災害救助犬になった愛犬と、東京から山梨へ移住。愛犬と一緒に“働く”喜び

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【ペットと一緒に vol.63】

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シェパードの一種であるベルジアン・マリノアのミヤと暮らし始めた、ドッグ・トレーナーの川野なおこさん。たまたま仕事で災害救助犬の試験会場を訪れてから、なおこさんとミヤの人生が大きく変わることになりました。今回は、「犬と一体感を得ながら仕事ができるのが喜び」と語る、川野なおこさんのストーリーをお届けします。


犬は怖いと思っていたOLがトレーナーに

川野なおこさんがアメリカで軍用犬や警察犬のトレーニングを学ぶ前、実は犬にはほとんど興味がなかったと言います。大手建設会社を脱サラした夫の信哉さんから、家庭犬のトレーニングの仕事を一緒にやらないかと誘われた時は本当にびっくりしたのだとか。

「だってそれまで、犬を飼ったこともなかったので(笑)。パリに住んだ経験がある夫は、レストランや商業施設などに犬連れで出かけられるフランスの犬事情をよく知っていて、まるで犬が市民権を得ているかのように、フランスの犬は社会の一員になっているのだとよく言っていました。日本にもそうした文化を根付かせたいという夫の目標に共感した私は、一緒に、夫の両親が暮らすアメリカに渡ったのです」(なおこさん)。

アメリカでフランス人のドッグトレーナーが運営する訓練所で最初に目にしたのは、ベルジアン・マリノア30頭が走り回る姿。

「正直『怖い~! この犬たちって、襲撃訓練してるよね? 咬むんだよね?』と、尻込みしましたよ(笑)。でも、デモンストレーションを見た瞬間に、犬ってなんてカッコイイんだろうって、思いが一変。人と犬が同じミッションを持って訓練をしている姿から、人と犬とのフェアで対等な関係を感じたんです。そして、犬は本能を活かして、好きでトレーニングに取り組んでいる。そのすばらしさに心を打たれました」と語るなおこさんは、「普通、女性は『犬って、かわいい~♪』っていう思いを抱いて犬の世界に入るパターンが多い気がするんですが、私は、全然違うパターンでしたね」と笑います。

訓練所 災害救助犬 犬 いぬ

アメリカ時代のなおこさん。訓練所のマリノアと一緒に


ふとしたきっかけで愛犬が災害救助犬に

帰国した川野夫妻は、家庭犬の出張トレーナーとしての活動をスタート。数年後には、商業施設内で犬のしつけ教室などを行う“犬のがっこうエコール”も設立。都内で、愛犬である柴犬の葵ちゃんと暮らしていました。

ある時、なおこさんはトレーナー仲間からの紹介で、愛犬を災害救助犬にしたいという方のトレーニングを担当することになったそうです。テストの一科目には一般的な服従訓練があるからです。いざお客様とご愛犬とが挑んだ試験会場で、なおこさんは災害救助犬の育成のスペシャリストとして知られる訓練士の先生とたまたま知り合うことに。

「その後なんと、アメリカから迎えた2頭目の愛犬であるマリノアのミヤが、災害救助犬の適正が高いという可能性を先生に見出していただいたんです。そこからですね、愛犬との思わぬ方向に道が開けたのは」と、なおこさんは振り返ります。

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なおこさんとミヤの災害救助訓練のワンシーン

ミヤが災害救助犬に適しているのは、どのような状況でもひるまない強い精神力を備えている点や、何に対しても意欲が高い点だと言います。

「でも、意欲が高いのは興奮性が強いのと同義なんです。ミヤをただ興奮させて作業をさせるだけでは、細かいニオイを嗅ぎ落としてしまい、ムダに体力だけを消耗させてしまいます。犬は冷静にならないと、上手に鼻を使うことができません。だから、ハンドラーは、ミヤの意欲を落とさないけれども冷静に作業ができるように導くのがポイントですね」と、なおこさんはミヤのトレーニングのむずかしさも語ってくれました。嗅ぐ能力を最大限に発揮する災害救助犬を育成するには、緻密なトレーニングプランも必要なのです。

