リオ行きの切符は惜しくもとれなかった-櫻井杏理(プロ車いすフェンシング選手)インタビュー(3)

ニッポンチャレンジドアスリート・櫻井杏理(プロ車いすフェンシング選手)インタビュー(3)】

障がい者アスリート(チャレンジドアスリート)、および障がい者アスリートを支える方にスポットをあて、スポーツに対する取り組み、苦労、喜びなどを語ります。

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櫻井杏理(さくらいあんり)
1988年11月15日、京都市生まれ。椎間板ヘルニアが悪化し、20歳のときから車いす生活に。アウトドア洋品店でアルバイト中に競技関係者にスカウトされる。2014年10月から車いすフェンシングを始め、日本のナショナルチーム入り。短期間で飛躍的な成長を見せ、2020年・東京パラリンピック代表候補として注目されている。

―現在、車いすフェンシングの日本のナショナルチームは、京都市が貸し出してくれた廃校の小学校の保健室を専用練習場として使用している。さらに香港から指導者も招聘、シドニー、アテネで3つの金メダルを獲得した元パラリンピック代表の馮英騏(フン・イン・キィ)コーチである。

櫻井 普段はすごく優しくていろいろな相談にも乗ってくださいますけれど、練習になると世界の頂点に立っていた人なので、世界で戦うための必要な厳しさ、技術を来日の度にとことん教えてくださっています。

―東京パラリンピックを見据えてナショナルチームでトレーニングを積んでいる櫻井、初めて出場した世界大会は2015年7月にポーランドで開催されたワールドカップだった。いきなり、本場ヨーロッパの選手たちと剣を交えた感想は?

櫻井 国際大会に実際に出場して、その場の雰囲気や世界の選手と剣を合わせ経験を積むということが主な目的の出場でした。それでも1勝でもしたいという思いで戦いました。(決勝トーナメントの)1回戦で敗退してしまったのですが、決勝トーナメントに進出できたということは自分の中でも自信にはつながりました。

―最終順位は18位だったが、予選を突破できたのは大きな自信につながった。ヨーロッパの選手は違うなと思った点は?

櫻井 ヨーロッパ勢、アジア勢で戦うスタイルが違います。ヨーロッパ勢は技術はもちろんなのですが、パワーが全然違う。体格的にも大きいですし、剣を振り払う一つの動きに対するパワーも全然違う。アジア勢は最小限のパワーでより技術が追及される動きをするので、戦い方のスタイルの違いに最初は戸惑いを感じました。

―パラリンピックで車いすフェンシングでの各国の代表枠は選手個人の世界ランクによって決まる。勝ち進めば、リオ行きの可能性もあった今年4月のアジア大会、結果はエペで韓国の選手に敗れ、惜しくもあと一歩でメダルは取れなかった。

櫻井 最低でもメダルを取らないとリオ行きは厳しいという状況でした。銅メダル獲得マッチで韓国と対戦したのですが、予選の段階では勝った選手だったのに、決勝トーナメントでは経験の違いや技術力の乏しさが大きく反映してしまった1試合でした。勝てる試合だと思っていたからこそ、悔しくて未だにその試合の風景がふとした瞬間にフラッシュバックすることがあります。

―アジア大会で見えた、今後の課題とは?

櫻井 「経験の少なさ」と「技術力の乏しさ」が世界トップレベルと比較すると明らかな差を毎回、試合を通じて感じているのですが、世界ランク上位にいるアジア勢と試合してみて、その2点が課題だと感じました。

(2016年5月23日~5月27日放送分より)

ニッポンチャレンジドアスリート
ニッポン放送 毎週月曜~金曜 13:42~放送中
(月曜~木曜は「土屋礼央 レオなるど」内、金曜は「金曜ブラボー。」内)
番組ホームページでは、今回のインタビューの模様を音声でお聴き頂けます。