近くにある大事なものを想い出させる時代遅れの懐かし自販機 「あけの語りびと」(朗読公開)

それぞれの朝は、それぞれの物語を連れてやってきます。
上柳昌彦あさぼらけ 『あけの語りびと』

けさは、「旅人」、魚谷祐介さんをご紹介します。
魚谷さんは43歳。現在、ネパールのポカラに暮らしています。
フォトグラファー、ウェブデザイナー、ミュージシャンなど、多岐にわたって活躍されていますが、肩書きは、あくまでも「旅人」。

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高校一年の時、お年玉で、サイクリング自転車を買って、北海道を旅したのが、今の原点になっているそうです。
高校を卒業してから、一度も定職に就かず、自分の行きたい所へ行く、そんな旅を、いまも続けています。 

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2007年の夏、魚谷さんの人生を変える「再会」がありました。
東北の旅に出かけようと、茨城県の国道をバイクで走っていると、「無人島」という、古びたオートスナックが目に止まりました。
その名の通り、無人の店舗には、懐かしい自販機が並んでいました。
うどん、そば、ラーメン・・・、
そして高校3年の時、自転車の旅の途中、空腹を満たしてくれた、ハンバーガーの自販機「グーテンバーガー」が、そこにありました。

「うわぁ、懐かしいなぁ!」

ブーンと音のする自販機に囲まれて、ハンバーガーを食べていると、昔の記憶が蘇り、ノスタルジックな気分も味わえました。
これがキッカケで、「懐かし自販機」を探す旅が始まりました。 

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翌年、群馬県みどり市にある「丸美屋自販機コーナー」でのこと。中に入ると、タクシーの運転手さんが、うどんをすすっていました。
それが、なんとも、美味しそうに見えるんですね。

「正直な気持ち、自販機より、コンビニの方が、うまい」

と思っていた魚谷さん。でも食べてみないと、何も分からない。
コインを投入すると、自販機の中で、回転する音がして、30秒ほどで、取り出し口から、プラスチック容器に入った、熱々のうどんが出てきました。
ズルズルッと麺をすすった魚谷さん。思わず「うまい!」と唸ると、横にいた運転手さんが、「だろ?」とニッコリ。
(こういう人たちに自販機は支えられているんだ)と知った魚谷さん。
さっそく、ウェブサイト『懐かし自販機』を立ち上げ、写真や動画などの記録を、残していくようになりました。 

東日本の旅を終えて、翌年の2010年、西日本を巡っていると、島根で「自販機の神様」と呼ばれる、田中健一さんと出会います。
自販機コーナーを4軒直営し、周辺の麺類自販機のメンテナンスを一手に担う、この道35年以上のプロフェッショナルです。 

田中さんは、東京からやってきた魚谷さんを大歓迎!
自販機の中身や、その仕組みを、すべて教えてくれました。
昭和に造られた自販機は、ほとんどが「ローテク」で、シンプルな構造なので壊れにくく、壊れても直しやすいんですね。
田中さんは、毎日、地元の食材を使って天ぷらを揚げ、うどんにのせて、自販機に補充しています。
自販機には90食が入りますが、売り切れになることも、しばしば。早朝でも、夜中でも24時間、熱々のうどん、そば、ラーメンが、自販機で味わえるのは、経営者の努力にありました。
その後、魚谷さんは、田中さんの協力を得て、辰巳出版から、『日本懐かし自販機大全』を出版しました。

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コンビニや、持ち帰り弁当に押されて〝絶滅〟の危機に瀕していた「懐かし自販機」ですが、秋田港近くの、うどんの自販機が、ドキュメント番組で紹介されて、再び脚光を浴び始めました。
そのお店は、経営者が高齢となり、惜しまれつつも今年3月、店じまいをしましたが、地元ファンの熱望により、自販機は廃棄されず、近くの「道の駅」で現役続行!

「日本人は、近くにある大事なものを、忘れかけています。時代遅れの自販機でも、視点を変えると、魅力的なものへと変わるんですよ。

と魚谷さんは言います。
最後に、魚谷さんの著書から、こんな言葉をご紹介します。

『世の中が24時間営業ではなかった昔の日本には本当の夜があった。午前2時から4時頃までは、深夜という名にふさわしい静寂と畏れがあった。世間の大半が眠る中、埠頭や国道で働く人や旅人たちを温めていたのが自販機だった。当時から生き残る旧い自販機たちは、夜の重みを憶えているに違いない。』

2016年6月8日(水) 上柳昌彦 あさぼらけ あけの語りびと より

朗読BGM作曲・演奏 森丘ヒロキ

Webサイト「懐かし自販機」マスターUSK 魚谷祐介
http://jihanki.michikusa.jp/