あけの語りびと

日本に艦上偵察機「彩雲」の尾翼を持ち帰った飛行機愛好家

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。

彩雲

中島 C6N 彩雲(彩雲 (航空機) – Wikipediaより)

12月8日は、太平洋戦争・開戦の日です。いまから76年前の、昭和16年のことでした。この戦争で、ゼロ戦や隼をはじめ、数々の飛行機が登場しましたが、「彩雲(さいうん)」という艦上偵察機を、ご存知でしょうか。彩る雲と書きますが、虹色に輝く雲の意味で、良いことが起こる前触れ、と言われています。

彩雲は、広い太平洋上、高速で偵察が行える艦上偵察機として昭和18年に試作機が完成し、翌19年に運用が開始。3人乗りで、最高時速639キロを記録、旧日本軍で最速の航空機でした。しかし、昭和19年になると、連合艦隊は、ほぼ壊滅状態……、彩雲を搭載する空母はなく、陸上での運用で、太平洋上の島々の偵察が、主な任務となっていました。「我ニ追イツクグラマン無シ」グラマンと呼ばれたアメリカ戦闘機「F6Fヘルキャット」さえも、追いつくことができなかった、という逸話が残っています。

彩雲の尾翼を挟んで、左が大柳館長で右が小野寺強さん 小野寺さんの隣が奥様です(写真提供:青森県立三沢航空科学館)

さて、宮城県大崎市に住む、飛行機愛好家の小野寺強さん(44歳)に、アメリカに住む友人から、こんなメールが届きます。「アンティークショップに日本の昔の飛行機の部品が売っているよ」早速、ショップのホームページを見た小野寺さん……『まさか! なんでここに?』と我が目を疑います。

「昭和19年6月22日、アメリカ軍の攻撃で、テニアン島の飛行場に駐機していた彩雲が破壊されたんですが、私が持っている『世界の傑作機』という雑誌に、その白黒写真が載っているんです。機体番号も同じ! 弾丸の跡も同じ! 壊れ方も同じ! そのままの彩雲の尾翼が売っていたんです」

世界の傑作機 彩雲 尾翼

小野寺さんが購入した雑誌「世界の傑作機」 この中に実物と“全く同じ”彩雲の尾翼の白黒写真があります!

早速、小野寺さんは、アンティークショップにメールを送りました。すると、こんな返答がありました。以前の持ち主は、アメリカの元海兵隊員で、テニアンで撃破された彩雲の部品を調査のため、本国に持ち帰った……、その後、不要になり、70年近く、納屋にしまったままだったが、持ち主が亡くなり、家族が売りに出した……、という内容でした。

「私は、英語が苦手だったので、翻訳アプリを使いました。もちろん、こういった海外の取引は初めてなので、送料、税金、支払い方法など、分からない事だらけ。さらに、値段を聞いて、二の足を踏みましたね。提示された金額が、大型バイクが買える値段だったんです。私は、バイクのツーリングが趣味ですし、いま乗っている自動車は、19万円で購入した中古車ですから……」

アンティークショップ 木箱

こちらがアンティークショップから届いた2メートルほどの大きな木箱

アンティークショップ 梱包

値引きをしてもらったとはいえ、元は大型バイクが買える値段のもの 厳重に梱包してあります

バイクや自動車は、我慢すればいい。しかし、この翼は、いま買わないと、日本に帰れないかもしれない……、と購入を決意! しかし、もう一つ、気がかりなことがありました。それは妻から『こんな物、何の役に立つの』と言われることです。彩雲がどんな飛行機で、どれほど貴重か、丁寧に説明すると、「どうしても欲しいのなら」と言ってくれました。

さあ、ここから、翻訳アプリを駆使し、不慣れな英語のメールで、何十回もやり取りし、交渉を続けました。小野寺さんの熱意に押されたのか、ショップのオーナーが値引きをしてくれて、ようやく購入にこぎつけました。

尾翼 アンティーク 彩雲

初めて見た時、涙があふれてきたという本物の尾翼 とてつもない大きさです

送金後、本当に届くのか、気を揉む日が続きます。アンティークショップに初めてメールしてから、2ヶ月以上が経った、ある日のこと、自宅前に大型トラックが到着! 荷台から、2メートルほどの大きな木箱が下されます。さっそく、電動ドライバーで、ガーガー! ガーガー! と木箱のネジを外します。クッション材で厳重に包まれた中から、待ち焦がれた、彩雲の尾翼が、姿を現しました。

「その濃い緑色を見たとき、そして、敵機から受けた生々しい弾丸の跡を見たとき、胸が熱くなり、思わず、涙があふれましたね。白黒写真では、白だと思った機体番号が黄色だったのも驚きです。当時の飛行機の色を、カラーで見たいと、ずっと思っていたので、対面したときは、憧れの人にやっと会えた、そんな気持ちでした」

彩雲 尾翼 機体番号

白黒写真ではわからなかった機体番号の鮮やかな黄色

日本からテニアン、そしてアメリカに行き、およそ70年ぶりの長旅から日本へ帰って来た「彩雲」……現在、青森県立三沢航空科学館に展示されています。

「どうか、皆さんの心の中で、『お疲れ様、そしてお帰りなさい』と言って下さると、嬉しいですね」

三沢航空科学館 彩雲 尾翼

三沢航空科学館に展示してある彩雲の尾翼 後ろのシルバーの機体は別の旧日本軍の軍用機です

この「彩雲」は、第121海軍航空隊所属、機体番号「21ー101号」(にじゅういち の ひゃくいちごう)。三沢航空科学館には、尾翼のほか、彩雲の中央座席の搭乗員が使った計器盤など、2018年3月31日まで展示する予定です。

小野寺さんの希望は、日本中の、彩雲に興味を持ってくれる施設に巡回展示してもらうことだそうです。「彩雲の関係者や海軍航空隊に所属されていた方で、御存命な方も少なくなって来ています。そういう方達にも是非ご覧になって頂きたい」とおっしゃっています。

ちなみにテニアン島はアメリカ軍によって陥落した後、B29の基地になりました、東京大空襲を始め、広島、長崎に原爆を投下したB29も、ここから発進しました。

青森県立三沢航空科学館

お問い合わせ:〒033-0022 青森県三沢市大字三沢字北山158
電話/0176-50-7777 FAX/0176-50-7559
開館時間:9:00~17:00 (入場は16:30まで)
休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌日)12月30日~翌年1月1日
※上記以外に、メンテナンス等を行うために休館する場合がありますので、開館スケジュールをご確認ください。
入館料
一般510円(団体:410円)
高校生300円(団体:240円)
中学生以下(無料)
団体は20名以上。団体予約についてのお問い合わせは0176-50-7777まで。詳しくはこちら
http://www.kokukagaku.jp/

彩雲

第三〇二海軍航空隊の彩雲。風防中央に斜め銃が突き出している。(彩雲 (航空機) – Wikipediaより)

上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』
2017年11月9日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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