さらには、なおこさんはトレーニング現場では命綱をつけて崖を降りたり、犬が探してくれるまでずっと練習場のがれきの隙間に隠れたりもするのだとか。犬だけでなく人もハードな訓練を重ねた末、ミヤも無事に災害救助犬になりました。

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災害現場を想定した練習場で、ミヤが人を探す訓練の様子

「あ、でも、災害救助犬の訓練って厳しくて犬にも過酷だと思われがちなんですが、違うんですよ。犬も、自分の鼻を使って目的物を探す作業が楽しいから、喜んで続けてくれるんです」と、なおこさんは語ります。

ミヤは、2014年の広島土砂災害、同年の長野県神城断層地震、2016年の熊本地震の際、災害救助犬として出動しました。現在、日本の災害救助犬は民間のボランティア団体に所属していて、それぞれの団体が連携している自治体などから要請を受けて被災地に派遣されています。

広島土砂災害の際には、のべ80頭の災害救助犬が被災地入りをしました。

「被災地では、3頭を1チームとして活動します。1頭だけが反応を示すのではなく、3頭全部が反応を示したポイントを地図に記載して消防本部などに知らせます。その作業を繰り返すのですが、最終的に犬たちが示した場所がどうだったかはわかりません。生存者を救出する現場に立ち会えることもなく、地道で地味な作業を3日間ほど続けるんです」とのこと。


犬の鼻を使う仕事にハマり、山中湖に移住!

川野夫妻は3年前から、山梨県の山中湖村で暮らしています。

「災害救助の訓練は、夏に都心部で行うには過酷すぎますね。以前から、夏だけ山中湖村で訓練を行っていたのですが、村の人々が練習場をご提供くださったり、山のことを色々教えてくださったりと、災害救助犬の訓練をとても応援してくださって。あまりにもすばらしい環境なので、移住してしまいいました(笑)。10年前の私たちは、まさか山中湖村に住むことになるなんてまったく想像していませんでしたね」と、なおこさん。

ミヤはスズメバチをパンチで撃退するという新たな才能も、村生活で開花させたのだそうです。

合同訓練 災害救助犬 いぬ 犬

遠方での合同訓練に参加することもあります

なおこさんは「犬の鼻を使う訓練にハマっている」とも語ります。

「オスワリなどのトリックは、人が正解を知っていて、それを犬にトレーニングをとおして教えていきます。でも、犬の鼻を使うトレーニングは、犬にしか正解がわからないんです。人は、犬ほどの嗅覚を備えていませんから。鼻を使うトレーニングには、人が犬に導かれ、助けられて正解までたどり着く。犬と人が一体になって、ゴールまでたどり着かなくてはならない。そのおもしろさに魅せられてしまいました。」(なおこさん)。

ミヤは11歳になり、災害救助犬としては引退をしたそうです。現在、ミヤを含めて4頭のマリノアと暮らす川野夫妻ですが、「ミヤの子だからと言って、必ずしも災害救助犬に向いているかどうかはわかりません。その犬の個性を見極めて、その犬の適正を活かした仕事をさせてあげたいですね」とのこと。

実は、川野夫妻は犬の嗅覚を活かせる爆薬探知という新たなトレーニングにも取り組み始めていて、「村での生活も、犬の鼻を使うトレーニングも、まだまだこれからが楽しみです」と、なおこさんは笑顔をのぞかせていました。

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ミヤ(中央)とミヤの子どもと葵ちゃんと山中湖村で

連載情報

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ペットにまつわる様々な雑学やエピソードを紹介していきます!

著者:臼井京音
ドッグライターとして20年以上、日本や世界の犬事情を取材。小学生時代からの愛読誌『愛犬の友』をはじめ、新聞、週刊誌、書籍、ペット専門誌、Web媒体等で執筆活動を行う。30歳を過ぎてオーストラリアで犬の行動カウンセリングを学び、2007~2017年まで東京都中央区で「犬の幼稚園Urban Paws」も運営。主な著書は『室内犬の気持ちがわかる本』、タイの小島の犬のモノクロ写真集『うみいぬ』。かつてはヨークシャー・テリア、現在はノーリッチ・テリア2頭と暮らす。東京都中央区の動物との共生推進員。

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