スポーツ人間模様

日本ハム・大谷 なぜ1年でも早くメジャーへ行きたいのか?

大谷翔平

【日本ハム・大谷翔平会見】会見で大リーグ移籍を表明し、記者の質問に答える日本ハム・大谷翔平=2017年11月11日、東京都千代田区 写真提供:産経新聞社

日本ハム・大谷がメジャー挑戦を正式表明しました。そのニュースはアメリカでも二刀流への挑戦など「かつて類を見ないユニークな選手」と話題となっています。しかし、最大の謎は、「なぜ、25歳まで待てなかったのか」ということ。世の中、お金がすべてではないというものの、みすみすビッグマネーを捨ててまで、自身の夢に賭ける姿勢がアメリカ人には今一つ理解できないようです。

現在、日米で競技中の新ポスティングですが、基本的に獲得球団が支払う金額には大きな変動はなく、送り出す日本ハムへは2,000万ドル(約23億円)が支払われる。ところが、ダルビッシュの時もそうでしたが、税金がやっかいで、手にできる金額はその半分程度になるそうです。

一方、大谷の年棒は、新労使協定によって、海外選手獲得にともなう契約金制限の適用年齢が23歳から25歳になったため、マイナー契約からメジャーへ昇格しても約6,000万円ほどです。これは、1997年1月、日本人として史上初の金銭トレードでエンゼルスへ移籍した長谷川滋利とほぼ同じ。もっとも、近鉄を退団し、95年2月にドジャースとマイナー契約した際の野茂英雄は約980万円でしたが。

現在の大谷の今年の年俸は2億7,000万円。2年待てば、「その20倍で契約できる」と言われているだけに、アメリカ人にとっては不思議でならない。とはいうものの、低く金額が抑えられているおかげで、「ほぼメジャー全球団が獲得へ乗り出す」と噂されています。どの球団が獲得するのか、オフの話題を集めることでしょう。

では、どうして1年でも早く、メジャーへ行きたかったのでしょう。それは、高校1年時に遡ります。全国的に無名だった大谷は複数のメジャー球団から、「やってみないか」と誘いを受けました。

「あの頃のぼくは、可能性など何もない状態。それが、やってみないかという言葉をいただいたおかげですごい力になりました」

と振り返っています。一途な気持ち。野球少年の心を忘れずにいました。

はっきりと移籍を決断したのが、昨年です。チームは大谷の大活躍で、日本一に輝き、NPB公式戦最速記録を2度も更新。9月13日のオリックス戦では164キロをマークしました。

「ファンの皆さんの声援が後押しとなった。そのおかげで記録を出せたと思います。本当に感謝しています」

ひとつの区切りでした。

入団時から、若者とは思えないほどのしっかりとした受け答えをすることも特徴のひとつ。それについては、

「仲の良い友人と話すのとは、違います。きちんとした対応をしなくてはいけない。そう、心掛けてきました。どうすれば、子どもたちが、目標とする選手になれるかと、考えていました」

と言い、

「野球人として、人間としても、この人はすごかったと言われるようになりたい」

と堂々と話していたのが印象に残ります。いったい、どこのユニホームを着ることになるのでしょうか。

11月13日(月) 高嶋ひでたけのあさラジ!「スポーツ人間模様」

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