テンプターズ最大のヒット「エメラルドの伝説」はプロの作家チームの手によって生まれたものであった。 【大人のMusic Calendar】

68年6月15日はザ・テンプターズのシングル盤第3作目の発売日であった。デビュー以来彼らのシングル作品はリーダーの松崎由治の作詞作曲でヒットさせてきた。しかし昨日までのアマチュアが常にヒット作を書けるという保証はない。前作の「神様お願い」もかなり悩んだ末誕生した作品だ。

そこで思い切ってプロの新鮮な感覚で作品を用意することにした。白羽の矢が立ったのはヴィッキーの「待ちくたびれた日曜日」を書いてもらってプロ・デビューしたばかりの新進作曲家の村井邦彦である。彼はブルーコメッツの「ブルー・シャトウ」を聴いてこのくらいの曲なら僕にも書けると豪語した大学の後輩である。ジャズやボサノバに秀で、クラシックにも造詣が深い。二人で相談してフランス印象派のドビュッシー、ラヴェル、フォーレ等をヒントに神秘性のあるロマンティシズムと洗練されたサウンドを狙った。

作詞のなかにし礼は以前から知り合いで彼らのデビュー盤のカプリング曲「今日を生きよう」も彼の訳詞だがオリジナルの作詞を依頼したのはこれが初めて。訳詞家としてキャリアを積んだ彼にたまたま同月発売のザ・ジャガーズの「キサナドゥ-の伝説」(デイブ・ディー・グループの大ヒットのカヴァー)の訳詞を依頼したばかりであった。ショーケンの神秘性の魅力をポイントに書いてもらったら、なんと「エメラルドの伝説」となんの衒いもなく“伝説”というタイトルを付けてきてしかもザ・ジャガーズと同時発売なのでやや抵抗感があったが、悪いタイトルではないので眼を瞑ることにした。

レコーディングは築地ビクター・スタジオで当時は6チャンネル録音、中途半端なマルチで使いにくい。大口広司のドラムのチューニングと最初のフィルインのフレーズの“駄目出し”にかなり時間がかかったのを覚えている。

ストリングス編曲に初めて川口真を起用したが期待に違わずハイセンスなサウンドで、特にホルンとオーボエの使用が従来の歌謡界にない奥行と深みのある新鮮な響きを生み出した。フィーチャーのショーケンのヴォーカルも魅力的でこのレコードは業界誌オリコンのチャートでザ・テンプターズとして初のまた唯一のNo.1ヒット(前作「神様お願い」はチャート2位)になった。

フィリップス・レコードの数多いグループ・サウンズのレコードの中でスパイダーズの「夕陽が泣いている」と共に実売50万枚超の売上記録を作ったシングル盤であり、このヒットによりショーケンがジュリーのライバルとして名実ともに彼らがザ・タイガーズに伍してGS人気の頂点に立つことになった記念すべき作品である。

【執筆者】元フィリップス・レコード担当ディレクター本城和治

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