熊本地震の際に道場を開放して大勢の人々を受け入れた男性。 【10時のグッとストーリー】

番組スタッフが取材した「聴いて思わずグッとくるGOODな話」を毎週お届けしている【10時のグッとストーリー】

今日ご紹介するのは、4月の熊本地震の際に自宅にある格闘技の道場を開放して大勢の人々を受け入れた男性の話。

4月中旬、熊本を二度にわたって襲った大きな地震。4月16日、二度目に来た本震の際は、これまで体験したことのない激しい揺れが、熊本市内を襲いました。最も被害が大きかった益城町(ましきまち)に隣接する熊本市東区も「震度6強」の揺れに見舞われ、ビルが斜めに傾いたり、全壊、半壊した家もありました。絶え間なく続く余震に、しばらく建物の中には居られないと、車に泊まり込む「車中泊」で一夜を過ごす人たちも続出。

電気は何とか通っていましたが、ガス・水道は止まったまま。いつまでこんな生活が続くのか、人々が不安に怯える中「どうぞ、うちにおいでください」と近所の人たちに呼びかけたのが熊本市東区で総合格闘技の道場を開く、牧野伸之さん・53歳です。

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牧野さんは2005年に自宅を新築。1階に念願の道場を造りました。大きな地震にも耐えられる耐震構造にしたおかげで、今回の地震でも、道場の壁の一部にヒビが入った程度の被害で済みました。

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なので、余震が来ても道場にいれば安心。しかも床には全面、ウレタンのマットが敷いてあるのでフカフカです。高齢者の住むアパート、小さな子供のいる家にも「よかったらうちの道場へ」と呼びかけたところ、7家族・23人が牧野さんの道場に集まりました。

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その中には、牧野さんと初対面の家族もいましたが、牧野さんはこう言います。

「困っとる人ば、ほっとかれんばい。」

下は5歳から、上は87歳まで、20人を超す大人数での共同生活が始まりましたが、食料がいつ尽きるかわかりません。そこで、食事は朝晩2回だけ、炊事は当番制とルールを決め、洗い物ができないので、紙皿に名前を書き、ラップを巻いて使いました。

牧野さんによると、いちばん辛かったのは、水道がなかなか復旧しなかったことです。川の上流に水を汲みに行ったり、雨水をためて、トイレ用に使ったり…。それだけに、地震から4日ほど経って、ようやく水道が復旧し、蛇口から水が出たときは、「やったー!」と歓声が上がったそうです。これで、ずっと我慢していたお風呂にも入れます。

このとき牧野さんは、自宅のお風呂だけでなく、道場に設置してあるシャワーも開放。避難してきた人たちとは別に、20人ほどの人がシャワーを浴びに来ました。

まさに「困ったときはお互い様」。

そのうち余震も収まり、道場に避難していた人たちも自宅に帰りましたが、牧野さんが2週間にわたって、困っている地域住民を受け入れたのには、わけがありました。

「私も以前、みんなに助けてもらったけんね。」

実は牧野さん、自宅を建てた直後の2006年に、仕事でのストレスから突然「うつ病」を発症。
仕事を辞めれば、うつが改善するかと思い退職しましたが、いっこうに症状は回復せず、むしろ仕事をしていないという罪悪感から、またうつがひどくなるという悪循環に陥りました。

「道場だけは続けてましたが、何をするにもおっくうになって、本当に辛かったですね」

そんなとき、牧野さんは知人から「テーブルを作ってもらえないか?」という依頼を受けます。
日曜大工が得意な牧野さんの腕を見込んでのことですが、完成品を見た知人が大喜びする姿を見て、牧野さんは「そうか、自分もまだ人の役に立てるんだ!」と、再び生きる気力が湧いてきました。

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それまで、ただがむしゃらに頑張ってきた牧野さんでしたが、うつになったことで肩の力を抜き、「ぐうたら」することも大切だと実感。社会復帰した今は、道場主と並行して、家具などを創作するクリエイター「グータリアン」としても活動しています。現在はショップを開いて作品を販売しているほか、みんなが集えるカフェも作りたいと、牧野さんの夢は膨らみます。

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「うつから救われたのも、知人の笑顔を見ることができたからこそ。人に喜んでもらえることが、自分の生き甲斐だし、何よりの恩返しです。」

 

【10時のグッとストーリー】

八木亜希子 LOVE & MELODY 2016年6月25日(土) より

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