977年(昭和52年)の本日6月27日、発売17日後にしてオリコンチャートのトップを記録したのが、ピンク・レディーの4枚目のシングル「渚のシンドバッド」だ。前週1位を記録した沢田研二の「勝手にしやがれ」に、3週後再び1位を明け渡すものの、8月15日付で1位に返り咲き、翌月12日までその座を独走。計8週間1位を守った後その座を譲った曲は、何とPLの次作シングル「ウォンテッド」(指名手配)だった。ジュリーの曲も含めて、3曲で何と25週、阿久悠作詞作品が1位を独走するという驚異的な事態に至ったのである(さらに1週置いてPLの「UFO」が休刊週も含めて10週1位を独走する!)。売り上げ的には初めて100万枚の大台に乗せ、5曲連続ミリオン達成の突破口を作ったのが「渚のシンドバッド」である。

記録的なことはこの位にして、さすが社会現象たるピンク・レディー。この曲がもたらした副産物の存在もよく知られている。まずは何と言っても、翌年6月25日にリリースされたサザンオールスターズのデビュー曲「勝手にシンドバッド」。言うまでもなく、前述の「勝手にしやがれ」と合体した奇抜なタイトルである。既にザ・ドリフターズの志村けんが「8時だョ! 全員集合」の中でこの2曲をマッシュアップしたネタを披露していたが、それとは関係なく、巧みな言葉遣いが強烈な印象を残しつつ、タイトルとして決定的なフレーズを欠くといえるこの曲にこのタイトルを冠した桑田佳祐のセンスは凄い。まさかその後、彼らが40年近くに渡ってJ-popの最前線に生き残るなんて、当時この曲をコミックソング扱いした人は決して予期しなかっただろう。

よりダイレクトなこの曲のパロディーとしては、同じく78年、大瀧詠一がアルバム『Let’s Ondo Again』のために制作した「河原の石川五右衛門」がある。もっとも、完成はしたものの諸事情により収録は見送られ、歌詞のみが歌詞カードに記載されている。恐らく、阿久悠というよりPLの事務所サイドからの圧力が強かったのではと読んでいるが…。正式に発売されたのは81年になってからで、さらに2008年、AKB48よりの派生グループ、渡り廊下走り隊と未唯mieによるユニット「簪」名義で、阿久悠トリビュートアルバム『Bad Friends』収録曲としてカヴァーされた。ストレートなカヴァーとしては、当時のミュンヘンディスコブームに乗り、現地のスタジオバンドとの触れ込みで登場したコズミック・ギャルが、「ウォンテッド」に続く第2弾シングルとして英語ヴァージョンを発売している他、最近のアイドルやロックバンドに至るまで好んで取り上げられている。

その一方で、この曲にもプロトタイプと呼べる曲があるのは意外に知られていない。井上順のソロとして5枚目のシングルに当たる「幸福泥棒」(72年6月5日発売、オリコン60位)がそれである。イントロから、思わずレコードを間違えたかと錯覚させる「既聴感」。ギターやドラム、ストリングスのアレンジも殆ど「渚のシンドバッド」そのものだ。それもそのはず、作曲・編曲ともPLを育てたその人・都倉俊一によるものであり、さらに作詞は阿久悠である。ソロ初の大ヒット曲「昨日・今日・明日」から続くコンビだ。77年当時「夜のヒットスタジオ」の司会を務めていた順は、PLが「渚の〜」を歌うのをどんな顔をして眺めていたのだろうか…

降って湧いたようなPL現象の中、過去の共作曲にモチーフを求めざるを得なかった事情を察せざるを得ないが、そんな中でもより若い層を狙いながら、一つのユニークな世界観に帰結する文学的歌詞を与えた阿久悠は凄い。小学生だった自分でさえ、「セクシー」という言葉の響きにある種の高貴さを感じた覚えがある。

都倉俊一も、阿久悠/筒美京平が「また逢う日まで」で成功させた手法を踏襲するのは避け、時代に符合したフレッシュなタッチで全く新しい楽曲へと昇華することに成功している。「幸福泥棒」にはない歌い始めのパートは、イエスの「Yours Is No Disgrace」からの影響が多少感じられるし、さらにファーストアルバム収録のケイのソロ曲「インスピレーション」にさえこの曲の原型的メロディーが聞き取れるが…

「渚の〜」関連以外でも、物真似でおなじみはたけんじが演歌調にアレンジした「演歌ペッパー警部」や「演歌SOS」、フォークの神様・岡林信康が発表した辛辣なパロディー曲「新説SOS」(後に笑福亭鶴光もカヴァー)、某シンセサイザー・グループが変名でリリースしたという噂のザ・バッハ「ディスコ!! ウォンテッド」(この曲はYMOも活動初期のライヴでしきりに演奏していた)、さらに後にシャネルズ〜ラッツ&スターとしてブレイクする面々が、先の『Let’s Ondo Again』に「モンスター」名義で吹き込んだ「ピンク・レディー」(再発盤では「ピンク・レディー讃歌」と改題)など、ノベルティー曲にも事欠かなかったピンク・レディー。それもまた、真のスターの証である。海の向こうではビートルズをテーマにしたノベルティー曲を集めたコンピがリリースされているが、それに近いものを編纂させることができる唯一の日本のアーティストかもしれない。

【執筆者】丸芽志悟

ミュージックカレンダー