あけの語りびと

震災を機に母の想いを受け継ぎ温泉旅館を立て直した漁業用餌問屋の主人

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それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

うみねこ温泉 湯らっくす

『うみねこ温泉 湯らっくす』 夜の帳が降りる頃、やさしい灯りが目を引きます

10月、三陸沖では、「戻りガツオ」の季節を迎えます。春先、黒潮に乗って、沖縄から、土佐沖、房総沖、三陸沖へと北上した「上りガツオ」が、北海道沖でUターンして、今度は、脂が乗った「戻りガツオ」として南下します。

このカツオを追っているのが、高知の一本釣り漁船です。カツオの群れを見つけると、散水機で海面を波立たせます。ここに生きたイワシを撒くと、カツオがパニックを起こし、疑似餌に食いつき、次々と釣り上げられていく、という漁法です。

生きたイワシを買い入れて、カツオ船に卸す、この仲買(なかがい)をされているのが、大山純一さん、56歳。大山さんは、20年前、父親が亡くなり、37歳で宮城県石巻市の、漁業用餌問屋「天翔水産」を継ぎますが、この20年は「つらく」「苦しく」、「忍(にん)の一文字」で、「楽しく商売をしたことはなかった」と言います。

大山純一

大山純一さん ご夫婦で素敵な笑顔です

「生きているイワシを売っている商売なので、いいイワシ、悪いイワシ、大きいもの、小さいもの、いろいろあって、気性の激しい土佐の漁師さんに、『こんなイワシしかないのか!』と、怒鳴られて、落ち込むことも数知れず……、でしたねぇ」

また、赤道付近での遠洋カツオ漁も、お客さんです。漁船の中の水槽に何万匹もの生きたイワシを持って行くんだそうです。ですから、大山さんは、一年中、イワシの仲買(なかがい)で忙しく、生きのいいイワシの買い入れに、出張の日々が続いています。

そんな大山さんですが、6年前、宮城県の牡鹿半島へ仕事で出かけた帰り、あの津波に襲われます。海水で車のドアも窓も開かず、浮いたまま、ぐるぐる回りながら、7〜800m、流されていきました。

震災

震災はものすごい威力でたくさんのものを破壊しました 衝撃的な光景です

海水が胸まで上がって、もうダメかと思いますが、ドアをこじ開け、車外に脱出。物置小屋の屋根に飛び移り、九死に一生を得ました。野宿し、翌日、半壊した自宅に戻ると、妻も子供も無事でした。ホッとしたのも束の間、「そうだ、お袋だ」、大山さんは声をあげます。

母親の貞子さんは、岩手県山田町で「大山旅館」を営んでいました。三陸沖で操業するカツオ船にイワシを運ぶ拠点として、30年前に始めた旅館でした。旅館に住み込み、切り盛りする貞子さんは、みんなの母親でした。

電話もつながらない。車があってもガソリンがない。1週間後、山田町にたどり着いた大山さんの目に映ったものは……、

「町が黒と灰色だけ、何もかも焼け焦げ、色が一切なかったんですよ。旅館はコンクリートの基礎だけで、50mほど先、JR山田線の線路付近に、潰れた状態で流されていました。お袋の姿はなく、遺体安置所を何軒も回りましたが、見つかりませんでしたね」

親孝行

震災の2年ほど前、最後の親孝行になった宮城の温泉での一枚 お母さんの写真はこの一枚だけしか残っておらず、これを「遺影」に使ったそうです

行方不明のままでしたが、大山さんは、ひとつの区切りをつけたいと、震災の年、11月20日、貞子さんの75歳の誕生日に、葬儀を行いました。

「私にとってお袋は、商売のパートナーでした。仕事のことで悩んで、誰とも話をしたくないほど落ち込んだ時、こう言ってくれたんです。『いいことも長く続かないし、悪いことも長く続かないよ』と……。あの言葉が、いまも心の支えですね」

4年かけて本業を立て直した大山さん、次に始めたのが、母が営んでいた旅館の再建でした。

旅館

お母さんの想いを受け継ぎ、旅館を立て直しました その名も『うみねこ温泉 湯らっくす』!

「旅館の風呂が温泉だったら、地域の人も集まる場になるのにねぇ」

そう言っていた母の言葉を思い出し、「よし、温泉を掘ろう!」と決意。役所や金融機関に交渉し、どうにか資金を調達して、9月7日、『うみねこ温泉 湯らっくす』をオープン!1階は温泉施設で、2階は宿泊施設になっています。

「お袋の口癖は『商売第一』。商売のために身を削っていた母ですから、もし天国から見ていたら、『やめなさい』と言ったでしょうね。旅館にお客さんを呼ぶのは、簡単じゃないから……」

温泉

壷に温泉がかけ流しになっていますね! とっても気持ちよさそうです

現在、山田町は、駅周辺に集合住宅や店舗が増えてきたものの、海岸線を走るJR山田線は、いまだ不通のままです。大山さんは言います。

「いまは地域住民の憩いの場になってほしい。そして、いつか全国からお客さんが『うみねこ温泉 湯らっくす』に来てくれたら、『よくやった』と、天国のお袋が褒めてくれるんじゃないかなぁ。」

大山純一さん、イワシに、旅館に、忙しい日々が続きます。

うみねこ温泉 湯らっくす

『うみねこ温泉 湯らっくす』の自慢の温泉 みなさま、この機会に是非足を運んでみてくださいね

偶然ですが、きょう10月4日は、「イワシの日」。「1(い)」「0(わ)」「4(し)」。

うみねこ温泉 湯らっくす

2016年に着工して、掘削すると、地下50メートルから冷鉱泉が湧き出した。加熱は必要ですが、源泉掛け流しの「温泉」です。山田町の「町の鳥」にちなみ「うみねこ温泉」と名付けました。

お風呂は大浴場の他に、「壺風呂」や「サウナ」、「炭酸泉」など。お食事のみ、日帰り入浴のみの利用もできます。

山田町は、「牡蠣の養殖」でも知られていて、11月ごろから、来年の春先まで、「かき小屋」で、美味しい牡蠣料理が食べられます。

JR山田線が不通ですが、都内から、山田町へ深夜バスが走っていますので、この冬、『うみねこ温泉 湯らっくす』で温泉に浸かって、「かき小屋」で、ぷりぷりの牡蠣を食べるのもいいでしょうね。

2017年8月9日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

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