古舘伊知郎、死期の近い姉に父が語りかけた言葉とは?

今週の「あさラジ」は『レジェンドアナウンサーを直撃!今だから言えるアノ話』特集。
昨日に引き続き、古舘伊知郎さんをお迎えして、ちょっと染み入るお話を伺いました。

高嶋)さ、今日はどういう話になりますか?!私はずっと同じ場所、有楽町にいて、同じスタジオ同じ椅子に座って。古舘さんはあらゆる場所で、古舘伊知郎の才能を発揮している。ラジオは狭いスタジオで気が散らずに集中できますが、テレビは大勢の人がいて、ADさんが走り回っていて・・・テレビの人はああいうのに違和感はないんでしょうか。

古舘)慣れていくって言えば慣れていく。いま高嶋さんの話を聞いて思ったのは・・・ラジオって『集中』だと思いますが、テレビは『拡散』だと思うんです。散らすんですよね。しゃべりも、カメラ割りも。どっちがいいワルイじゃないくて。カメラ割りで言うと、報道ステーションでとても快感の一つだったのは・・・「これでコメントをやめるので天気予報の方に画面を切り替えてください」とやってないのに、解説者とからんで「そうですか。そういうことは政権の内部にもあるんでしょうね」などと、ハッと息を吐いた瞬間に、パッと画面が変わる。僕が「画面を変えて下さい」と思う前に、スッと食い気味に変わる。これが快感。スイッチャーという方がこれをしているのだが、その方は画面を見ていない。僕のしゃべっている表情を見ていなくて、「音を見る」というか「音を聴いている」。ずっと聴いて、司会者が「そうですかぁ」ため息交じりになった瞬間に、「もうやめろってことだろ」とパーンと切り替えてくれる。阿吽の呼吸とはこのことかな、と。これは快感でした、ありがたかったです。

高嶋)ある人に、「お前みたいに今感じたことをとってつけたみたいにペラペラしゃべったって駄目だ。ニュースステーションの久米宏さんは10秒15秒のコメントを考えるに2時間かかるんだよ。」と言われたことがあります。僕はむっとして、「2時間もかけていたら、毎日の放送なんて1分も出来ませんよ」と言った。けんか腰になって。

古舘)久米さんの場合は特殊だと思います。アノ人の表情とか間合いの演技。すごいですよね。もっとすごなあと思ったのは、眉間にしわを寄せて、「自分はこの政治家の言うことを聞いちゃいない」という態度を政治家の前で取ったりするじゃないですか。しまいにゃエスカレートして、久米さんは小道具を使うようになった。政治家の方が生で語っているとき、ボールペンを持って、振るんです、つまんなそうに。表情は笑っているんですけど。最終的には、しゃべりおわったあたりで、ボールペンを投げたんです。“これはやりすぎだな”と思いましたけど、才気走っている方って、パンチ力が強すぎるボクサーってこぶしを痛めるじゃないけど、そんな感じだなと思いました。

高嶋)ただ・・・怒っちゃダメですよ。古舘さんに代わった時、久米さんが「怖くて見てられない」と言ったんですよ。これは怒るでしょう。

古舘)ハハハ、そういうのは発奮材料になるし、良く言えば励ましてくれてると思うし。身につまされる、というニュアンスもあるのでは。

高嶋)そしてニュースステーションを辞めたとたん、テレビ全局もラジオ全局も“古舘詣で”となりました。

古舘)そうだったら嬉しいですけど、そんなことはなかったですね。今の話の5分の1ぐらいです。ニッポン放送では月1回金曜夜10時から12時、オールナイトニッポンゴールドをやらせてもらっていますが、テレビ各局が僕に詣でてくれた実感は何一つない。「お前、どういう仕事やろうとしているの?」と、僕も60越えているし、「引退したいの、やりたいの?」と見てくれていたのかもしれないけど、そんな詣でることはありませんでした。

高嶋)今62歳、午年生まれ?

