0-10からの大逆転弾!帰ってきた満塁男 ヤクルト・大松尚逸内野手(35歳)【スポーツ人間模様】

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大松尚逸

【プロ野球セ・リーグ ヤクルト対DeNA・10回戦】6回、ヤクルトの代打・大松尚逸が捕ゴロを放つ間に三塁走者が生還する=2017年6月23日午後、東京都新宿区の神宮球場 写真提供:産経新聞社

前週の22日、連敗を14でストップしたヤクルトが昨日の中日戦で0-10から10点差をひっくり返し、延長10回、11-10で逆転勝ちしました。20年ぶり、通算4度目のプロ野球タイ記録で、ヤクルトファンは歓喜。サヨナラホームランを放った大松は、

「ライトスタンドの皆さんの声援で、伸びてくれ…」

と振り返っています。歴史的な1勝をもたらした勝負強さは、ロッテ時代、世界遺産とまで呼ばれていました。

大松は記憶に残る選手の典型と言えるでしょう。2006年、初本塁打が満塁弾でした。その後も満塁男としてファンから愛され続け、08年には3本の満塁ホーマーを含め、満塁のチャンスでの打率は5割7分1厘。翌09年には、プロ野球史上初の記録も達成しています。6月11日の広島戦の6回、ロッテは1イニング、打者20人で15得点をあげる国内最多記録を。その際、大松は1イニングで3度、打席に立った唯一の選手になっています。

しかし、11年以降はケガなどがあり、出番がゲキ減。昨年5月29日のイースタンリーグの楽天戦では走塁中、右アキレス腱を断裂しました。10月、フロントからは戦力外を通告されます。現役を引退し、2軍打撃コーチ就任のオファーを受けたものの、

「もう1度、野球がしたい。やり残したものがある」

とロッテを退団しました。

石川県金沢市出身。甲子園経験はないものの、スラッガーとしての資質はなかなかでした。卒業後は東海大へ。4年時に大学日本代表の主将をつとめ、日米大学野球でMVPを獲得した実績は光ります。04年のドラフト5巡目でロッテに入団しました。

同じ東海大出身ということもあり、出番の少なくなったロッテ時代、大松を欲しがっていた人がいます。巨人・原前監督でした。左の代打の切り札として使えると判断したのでしょう。ところが、原監督の退任で移籍は実現しなかった。しかし、今度はヤクルトが密かに調査をスタート。リハビリ中で、トライアウトを受けることはできない。

ケガの状況に加えて、人格などの内面も細かくチェック。「和を重んじるチームカラーにピッタリ合う」という評価で、2軍キャンプの招待選手としてテストを行いました。そうはいっても、当初からテストはほぼ名目だけの儀式のようなもので2月、入団契約をかわしました。5月9日の広島戦でサヨナラホームランを放って、球団に恩返しをしました。ドラマチックでした。

ヤクルトは、野村監督時代から再生工場と言われていますが今季、象徴的だったのは6月10日のロッテ戦でした。3番・坂口(前オリックス)、5番・大松、8番・鵜久森(前日本ハム)の3人がスタメンへ名を連ねています。このトリオ、ただの移籍組ではありません。前チームからクビを言い渡された経験がある。1人ならまだしも、3人となると、関係者も喜べません。

「ドラフト戦略がなっていない証明。反省をしなくてはなりません。だけど、地道にやっていくしかないでしょう」

と苦しい舞台裏を漏らした人がいました。

7月27日(木) 高嶋ひでたけのあさラジ!「スポーツ人間模様」

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