リニューアルされた「小田原城」!~小田原駅「小鯵押寿司」(1,030円) 【ライター望月の駅弁膝栗毛】

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東海道新幹線・小田原駅を高速で通過していくN700系「のぞみ」号。
小田原駅通過後、一瞬だけ左手上方の車窓に「お城」が見えます。
この「お城」といえば・・・?

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小田原市のシンボル「小田原城」!
昭和35(1960)年に小田原市制20周年記念事業として、江戸時代の模型等をもとに総工費8,000万円をかけて復興されました。
平成27(2015)年から大改修が行われ、今年5/1にリニューアルオープン、ちょうど1か月あまりが経ちました。
館内の展示も全面的にリニューアルされ、江戸時代の小田原はもちろん、戦国時代に関東一円を支配し、小田原城を本拠地とした「小田原北条氏」を紹介する展示も一層充実。
小田原市によりますと、リニューアルオープンからの1か月でおよそ8万8,000人が入場、5月としては過去20年で最多を記録しました。

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5階展望デッキからは、真鶴半島から伊豆方面の海も一望。
一方、視点を変えれば箱根の山並みも一望出来ます。

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反対側に回り込めば、眼下には小田原駅が・・・。
東海道新幹線、東海道線、小田急線、箱根登山電車、伊豆箱根鉄道大雄山線の各線が乗り入れます。
駅前からは、箱根登山バス、伊豆箱根バス、富士急湘南バスの各路線バスが発着。
神奈川県西湘地域では最大のターミナル駅で、平日も箱根の玄関口として多くの観光客でにぎわいます。

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そんな小田原駅を中心に駅弁を販売するのは、明治21(1888)年創業、東海道最古の駅弁屋さん「東華軒(とうかけん)」。
近年、駅構内の売店はNREタイプの売店が増えている中にあって、小田原駅東口前の売店は「東華軒」直営の売店です。
東華軒」は元々国府津(こうづ)駅前の旅館として始まり、東海道線が国府津まで伸びてきた時に開業に協力したことが縁で「駅弁」に参入。
当時は勾配のきつい御殿場回り(現・御殿場線)だったことから機関車の連結などで長い停車時間が発生、「駅弁」も大いに繁盛したといわれています。
一説には二代目(女性)のご主人が貿易商で、明治初めにイタリアに渡航した際、現地の鉄道ホームで販売する売り子さんを目撃。
この時の経験を基に「東華軒」が、首から木製のケースを下げる「立ち売り」のスタイルを編み出したのだとか。
あの懐かしさを感じさせる「駅弁の立ち売り」が、実は”イタリア仕込み”の業だったとは!!
(参考:国鉄構内営業と経営者、坂田俊夫著)

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東海道線が熱海回りになるのに先立って「熱海線」が先行開業、大正9(1920)年に「小田原駅」も誕生します。
これに合わせて「東華軒」も販売拠点をシフトして、今に続く「小田原駅」の駅弁屋さんとなっていきました。
歴史ある小田原の駅弁にあって、代表駅弁の1つが「小鯵押寿司」(1,030円)。
小田原の名物駅弁を作りたいという思いでチョイスされた食材が「小鯵」でした。
この小鯵を塩で締め、酢に漬けて、関西風の「押寿司」として発売されたのが、今から113年前の明治36(1903)年のことです。

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東華軒」の「小鯵押寿司」は、普通の小鯵押寿司が8カン。
加えて、口直しの「しそ巻き」が2カン入っているのが特徴です。
”食事”をするための駅弁としてはもちろん”つまみ”としても人気のある逸品ですよね。
少し強めの酢の匂いが、保存性を考慮した昔ながらの伝統製法をを感じさせてくれます。
ココが「小鯵押寿司」が誇る100年以上の歴史の重みを感じるポイントなのかもしれません。

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ちなみに小田原駅からほど近い場所には、北条氏第4代領主の北条氏政とその弟・氏照の墓所もあります。
氏政は北条氏の最大版図を実現したものの「小田原合戦」で敗れ、この場所で切腹を遂げたともいわれます。
大河ドラマでも、間もなく描かれるとみられる「小田原合戦」。
その時代背景の”予習”も兼ねて今、リニューアルされた「小田原城」を訪れてみてはいかがでしょうか。

「駅弁」食べ歩き15年の放送作家が「1日1駅弁」ひたすら紹介!
「ライター望月の駅弁膝栗毛」
(取材・文:望月崇史)

【ごあいさつ】
はじめまして、放送作家の望月崇史(もちづき・たかふみ)と申します。
ニッポン放送には、昔の有楽町の社屋の頃から、かれこれ20年お世話になっています。
最近では、月~木・深夜24時からの「ミュ~コミ+プラス」で放送された、
ルートハンター」のコーナーに、5年ほど出演させていただきました。

そんな私がライフワークとしているのが「駅弁」の食べ歩き。
1年間に食べる「駅弁」の数は多い年でのべ500個。
通算でも4500個を超えているものと思います。
きっかけとなったのも、実はニッポン放送の番組。
2002年~05年に放送された「井筒和幸の土曜ニュースアドベンチャー」の
番組ウェブサイトで「ライター望月の駅弁膝栗毛」を連載することになり、
本格的に「全国の駅弁をひたすら食べまくる生活」に入りました。
以来、私自身のサイトや、近年は「ライター望月の駅弁いい気分」というブログで
「1日1駅弁」を基本に「駅弁」の紹介を続けています。
”駅弁生活15年目”、縁あってニッポン放送のサイトで連載させていただくことになりました。
3つの原則で「駅弁」の紹介をしていきたいと思います。

①1日1駅弁
②駅弁は現地購入
③駅弁のある「旅」も紹介

「1日1駅弁」ですので、日によって情報の濃淡はありますが、
出来るだけ旬の駅弁と鉄道旅の魅力をアップしていきますので、
ゆるりとお付き合い下さい。

【プロフィール】

望月崇史(もちづき・たかふみ)望月

1975年12月8日静岡県生まれ。
早稲田大学在学中から、ニッポン放送で放送作家に。
卒業後の2002年「井筒和幸の土曜ニュースアドベンチャー」の番組サイトで始めた
ライター望月の駅弁膝栗毛」をきっかけに、全国の駅弁食べ歩きをスタート。
以来およそ15年、ひたすら鉄道に乗り、駅弁を食して温泉に入る生活を送る。
1日1駅弁のウェブ紹介を日課とし、これまでに食べた駅弁は4500個以上。
ニッポン放送「ミュ~コミ・プラス」ルートハンター、鉄道特番などにも出演。
丸の内朝大学・温泉クラスの講師も務める。