古舘)はい。

高嶋)ちょうど私と一回り違う。古舘伊知郎さんはこれから12年、「これをやるんだ」というのがあると思うんですけど。

古舘)自分のしゃべりを仕上げていくことにすごくエゴイスティックに興味がありまして・・・今まで40年以上、スポーツ中継であろうが、実況であろうが、歌番の司会であろうが、そして報道ステーションをやめさせていただいて、結果、いい年でしゃべり倒しているわけです。これはいつまでも続かないと思うし、どうやってきちっと間合いを測りながら、「間」で勝負できるか。

それから僕が一番気になっていてライフワークにせにゃいかんと思っているのは、幼稚園から大学まで一番仲がいい友達がガンで50代で亡くなったり、僕の6つ上の姉が42歳でガンで亡くなったり、いろいろ近しい人の死を目の当たりにしたときに、しゃべり手でペラペラしゃべることを得意とする私が、病室の枕元で「また来るからね」と言う。間もなく死にゆく人が何か表情で語りかけているときに、僕は楽をさせてあげるような一言二言をおかにゃあいかんのに、「元気になってよ、また来るから」と表面的な励ましで病室を後にするということが、何回もあったんです。これってしゃべり手として僕は失格だと思うんです。

こんな話をしていいのかどうか・・・姉が37歳でスキルス胃がんを発病して何回も手術して亡くなったとき、親父がその当時まだ存命だったんです。娘ががんで死にゆこうとしている。父は毎日昼休み1時間、姉の病室に行っていたんです。それが後でわかって、というのも父は吹聴しない人で、ある時酔っぱらって「伊知郎もお母さんも聞きなさい。恵美子が今日は喜んでくれてねえ。」と。

おふくろ「お父さん、毎日行ってるの?」
親父「毎日行ってるよ。いちいち言ってないけど」
おふくろ「お父さん何してあげるの。あの子、もうしゃべれなくなっているじゃない」
親父「“お父さん、背中が痛いから、腰が痛いから、マッサージして”っていうから、毎日無言でマッサージしているんだよ。すると楽になったという表情をするんだよ。そのあとに、本当にかわいそうで、『えみこ、いいか。子供も二人いるから、精一杯面倒を見てあげるし、何にも心配しなくていいよ。後を追いかけるから。恐怖とかも、最終的には時が風化していくよ。』と、”お前は死んでいく“ということをボディタッチしながら語った」、っていうんですよ。

そして「恵美子の表情が楽になってねえ」と酒飲んで笑いながら帰って来た時、僕とおふくろはなじったんです。「何でそういうことを言うんだ。お前は死んでいくよ、だなんてかわいそうじゃないか。」って言ったんです。
そして、自分はだいぶ経ってから反省するんです。親父は親父なりの、賛否両論あるかもしれないけど、勝負だったと思うんです。この子を楽にさせたい、というあまり。それで傷つくということもややもするとあるかもしれないけど、本気で背中をさすりながら愛するわが子に語り掛ければ、あの時一瞬すごく気が楽になったのかな・・・とちょっと経ってから思うようになったんです。

高嶋)人間って年を重ねていくと、昔だったら思いもしないような感情だとか取り方が変わってきて、見方が変わっていく、というような。

古舘)ちょっと年とともにそういうことを考えるようになりました。

高嶋)12月で63になりますよね。今おっしゃっていた、そういう内面の変化もわかるような気がします。すごく忙しい立場で、ラジオも見捨てずに!テレビとは全然違いますから。その辺の古舘カラーをよろしくお願いします!

古舘)ハイ!ありがとうございます!嬉しいです。呼んでいただいてありがとうございます!

8月22日(火) 高嶋ひでたけのあさラジ!「三菱電機プレゼンツ・ひでたけのやじうま好奇心」より

高嶋ひでたけのあさラジ!
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